第二章。指先一つで。
「思い残す事は……ない……」
全身の力が抜け、吸い寄せられるように倒れこむ。
幸いなのが、ここが獣道じゃないと言う事。
優しく受け止めてくれるのは柔らかいベッドだ。
そして、お腹は十分すぎる程に満たされている。
まだ早朝。ようやく町が動き出す時間になったばかりだが、僕はもう動けない。
皆疲れた。疲れきっていた。
だから、次の日の朝まで休もうと言う提案に誰もが同意した。
そして、トートさんの宿にお世話になったのだ。
「お疲れ様でした。ケンセイさん」
労わるように、僕の肩に手をおいたモミさんが優しく微笑む。
自分だって疲れているだろうに、そんな素振りも見せず。
「ありがとうございます。モミさんこそ身体は大丈夫ですか?」
「ええ。薬草が効いたみたいで、もうすっかり治りました。お風呂の準備をしますから、まだ寝ちゃダメですよ」
今日の部屋割りは、モミさんと二人。
何ならこのまま寝てしまおう。そんな僕の考えを見抜いたように笑った。
いくらなんでも、鎧を着たまま寝るのは辛いだろうと思われるが、この鎧に限って言えばそうでもない。
この鎧は重くない。
何も着ていない感覚と言えば大げさだが、鎧としてはありえない程軽い。
だから着ていて疲れる事もない。
呪いが無ければ神器として後世に伝えられただろう。残念な子だ。
「それじゃあ、鎧を外しましょうか?」
鎧の解除。すなわち股間をさすられる事。辛い呪い。
だが、勝手知ったるモミさんだ。
解除された後こそ恥ずかしいが、お互い手慣れたもの。
「あ、はい。お願いしま――す?」
立ち上がろうとした僕を、モミさんが手で制した。
「そのままでいいですよ。お疲れでしょう?」
「あ、ハイ……すみません……」
そのままと言われれば、当然僕はベッドの上で仰向け。
――新しい。このスタイルは初めてだ。
まるで『まな板の上の鯉』
普段と違う状況が、慣れで薄まっていた緊張を増幅させ、僕に目を瞑らせた。
「――――――――っ!」
唐突に訪れた快感に、僕は必死で声を押し殺す。
何だこれ! ヤバイ!
いつもと違う状況。さらには目を瞑っている事もあって、ファーストコンタクトが予測出来なかった。
心の準備が出来ていないところに突然のタッチ。これは軽い事故だ!
もっと感じていたいけど、早く終わって欲しい。
そんな矛盾の二律背反に悶えていると、すっと快感が消えた。
残ったのは――違和感。
「あれ……?」
目を開けてみると、やはり鎧は解除されていない。
普段と変わらず、優しげな微笑を浮かべるモミさん。その手は股間に触れていない。
「ケンセイさん――昨日は鎧を脱ぎましたか?」
「え? いえ、脱いでませんけ――どぅん!?」
再び駆け抜けた快感に身体が仰け反る。
おかしい! 何かがおかしい!
どうして今日はこんなに感度が強い!?
「本当ですか――?」
囁くような甘い声。
そして、僕は敏感な理由に気づいた。
セクシーアーマーを解除するには、股間のプレート部分を手の平でこする。
相手はただ金属を触っているだけだが、僕はそうじゃない。
直接触られている感覚におちいるのは知っての通り。
だから今も感じている。モミさんの――彼女の指の感触を。
そう、彼女は手のひらじゃなく指先で、指の腹でなぞっているのだ。
「娼館に――行ってましたよね――?」
心臓が跳ねた。だが、すぐさま快感が襲ってくる。
「見てしまったんですよ――随分――お疲れでしたよね――?」
「あっ……。いえっ……ちっ、ちがっ――」
よせてはかえす指先が、暴力的な快感を連れてくる。
魚のように飛び跳ねる身体を必死に抑えるのがやっとだ。
「セクシーソードも――相当溜まっていたみたいですし――。一体――中で何をしていたんでしょうか――? 私達が――いない隙に――」
責めるような言葉と、舐めまわすような指の動き。
それはまるで蛇のように、僕に絡みつく。
この身体の震えは単純な快感か――それとも未知数の快楽への不安による恐怖か。
「な、何も無かったです! 入ったけど脱げませんでした! 反省してます!」
必死に声を振り絞る。
このまま続けられたら、僕は狂ってしまう!
「――そうですか」
すっと指が離れ、一部を除いた全身の力が抜ける。
「分かってましたけど、ちょっと意地悪です」
目が合って、そう笑った彼女に、少しドキッとした。
そして、いつもの快感が訪れる。ひたすら敏感になった僕のセクシーソードに、血が集まっていく。
まずい! これは凄い衝撃波が来るぞ! 快感に備えろ!
ダメだ! 三ヶ月分のエネルギーは危険だ! 天井が崩壊するぞ!
無理だ! 止められない! 来るぞ! 行くぞ!
い――――かないっ。
「そ、それじゃあ、先にお風呂で待っていますね」
身体の軽さと、去っていく彼女の足音。
いつものように残された、痛いくらいのセクシーソード。
――どうせなら殺してくれ。
僕は何処かにいる、全く関係ない蛇を恨んだ。
お風呂を上がり、いつものようにとりとめのない会話を少しして、
「それじゃあ寝ましょうか」
僕が入って来やすいように布団をめくり、いつものように彼女が言う。
当たり前のように一つのベッドで、当たり前のように眠る。
違うのは、窓の外が明るいって事だけ。
この当たり前が、いつまで続くんだろう。眠りに着く前、時々不安になる。
「ケンセイさん。ミーさんの言葉を覚えていますか?」
モミさんが呟く。
「狡猾に生きろ――。私も……そう思います」
「今は、いつもと変わらず、ケンセイさんと同じお布団にいます。でも、それはこういう結果になったから。もし、ケンセイさんが殺されていれば。もし私が死んでいれば。もしペロ様が殺されていれば。もしニーヤのかかった罠が命に関わるものであったなら。もし、ミーさんが本当の悪人だったら――。
その『もし』が一つでも当てはまっていたなら、私達は、今こうしている事はないんですよ」
布団の中、彼女が僕の服をギュッと掴む。
「モミさん……。すいません……いつも僕が面倒に巻き込んで……」
「いえ、いいんです。それがケンセイさんの良い所で、そんなケンセイさんだからこそ私――。
これは私の我儘なんです。いつまでも、こんな日が続けばいいと思ってしまうから――」
――少し怖いです。
彼女は静かにそう言った。
結果は誰にも分からない。明日は何が起こるか分からない。
それでも、誰もが思う。
大切なモノを手に入れた時、必ず思う。
モミさんの身体を抱きしめ、僕も思った。
――願わくば、この幸せが永遠に続きますように。
終わりが来るとしても。
希望を捨て切れはしなかった。




