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19. Carry That Weight

 すぱんっ。

 とん、とん……たんっ。

 すぱんっ。

 とん……とんとん、すたんっ。

 すぱんっ。

 とんとん……たん、たんっ。


 今日は薪割りのお手伝い。

 もちろん、三歳児の身体で薪割りなんてできない。だから、ぼくたちは運び係。

 割った薪を、どかして、まとめ、運ぶ。

 薪を割るのは、アイベルクとゼキだ。


 すぱんっ。


 大振りの斧を真っ直ぐ振り上げ、真っ直ぐ振り下ろす。

 アイベルクは、ずっと同じ拍子で、同じ動作を、滑らかに繰り返している。

 斧を持ち上げるというより身体を潜り込ませるように上げる。

 振り下ろすというより、斧頭の重さのまま落とす。

 丸木が割れる。

 玉切りされた丸木は、間伐した若い樫だ。割れた薪を持った感触は、見た目よりも重く、堅く締まっていた。

 だけど、アイベルクの繰り返す動作を見ていると、まるで抵抗を受けている感じがしない。

 斧は、決まった軌道を、ブレることなく往復しているだけ。

 前に見た剣の素振りと同じだ。


 とん、とん……すたんっ。


 身の厚い鉈を丸木に食い込ませ、何度か割台を叩くようにして、何度目かで叩きつける。

 ゼキの割り方は、アイベルクとだいぶ違う。

 座ったまま、大きな動作はない。

 手に取った丸木の重心の偏り。丸木のカタチや、節の位置。叩いたときの音。

 観察しながら少しずつ位置を変えて。ここ、というところで少しだけ大きく鉈を振る。

 まるで一つ一つ違う丸木の個性を探りながら、割り方を変えているみたい。

 座ったままなのは……

「あし、いたい?」

 左足の膝を見てしまう。

「あ? あー、今さら痛みもねーですよ。ちょいと踏ん張りは利かねーですが」

 新しい丸木を手にとりつつ、ゼキが応える。

「ベルクみてーに、真っ直ぐ一撃ってぇのが性に合わねぇんで」

 とんとん、と丸木で割台を叩きつつ。

「まー、立ってる必要もねぇ。疲れちまいますからねー」

 すたんっ、と丸木を二つ割り。

「それより坊っちゃん、若旦那(シェム)が……」

 ゼキに言われて、視線をシェムに向ける。

 

「マリク、手を止めていたら、作業の流れが止まるよ?」

「あ」


 ごめんなさいと慌てて謝って作業に戻る。

 シェムは怒っていても、顔を歪めたり声や口調を荒げたりしない。でも、はっきり分かる圧が出る。

 魔術だけじゃなく、そんなところまでベリルを見習っているんだな……


「まりー、さぼったらゼキー」

「うん」


 また考え事に流されそうになって、今度はシェナハに引き戻される。

 前にも、こんな言い回ししてたな。このまま定着しちゃうのかも、と思ったら、ちょっと可笑しくて悪い笑みが浮かんでしまう。

 ゼキが脇に積んだ薪を、ぼくは一つ二つと拾って運ぶ。薪は意外に几帳面に積まれていて、短い腕でも拾い上げやすかった。


「たきぎは、大きさでたなが決まってるからね」

「ぼく、みっつはこぶー」

「しぇなーは、よっつっ」


 全体を見ながら声を掛けるシェムと、きゃっきゃとはしゃぎながら競うトゥナとシェナハ。

 その奥で、ボラクは太めの薪を一本か二本ずつ。エリフは焚き付けに良さそうな細いものを選んで束ねて。二人とも黙々と、ちょうどよく持てるだけの薪を抱えて運んでいる。


「いっぱいかかえすぎて、落とさないようにね?」

「えりー、よくばっちゃだめなー!」

「ぼらくもー!」


 シェムが少し先回りの心配で声を掛け、なぜだかシェナハとトゥナが続く。 いや、君たちの心配をしてるんだけど?

