17. Something in the Air
砦の騎獣厩舎は孤児棟の裏、作業用の土庭を挟んで外壁側にある。
ぱっと見た印象は、石と木と土を組み合わせた平べったい建物。
石の基礎と壁を土台に、木の柱や梁で増築し、屋根は赤茶けた瓦葺き。
石造りの房が幾つも並ぶ建物本体は、きちんと区切られている。でも、房の入口は広々と開いて、中と外を遮る横木は取り払われている。
建物本体に継ぎ足した木造の庇が日差しを遮り、薄い影を作っていた。
ぼくが「私」だった頃の知識でイメージする家畜厩舎とは、だいぶ違う。
開放性が高く、なにより獣臭さが薄い。
「シェナハとナジエは、ウシュラの部屋。セルマとボラク、マリクは黒耳。私とデヴリムは青首の部屋を掃除するよ。まず、声を掛けてから近づいてね」
「急に大きな声出したり、断りなく後ろ側に回っちゃダメだぜー」
てきぱきと仕切るシェム、気の抜けた声で付け足すゼキ。
今日は、みんなで騎獣のお世話係だ。ぼくは初めての参加。
我が兄上は、人の差配も行き届いている。騎獣と子供たちの性格をよく見ているな。
さっそくお掃除開始。
「青首、お掃除をさせてもらえる?」
視界の端、ちょっと離れた房から、シェムの声掛けで、のっそりと青首が出てくるのが見える。
「うしゅらー、おそうじ!」
隣の房からはシェナハの声に応えてウシュラが出てきて、房の前でちょこんとお座り。
「……いないね」
「うん」
ぼくとボラク、セルマが担当する黒耳は、そもそも房の中にいなかった。
寝床の敷き藁は房の奥と手前の二つに分けられていて、手前側は少し汚れている。
「まるで、おそうじのあとみたいね」
ぱっと見て、セルマが呟く。
「うん」
入口は開け放されていても、やっぱり奥は薄暗い。
中に入って、目を凝らす。
暗さに目が慣れると、奥の様子が見えてきた。
奥の敷き藁は、やっぱり汚れていないように見える。叩き締めた土の床の上にも、ゴミのようなものは目につかなかった。綺麗に使っているな。
「わたしは、奥からほこりをはいてまとめるね」
「ぼくとマリクは、しきわら、どかすよ」
「うん」
セルマは掃き掃除。
ぼくはボラクに従って、手前の敷き藁のところでしゃがみ込む。でも、このまま運ぶと、ぱらぱら藁が落ちちゃうんじゃないかな。
「たばねると、おちないよ」
首を傾げたぼくに、ボラクは言って、敷き藁に手を突っ込んだ。
ぼくたちの手で持ちやすいくらいの束を取り分ける。そこから小さい束を抜き出して、くるくると撚って一本の紐に。そうして出来た紐を、ぐるっと束に巻き付けて、縛る。
これで藁束の出来上がり。
「すごい!」
鮮やかな手並みに目を開いて感嘆する。
「やってみて」
「うん」
見様見真似でやってみる。
でも、ボラクのように簡単にはできなかった。
まず敷き藁をちょうどよい束で取り分けるのに、何度もやりなおし。
藁を撚っても、ほどけてまとまらなかったり、千切れたり。
どうにか藁紐ができて、藁束に巻き付けると、今度は藁がぱらぱら落ちる。
そんな風に四苦八苦して、もたもたと。ようやく一束。
できたよ、とボラクを見たら、すでに四束できあがっていた。
「すごい!」
ボラクは、目立つタイプの子じゃない。シェナハやメリハのように賑やかじゃないし、タイランのように活発で元気なわけでもない。
けど、こういう手仕事は、誰よりも得意だ。
「ほんと、ボラクは器用だよね」
「おちつくんだ。てしごと」
奥からセルマが感心した声を掛けると、ボラクは少しはにかんで頷く。その間も手は止めず、藁束を作っている。
それから少しの間、ぼくとボラクは黙々と藁束をまとめていった。
だいたいの敷き藁が運びやすくまとまったところで、セルマも掃き掃除が終わったみたいだった。
掃き集めた埃や抜け毛を、丁寧に塵取りへ移している。
「はいすいこうに、おとさないの?」
「つまったら、流れなくなるでしょ」
そっか。
排水溝は、古い遺構を、ほとんどそのまま使ってるらしいと聞いた。だから、普段から詰まらないように気をつけてるんだな。
「しきわらもまとまったのね。じゃ、運びだそう」
「うん」
立ち上がったセルマの声に、ボラクが頷く。
でも、そういえば、どこに持っていくんだろう?
