↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『エルザとガブリエル、ふたりの天賦の才』  作者: 東曌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/12

第九話 エルザ・スキャパレリ(ELSA SCHIAPARELLI)の挑戦

第九話 エルザ・スキャパレリ(ELSA SCHIAPARELLI)の挑戦



 一九二七年、パリ。


黒いセーターの胸元に、白いリボンが結ばれていた。


少なくとも、初めて目にした人には、そう見えた。


白い布が輪を作り、中央で結ばれ、二本の端が垂れている。ところが、近づいてみると、そこに本物のリボンはない。黒い編み地と白い毛糸だけで、その形が作られていた。


目が、だまされたのだ。


考案したのは、エルザ・スキャパレッリ。実際のニットに仕上げる仕事を担ったのは、アルメニア出身の職人、アロージアグ・ミカエリアンだった。彼女は「マイク」の名で知られている。


絵画などで使われてきた、目を欺く技法。フランス語でいう「トロンプ・ルイユ」を、エルザは衣服に取り入れた。


それまでのセーターは、暖かさや着心地を求めて着るものだった。模様を編み込むことも珍しくはない。だが、編み模様そのものを、見る人の目を惑わせる仕掛けにするという発想は、新鮮だった。


エルザのアイデアだけでは、作品は完成しない。


白いリボンの輪郭を編み地の上に浮かび上がらせ、結び目らしい立体感を表現する。そのためには、毛糸の扱いを知り尽くした職人の技術が必要だった。


想像力と手仕事。


二つが出会って、一枚のセーターが生まれた。


この作品はアメリカの買い手の目にも留まり、注文につながった。エルザにとって、それは自分の発想が、思いつきや実験のまま終わらず、実際に顧客へ届けられる商品になったということだった。


しかし、彼女は一枚のセーターで満足するような人ではなかった。


白いリボンが成功したからといって、次も同じ仕掛けを繰り返せばいいわけではない。


エルザが知りたかったのは、服に何ができるか、ということだった。


色を変えたらどうなるのか。


形を変えたらどうなるのか。


見慣れたものを、誰も考えなかった方法で組み合わせたら、どんな世界が生まれるのか。


彼女の関心は、一枚のニットから、さらに大きな表現の可能性へと向かっていった。


*


一九三〇年代のパリでは、エルザはすでに独自のメゾンを発展させていた。


一九三五年、彼女はヴァンドーム広場二十一番地へ拠点を移す。


ここで、当時のファッションが服を売る仕組みについて、少し説明しておきたい。


現代のファッションウィークを思い浮かべてみよう。


大きな会場にキャットウォークが設けられ、モデルが次々と新作を披露する。報道陣やバイヤーがショーを見て、コレクションの方向性を知り、各ブランドの新作が世界中へ発信される。


一九三〇年代のオートクチュールにも、新作をモデルに着せて披露する慣習はあった。しかし、現代の大規模なファッションショーと同じものではない。


メゾンには、顧客を迎えるためのサロンが設けられていた。


そこでは、モデルが新作の服を身につけ、顧客たちの前を歩いて見せることがあった。顧客は、遠くから全体の印象を見るだけではない。服のシルエット、生地の質感、色、装飾、身体に着せたときの美しさを確かめる。


