2. Little Fluffy Clouds
吹き出したぼくにつられてシェナハも笑い、倒れたまま、けらけら。
真っ青な空。ふわふわと浮かぶちぎれ雲。
「ぼちぼち立ち上がったらどーです、坊っちゃん?」
左足を引きずりつつ寄ってきたゼキが、ぼくとシェナハの両方に手を差し出す。
「相変わらず幼児の遊びとは思えねーですね」
手を取った二人を引っ張り上げつつ、呆れたように言う。そのくせ、口元には面白そうに笑みが浮かんでいる。
「んー?」
土埃にまみれた膝丈の上衣を払いながら、小首を傾げてとぼけておく。
誰に教わったわけでもないはずの、ぼくの身体操作は、確かに三歳児には似つかわしくないだろう。
それにシェナハの身体能力だって、ちょっと信じられないほどだ。どうやらぼくの身体の操作も吸収してるフシがある。何も教えてないのに、まさに感覚で覚えてる感じ。うらやましい。
ついでにシェナハの上衣の土埃も払っておこう。
前側は自分で払わせて、ぼくは後ろ側に回る。
お尻の辺りのスリットから、しっぽがふりふり揺れている。
「でも、自分で下敷きになりにいくこたぁないでしょーよ。シェナハだって、アノくらいで怪我するほどヤワじゃねぇ」
「んーー?」
土埃を払う手は止めず、なんのことかな? という顔で、さらにとぼける。
まぁ、無駄だな。
この、にやついた護衛は、不真面目で軽薄に見えて、ちゃんと見るところは見ている。
「しっぽははんそく、だよね?」
「しっぽもしぇなーだもんっ」
「そーいうことですな。ベルクも同じように言うでしょーよ。勝負なら使えるものはなんでも使うのが当たり前、使わないで勝ちを譲る方が礼を失する…とか生真面目な顔で」
話を逸らす意味でもう一度、抗議をすれば、ほっぺたを膨らませてシェナハが言い返し、ゼキが畳み掛ける。
一応、ゼキは父の家臣ということになってるのだけど、言葉遣いは気安い。気安いどころか、しょっちゅう茶化したり、からかったりしている。
日頃の大人たちの会話から察するに、昔からの仲間らしい。
多分、左足を引きずる原因になった傷がなければ、今も肩を並べてたんだろうな。
「もうしょーぶおわったー?」
「シェナハ、かったー?」
また思考に流されそうなところに、エリフとトゥナが、とたとた走り寄ってきた。
ぼくとシェナハ、そこにこの二人。
この四人で集まることが最近、なんとなく多い。
「かった!」
しっぽふりふり、耳をぴんと立てて、シェナハが胸を張る。
「「おーっ」」
エリフとトゥナの二人が声を上げて感心する。
「きまりてはしっぽ!」
「しっぽ?」
「しっぽ!」
首を傾げるエリフに、シェナハが重ねる。誇示するように、しっぽが大きく揺れる。
「わたし、しっぽない」
しょぼん、とエリフが肩を落とす。
「しっぽはずるいっ!」
お尻のあたりを触りつつ、トゥナが異議を唱える。
尻尾ない組からしたら、不利だもんな。そりゃそうだ。
「ずるくないっ! しっぽもしぇなー!」
シェナハは反射的に言い返す。ふぁさり、としっぽが揺れる。
でも、すぐにエリフとトゥナの顔を見て、もう一度、しっぽをふぁさり。
「……まー、しぇなー、おねーさんだからなー」
ちょっともったいぶって腕組み。
「とくべつに、しっぽなし!」
あぁ、うん。お姉さんぶりたかったんだな。
ただでさえ身体能力も感覚も年齢に見合わなくて、無双しちゃいそうだし。この上、尻尾まで使い始めたらどうにもこうにもしようがない。
これでよし、かな。
「なら、坊っちゃんは片手ですかねー」
背後からゼキが口を挟んできた。
首を捻って見上げると、右手の指を矢筈にして顎をさすりつつ、いつものにやにや笑い。
ちょっと釈然としないものはある。
けど、せっかくシェナハが譲ったんだ。ぼくもそのくらいは……かなぁ。
いいよ、と言いかけたところでトゥナが大きく手を上げる。
「それでいーよ!」
元気な声でお返事。
いや、元気なのはいいけど、なんで当人じゃなくトゥナが決めるのかな?