「北東の角のところ。きじゅうのふんと混ぜて、たいひにするんだよ」
また首を傾げたぼくに、今度はセルマが説明してくれる。
「倉庫から、カゴをだして。わらたばを入れて、三人で運ぶよ」
「「うん」」
ボラクと二人でお返事して、房の外に。
庇の外、土庭の方を見たら、ちょっと眩しかった。
日が高くなってきているみたい。
そよぐ風が庇の下を抜けていって、ちょっと涼しい。
青首の房の方を見ると、土庭の側に青首が寝そべっていた。
シェムとデヴリムは、青首の脇に、左右わかれて毛を梳いている。
デヴリムが何か話しかけているけど、青首は無反応。まぁ、平常運転だね。
倉庫はウシュラの房の向こうにある。
ウシュラは半身を房に突っ込んでいた。
中から、シェナハとナジエのきゃいきゃい騒ぐ声が聞こえる。打ち解けてるのは良いことだけど、お掃除終わるのかな?
汚れた敷き藁は外に出したみたい。でも、積んだままになっていて運び出しづらそう。
「……」
「うん」
ボラクと二人、頷き合う。
まぁ、仕方ない。ちゃんと終わらせないと、騎獣たちの居心地が悪くなる。
カゴを取って戻ってきたら、セルマに任せてウシュラの房の敷き藁を束にまとめると決める。
そんな感じで、敷き藁をまとめたり、カゴに入れて堆肥置き場に運んだり。
新しい敷き藁を房の中に運んで、寝床を整えたり。
セルマが「せっかくだから」と言い出して、濡らしたボロ布で壁や木の柱の汚れを拭い始めたり。
青首の毛梳きが終わったデヴリムとシェムが合流したり。
振り返ったら、いつの間にか戻ってきた黒耳が琥珀の瞳でじっと見てて、ぎょっとしたり。
そうしてお掃除が終わった頃には、また少し、日が高くなっていた。
少し暑くなってきた。動いていると汗ばむ。
もう春も終わる頃だから。
黒耳とウシュラが並んで、土庭に伏せている。
セルマとボラクとぼくで黒耳を囲んで毛梳き。デヴリムとナジエとシェナハは、ウシュラの毛梳きだ。
冬毛から夏毛へ生え変わる時期。
だから、梳くたびに、ふかふかの綿毛がこんもりとブラシについてくる。
そうして取れた毛を、シェムが箒で集めていく。
「ひゃっ」
「なじぇー、もっとだってー」
「もーっ」
視界の端で、不意に顔を寄せたウシュラにナジエが驚いている。
シェナハの解説が入り、ナジエが首筋に抱きつくようにして笑う声が、楽しそうだ。
黒耳は、無反応のように見えて、細かく反応してくれる。
ブラシの当て方が悪いと、尻尾を横に振る。
逆に気持ち良いところに当たると、尻尾がたらんと寝る。三角の耳も左右にだらりと寝る。
同じところをもっと梳いて欲しいときは、前足でたしたしと催促する。
青首の無反応とも、ちょっと大げさに反応してくれるウシュラとも違う。
よく見ていると分かってくる黒耳の表情。
それが、なんだか可愛く思える。
ボラクも同じみたいだ。
いつも考え事してるような半眼と一文字の口元が、わずかに緩んでいる。
セルマは、このあたりの黒耳の加減が、いちばん分かっているみたい。
ちょこちょこと小刻みに位置を変え、黒耳の反応を見ながら、ブラシを当てている。
何回か、黒耳がセルマの頭に、ちょんちょんと鼻先を当てているのが見えた。
「でゔりんは、つよすぎー」
「お、そっか? 青首は、このくらいだったぞ」
「女の子には、やさしくだよぉ」
隣から弾んだ声が聞こえてくる。
ウシュラも、みんなもご機嫌みたいだ。
そんな風に考えながら毛梳きを続けていたら、不意に。
ブラシ越しに、黒耳の緊張を感じた。
顔を上げると、三角の耳がぴんと立って左右に揺れている。
ウシュラに視線を送ると、黒耳と同じように耳を揺らしている。
青首は顔を上げ、鼻先を空に向けている。
「なにか、いるの?」
ナジエも灰色の耳を、ぴんと立てて辺りを見回している。
視線をずらすと、隣でシェナハも耳を立てていた。尻尾も軽く揺れている。
「どうかした?」
遅れて異常に気づいたシェム。
でも、すぐに騎獣たちは元の寛ぎモードに戻ってしまっていた。
耳も尻尾もだらん。
ナジエだけ、まだ何かを探している。耳を左右に向けて、鼻をひくひくしている。
「わからないよ。でも、なにか……」
不安そうにナジエが首を振る。
ちょんちょん。
ぬっとウシュラが顔を上げて、ナジエの頭を鼻先でつつく。顔を見て、くるるぅと小さく喉を鳴らす。
「きにすんなー、だって」
雑にシェナハが訳す。
それって、やっぱり「なにか」は居たってことだよな。
でも、危ないものじゃない?
「ゼキ?」
ゼキに視線を向ける。
分かりやすくそっぽを向かれた。
まぁ、そういうことなら、今はいいか。
……次があったら見つけてやるからな。
次の投稿は来週 木曜日 6:00am の予定です。