 まぁ、この二人だからなぁ。

 シェムも苦笑いして、それ以上は言わない。

 大人だ。六歳だけど。


 太めの薪を二本かかえ、棚に運んでいく。

 薪の棚は倉庫の裏、外壁側に木造で延ばした屋根の下に、ずらっと並んでいる。

 あんまり高く積み上げると危ないから、棚の高さは大人の腰あたりくらい。二段棚になっていて、上下の段にそれぞれ薪を積み上げている。

 下の段が地面から少し浮かしてあるのは、風通しのためだろう。

 棚の間隔も、狭苦しさを感じない程度に空いている。こちらは風通しだけじゃなく、作業性もあるんだろうな。

 三歳児の身体のぼくでも下の段なら手が届く。薪を積んだり、取り出したりできる。

 抱えてきた二本を下段へ積む。

 まだまだこの棚は空きが目立つ。

 今、アイベルクとゼキが割っているのは、冬の備蓄分だ。

 煮炊き、蒸し風呂、暖房、夜警の松明……燃料のほとんどを薪に頼っている。それに砦には、孤児棟や異界圏を見張る宿直など、たくさんの人がいる。

 だから、毎日の消費量はとても多い。

 でも生木は、切ってすぐには使えない。水分が多く、煙がやたら出て、まともに燃えてくれないから。

 だから、冬が終わってすぐに間伐し、日々の合間を縫ってコツコツと薪を増やしておく。そうして、乾いた風が吹く夏から秋の間にしっかり乾かしておく。

 なにしろ冬の間に薪が足りなくなると、何もできなくなってしまう。あるいは無理に生木を燃やして、ひどい目に遭うことになる。

 これも砦を支える大事な仕事なんだ。


 とはいえ。

 この小さな身体では、薪運びも、ちまちまだ。加えてアイベルクとゼキの薪割りのペースが、早い。

 だから、幼児たち五人がかりで運んでも、割れた薪の積み上がる山が少しずつ高くなっていく。

 転ばないように、怪我しないように気をつけながら、割り場と保管棚の往復を繰り返す。

 