「きまりー」
おっとりとエリフも頷く。
まぁ、いいか。
「じゃ、るーるは…」
「しっぽなし!」
「えんからでたらまけ!」
「たおれてもまけ!」
ぼくが切り出したのに続いて、トゥナ、シェナハ、エリフが続く。
「くすぐりは?」
ひょこっとゼキが茶化すように口をはさむ。
「だめーっ」
「だめーっ」
「だめ?」
じと目でゼキの顔を見上げるぼくの横で、トゥナ、エリフ、シェナハの声が重なった。
しっぽなしでも、くすぐりはするつもりだったのか? まったくシェナハは油断ならない。
そのあとあれよあれよと元気よく話し合って、尻尾なし・ひっかきなし・噛みつきなし・くすぐりなし、円から出るかお尻をついたら負け…ということでルールがまとまった。
ぼくが口を挟む間もなかった。
組分けは年の順で、まずトゥナとシェナハ、エリフとぼくの対戦ということになった。
そんなわけで一生懸命おしてくるエリフを、のらりくらり。
シェナハと比べると、無駄に力んでいて、体幹も弱い。
この年頃なら、それが普通だよな。シェナハの身体能力と感覚がすごすぎるんだ。
「もー、ふわふわだめー」
おっとり言いながら、エリフはぐいぐい。
加減しながら、いなしたり、流したり、転ばない程度に崩していく。
「からだをねー」
左に軽く逸らす。
「ぎゅーっとしないの」
エリフの身体が浮いたところで、右に戻してやる。
「ちからこぶはー?」
力をぐっと入れることを言ってるのかな?
上に押し上げてきたのを、逆らわず左に円を描くように落とし、軽く中心に戻してやる。
「やわらかいほうがつよいの」
正面から両手を突き出すように押してきたのを、腕から胸にかけて弓のように張ってふんわりと受け止め、両足を弓なりに張って柔らかく支える。
身体を柔らかくしなう弓のようにした方が、力が出るし安定する……みたいな説明は、まだ難しいだろうなぁ。
「やわらかいゆみのほうがとーくにとぶ?」
エリフが何か思い出したように首を傾げる。
あれ、なんか伝わりそう?
体重の移動で軽く押し返しつつ、頷く。なんだか納得顔でエリフの力みが緩んだ。
「おとーさんがいってたー」
ふっと、力の流れが止まる。
「かたいえだはゆみにならないんだってー」
唇に右手の人差し指を当てて、首を傾げる。たぶん、お父さんの話を思い出そうとしてるんだろう。んー、と鼻から声を出しつつ。
「かたいえだはぽきんって」
「そうそう」
やっぱり弓は身近なんだな。
エリフのお父さんは、あんまり砦で見かけた覚えがないから、兵士とかじゃないんだろうに。
「あとまっすぐも、ぽきん」
「そうだね」
両手の間、両足の間に大きなボールを抱えたような姿勢を作って、エリフに見せる。
馬歩站樁で抱球を作る姿勢。
「ゆみもまるいでしょ」
「まるい?」
んー、とまた人差し指を唇に当てて考え込む。
弓は弧で円じゃないからなぁ。分かりづらかったか。
「てとかあしとか、ゆみっぽくない?」
「んーーーー」
あまりぴんと来ないみたい。でも、ぴんと来ないなりに、真似してみるつもりになったようだ。
ぼくの姿勢を見ながら。両手で丸い玉を抱えるように、下半身は別の玉の上に腰掛けるみたいに。
見様見真似にしては、かなり上手にできている。センスいいな。
「じょうず!」
「じょうず?」
小首を傾げたエリフのオウム返し。
ぼくはこくんと頷いて、手のひらを当てる。軽く推す。柔らかい感触が返ってくる。
「おーっ」
なにか手応えを感じたみたいだ。
「そのまま…」
ふわっと前に、と言いかけたところで、ぐーっと身体の中心に向かって推し返してきた。
慌てて両足の弓なりで受けつつ、骨盤の操作で中心を右にズラそうとしたのに、しっかりエリフの力の流れがついてくる。このままだと体が崩れる…
「あ」
力の流れを下に導こうとしたところで、おっとりとしたエリフの声と、目の前に迫ってくるエリフの顔、それからぐーっと伸し掛かってくる体重。
…これ、倒れ込んでくるやつだ。
どたん。
本日、二度目の転倒。
また二人して地面に転がった。
「おー、ふわふわすごーい」
「もー。あぶないよ」
下敷きになりつつ、たしなめるように言っておく。多分、聞いてないだろうけど。
「えりーのかちー!」
「かちー!」
「ふわふわすごい!」
「すごい!」
隣で押し合いっこをしてたシェナハとトゥナが、はしゃいだような声でエリフの勝利を宣言。
うん、しっかり負けた。ばっちり負けた。
エリフの顔の向こうに、真っ青な空。ふわふわと浮かぶちぎれ雲。
きゃっきゃとしている三人と一緒に、ぼくも笑った。
次の投稿は明日 06:00am です。