そして、気に入ったデザインがあれば注文する。


注文を受けたメゾンは、顧客の寸法に合わせて服を仕立てる。仮縫いを行い、身体に合うように調整し、職人たちが一着を完成させていく。


つまり、サロンは新作を発表する舞台であると同時に、顧客とメゾンが出会い、注文が生まれる仕事の現場でもあった。


デザイナーがどれほど斬新な服を考えても、顧客に選ばれなければ、商売としては続かない。一方、売れる服だけを作っていれば、独創的な表現を追求することも難しくなる。


エルザは、その二つの間で仕事をしていた。


彼女のメゾンには、デザインを考える人だけでなく、それを形にする職人がいた。顧客がいて、注文があり、服を作り続けるための経営があった。


芸術と商売。


エルザの仕事は、そのどちらか一方だけでは成り立たなかった。


そして彼女は、服を売るために発想を小さくするのではなく、独自の表現を顧客に届ける道を探していった。


*


エルザが惹かれていたのは、シュルレアリスムの芸術家たちが切り開く、新しい世界だった。


シュルレアリスムは、夢や無意識、現実の中に潜む奇妙さを作品に取り込もうとした芸術運動である。


見慣れたものを、見慣れない場所に置く。


本来なら結びつかないものを、一つの作品の中で出会わせる。


そうすることで、日常の風景が突然、別の顔を見せる。


エルザは、こうした発想をファッションへと持ち込んでいった。


彼女にとって、服は芸術作品を飾るための台座ではない。服そのものが、見る人の思い込みを揺さぶることができるのだ。


その可能性を広げた相手の一人が、サルバドール・ダリだった。


ダリは、夢のようでありながら、細部だけは妙に現実的な絵を描くことで知られる芸術家だった。見慣れた物を異様な形で描き、現実と幻想の境界を曖昧にする。


エルザは、彼の発想をそのまま服に貼りつけようとしたのではない。


芸術家の頭の中にあるイメージを、実際に着られる服へと変える。身体にまとったときにどう見えるか。歩けばどう動くか。布の上で、どんな表現が可能なのか。


そこには、絵画とは違う難しさがあった。


だからこそ、エルザとダリの協働は面白かった。


二人の発想が交わることで、服は単なる流行の品物ではなく、意外性を持った表現の場になっていったのである。


*


そして、一九三七年。


エルザの名を語るとき、欠かせない色が登場する。


ショッキング・ピンクだ。


鮮烈で、華やかで、目をそらしにくい色。


落ち着いた上品さだけを求める人には、少々大胆すぎるかもしれない。けれど、エルザはその色にこそ、新しい可能性を見いだした。


彼女は一九三七年、香水「ショッキング」を発表した。ボトルのデザインには画家レオノール・フィニが関わり、女性の身体を思わせるマネキン型の容器が採用された。


香水の名前と鮮烈なピンクのイメージは、エルザのブランドを印象づけるものになっていった。


色は、服を飾るためだけにあるのではない。


人の気分を変え、着る人の存在を際立たせ、ブランドの記憶を作ることもできる。


エルザは、その力を理解していた。


彼女のピンクは、単にかわいらしい色ではなかった。見る人に驚きを与え、既存の色彩感覚を揺さぶる色だったのである。


白いリボンのセーターでは、編み模様によって目をだました。


ショッキング・ピンクでは、色彩そのものによって人の感覚を揺さぶった。


方法は違っても、そこには共通する考え方があった。


見慣れたものを、そのまま受け入れない。


服に、まだ知られていない表現を与える。


エルザは、色彩を使って、その考えをさらに大胆に広げていった。


*


同じ一九三七年、エルザとダリの協働から生まれた作品として知られるのが、ロブスターをあしらったドレスだった。


ロブスターは、食卓に並ぶ生き物である。


殻の形は奇妙で、色彩は鮮やかだ。だが、ふつうなら、ドレスの胸元に大きく描こうとは思わないかもしれない。


エルザとダリは、そのロブスターを服の上に持ち込んだ。


後にウィンザー公爵夫人となるウォリス・シンプソンがこのドレスを身につけ、写真家セシル・ビートンによる写真とともに知られるようになった。


ロブスターのドレスは、ただ珍しい模様を使った服ではなかった。


芸術家の奇妙なイメージが、デザイナーの手によって、実際に人が身につける衣服になったのである。


ここで、エルザの仕事の本質が見えてくる。


彼女は、芸術家の作品を服に印刷するだけの人ではなかった。発想を選び、素材や形を考え、衣服として成立させ、顧客に届けるところまでを担った。


絵画は壁に掛けられる。


彫刻は台座に置かれる。


しかし、服は身体にまとわれる。


着る人が歩けば動き、光を受ければ表情を変え、見る人との距離によって印象も変わる。


芸術が身体とともに街へ出ていく。


エルザの服には、そんな面白さがあった。


もちろん、大胆なデザインが誰にでも受け入れられたわけではない。驚きは、ときに戸惑いや反発を生む。それでも、彼女は無難なものだけを作ろうとはしなかった。


服は、流行に従うだけのものではない。


着る人の個性を表し、見る人の想像力を刺激し、ときには当たり前だと思っていた価値観を揺さぶることもできる。


エルザは、そう信じていたのだろう。


*


ガブリエル・シャネルもまた、服の常識を変えようとしていた。


ただし、二人の向かう先は、同じではなかった。


シャネルが重視したのは、女性が動き、働き、暮らすための服だった。身体を締めつける慣習を問い直し、余分な装飾を取り払い、着る人の日常を変えようとした。


エルザは、服の中に芸術的な驚きを持ち込んだ。


シャネルが服を通じて身体の自由を問い直したとすれば、エルザは服を通じて、見ることや想像することの自由を問い直したのかもしれない。


けれど、二人を単純に、実用と芸術という二つの箱に分けることはできない。


シャネルにも、香水やブランドのイメージを通じて、人々の記憶に残る世界を作る力があった。


エルザにも、職人や顧客、買い手を結びつけ、仕事として服を成立させる現実的な判断が必要だった。


二人とも、服を変えることで、女性が生きる世界に変化をもたらそうとしていたのである。


ただ、その方法が違った。


そして、違いがあったからこそ、二人の仕事はそれぞれに際立った。


エルザの色彩や奇抜な発想は、後の時代のデザイナーたちを考えるうえでも、興味深い手がかりになる。たとえば、鮮やかな色や大胆なプリントを組み合わせたエマニュエル・ウンガロの作品にも、服を無難な装いで終わらせない華やかさがある。


ただし、作品が似ていることと、直接影響を受けたことは同じではない。ウンガロがエルザを自分の師としたと断定できる資料は、現時点では確認できていない。


それでも、二人の作品を見比べることで、服にどこまで自由な表現を持ち込めるのかという問いを、改めて考えることはできる。


エルザは、服の上に夢を持ち込んだ。


色を、模様を、思いがけない形を、身体にまとえるものへと変えた。


白いリボンは、その始まりだった。


ショッキング・ピンクは、その夢を世界に知らせる色になった。


そして彼女の夢は、パリのサロンだけにとどまらなくなっていく。


女優たちが衣装をまとい、映画のスクリーンが光を放つ場所へ。


次にエルザが挑むのは、服が人々の目に触れる、もう一つの大きな舞台だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。