 少しずつ、少しずつ、日が高くなっていく。

 そろそろ水分補給しないと、まずいかも。


「ベルク、そろそろ休憩しよーぜ」

「……ん?」

 頃合いを測ったように、ゼキが手を止めた。アイベルクは、もう? という顔でゼキを見る。

「おこちゃまたちの体力に合わせねーと」

 呆れた声で後ろ頭を掻く。

「こんだけ日が出てんだぜー。休憩入れて水飲まさねーと、のぼせっちまう」

「あぁ、そうか」

「そーだ。またベリルにこっぴどく叱られっぞ?」

「あ、あぁ……それは、いかん」

 アイベルクの顔にばつの悪そうな色が浮かぶ。

 トゥランのオヤジといいベルクといいマイペースすぎんだよと、ゼキは、ぼやきながら、ぼくたちに顔を向ける。

「そーゆーわけだから、休憩なー。ちゃんと水飲んで、日陰で休んでくだせーよー」

「くだせーよー!」

「よー!」

 ゼキの言葉尻をシェナハとトゥナが真似て、休憩ということになった。


 シェナハとトゥナがきゃっきゃとお喋り。

 エリフがほっと息をつきながら、おっとりと二人の会話にツッコミを入れて。

 ボラクが薪を手にとっては眺めて。

 そんな風に、薪の棚の屋根の日陰で、ぼくたちが休憩しているところに。


「わたくしにも、たきぎ割りをさせてくださいませ」


 思いがけずハリカがやってきて言った。

 柔らかく優美な歩み。でも姿勢と表情は凛と美しい。

 相変わらず貴族令嬢の見本のような所作だけど、今は剣術稽古用の動きやすく丈夫な格好だ。

 視線は真っ直ぐ、アイベルクの手元の斧に向けられている。


「お前には、まだ早いな」

 斧とハリカを見比べて、アイベルクが頭を振る。

「寸法が合っていない。型が崩れる」

「お嬢(ハリカ)は、こっちからですなー」

 脇に置いていた手斧をひょいと取り上げてゼキが見せる。

「それでは、お父様のようにできません」

 今度はハリカが頭を振る。

 アイベルクの素振りと薪割りを重ねて見たんだろう。

 でもあれは、ちゃんと身体に合った道具じゃないとダメだ。アイベルクの言う通りだし、危ない。

「まずは、重さを信じるところからだな」

「おもさを……?」

「トゥランのオヤジが言う”力いっぱい、ひたすら撃て”の向こう側ですねー」

 にやけ顔のゼキが、ハリカへ押し付けるように手斧を渡す。

 あぁ、なるほど。

 でも、それは、この場面では伝わらないんじゃないかな。

「力いっぱい……」

「いや、危ないからダメだぞ! 自分の力で振ろうとしない、ってことだ」

 両手で受け取った手斧に視線を落として呟くハリカに、慌てて言い足すアイベルク。

 うん。斧を力いっぱい振り回したりしたら危ないからね。

「斧頭の重さに任せるんだ。重さを邪魔しないように」

「……はい」

 まだ納得いかない様子で、それでもハリカは頷いた。


 たんっ、とんとん、とんっ、とんとん。

 とんとんっ、とん、とんっ、とんっ、すたんっ。


 丸木が割台を叩く音。

 アイベルクのように一撃というわけにはいかない。ゼキのように木を観察しながら合わせる技量もない。

 でも、一つひとつ動作と手応えを確かめながら、丁寧に繰り返している。

 思っていたのとは、だいぶ違うだろうに。

 それでも表情は真っ直ぐに真剣だ。


「ねーねー(ハリカ)、すぶりしてるみたいなー」

 尻尾をゆらゆら、シェナハが呟く。

「つよくなるためなのは、おなじだから」

 シェナハの疑問に、ぼくの考えを返す。

 徒手でも武器でも、重さを使うのは同じだからね。

 だから、アイベルクもゼキも、それを意識させたかったんだろうな。

 ハリカがそれを理解したのかは分からない。でも、繰り返す動作から、何かを感じ取ろうとしているのは分かる。

「つよくなるためかー。しぇなーもやるー」

「つよくなりたいの?」

 いつも楽しいことに全力なシェナハが、そんな風に思ってるなんて想像もしてなかった。それで、ちょっと驚いてしまう。

「まりーといっしょに、かーちゃんとみんなをまもる!」

 ふんす、と胸と耳を張って、シェナハが応える。

 あれ。しれっと、ぼくも巻き込んだな?

「まりー、ちがう?」

 変な顔をしたぼくを、シェナハが真っ直ぐ覗き込む。

 強くなるために太極拳を続けてたわけじゃなかった。でも、続けてたから、やひろと景義を守れた。

 もっとちゃんと強くなろうと思ってたら、もっとちゃんと守れたかもな。

 やひろの命は守れたけど、代わりに「私」が死んだ。次があっても、守ってあげられない。

 そんなの、ちゃんと守ったとは言えない。

 ましてこちらは、魔物との戦いが日常の一部だ。

 ぼくが少しくらい強くなったところで、大した違いはないかもしれない。でも、その時がもし来て、それまでに出来るだけの準備をしていたら。

 今度は、後悔しないで済むかもな。


 とんとん、とんっ、すたんっ。

 心地よい拍子で、丸木が割れる音。 


「うん、そうだね」

 シェナハの目を見返して、ぼくは頷いた。

 三歳児の身体で、いきなり強くなるなんてできないけど。

 できることから積み上げていこう。


 とん、とんとん、とんっ、すたんっ。

 また丸木が割れた。少しずつ、拍子が揃ってきたかな。


 そういえば、今日はあいつの気配がしなかった。

 手始めは、あいつの気配を自力で見つけるところからかな。

次回の更新は来週の木曜日 06:00amです。

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