16. Anything Goes!
「それなら、山の母の祠がいーんじゃねぇですか」
広場は大人たちが鍛錬をしてる。ぼくたちみたいなちびっこが集まったら危ない。
だから、他の場所を、ということになって。
それでゼキに聞いてみたら、山の母の祠を薦められた。
でも、あそこで騒ぐのはだめだよなぁ。
そういう場所じゃないと思う。
「おしずかに、じゃないの?」
「ここらの村じゃ、腕比べを奉納するんだそーでしてね」
人差し指と親指で矢筈をつくって、顎をさすりながら。
「山の母が喜ぶんだ、と。武術の稽古なら、文句も言われんでしょーよ」
「「ほーのー!」」
タイランとシェナハの声が揃う。
ま、そういうことなら、いいか。
幼児の足で祠まで、てくてく。
道すがら、ルールを考えてみる。
たぶん、いつもシェナハとやっている推し合いっ子はダメだろうな。
武術っぽくない、って却下されそうだ。
でも殴ったり蹴ったり、投げたり。そういう本格的なのは、まだ早い。
それなら……
ちょうど考えがまとまった頃、祠についた。
さらさらと葉擦れの音と揺れ動く木漏れ日が、頭の上から降ってくる。
今日も気持ちいい場所だ。何故かは、よく分からないけど。
「ルールは……」
「「しっぽあり!」」
ぼくが切り出すなり、またタイランとシェナハの声が揃う。
二人とも、にーっと目を糸みたいに細めて笑っている。狼と狐で種族ちがうはずなんだけどなぁ。こうしてると兄妹みたいだ。
「しっぽ?」
ボラクは二人に置いてかれて、もにゃもにゃした顔。
推し合いっ子には、あんまり参加しないもんね。
ともかくも。
「しっぽあり、おしりをつくか、てがはなれたらまけ」
いつもより早口で、一気に言い切る。
「きょうは、おっきなえんで、かたてでやろう」
言い切っちゃわないと、タイランとシェナハの勢いに流されるからな。
「ゼキ、おとなのせたけくらいのえん、かいて」
二人が口を挟むまえに、ゼキに顔を向けて頼む。
「へーい。トゥランくらいのがいいですかい? それともトゥルグト爺さん?」
「もー! ちち……ははうえくらい!」
軽口で返したゼキに、言い返す。
トゥランとトゥルグトじゃ、倍くらい違うじゃないか。
たぶん、ベリルの背丈くらいの円で十分だろう。トゥランじゃ広過ぎて、トゥルグトじゃ狭すぎる。
「へーい」
適当な返事で、適当な枝を拾いあげ、ゼキが円を描く。下草の生えていないところを選んで。
「おっきなえんだ!」
最初に喜んだのはタイランだった。
広い所なら、って負けるたびに悔しがってたもんな。すばしっこさが持ち味だから。
続いてシェナハも、おーっと喜んでいる。君はでも、負け知らずだろ。
「なぐったり、けったり、かんだり、つかんだりはしちゃだめ」
喜んでるうちに、畳み込んじゃおう。
「かたて、ってどうやるの?」
ボラクが小首を傾げてきく。
ここはいつもの推し合いっ子と違うもんね。ちゃんとお話を聞くボラクらしい。
「て、だして」
「こう?」
「こういうふうに」
素直に差し出されたボラクの手首あたりに、ぼくの手首を触れさせる。
これを目線の高さに上げれば、塔手。太極拳の推手でよく見る、あの手の形だ。
「うーん」
ボラクはまだ首を捻っている。
これで、どうやったら推し合いっ子になるか想像しづらいんだろう。
「こう……あれ?」
やってみせた方が早いかな、と思って軽く力を流してみたら、返ってくる感触が重い。なんか、大きな石を押してるみたいな。
「こう?」
ボラクが返してくる。
ちょっと力の流れに引っかかりがある。肋骨で脇に流し、その隙間からまた力を流す。
「わっ」
ぐらっとボラクの体勢が揺れる。
「こんなかんじ。わかる?」
「うーん。わかんない。でも、やろう」
ボラクは、まだ首を捻りつつ、でもやる気みたいだ。ちょっと珍しいな。
「「やろう!」」
ちょっと驚いてる間に、タイランとシェナハの二人が元気よく続いてきた。
ちゃんと見てたかな?
ちょっと不安だったので、まずぼくとタイランからやってみることにした。
ボラクはもうやってみせたし、ちゃんと聞く子なので心配ない。
シェナハは、あれでよく見てる……というか感じてる子なので、目の前でやって見せれば大丈夫。……だと思う。
でもタイランは、ちょっと落ち着きないからなぁ。まわりの音や匂いを拾って、あちこちに興味がいくタイプ。
だから、ぼくと一緒にやってみるのが間違いない。
「てをはなしたら、まけだからね」
「しっぽありね!」
もう見るからに動き回る気まんまんなので念を押したら、逆にしっぽありルールを念押しされた。
まぁ、いいよ。
「じゃ、てをだして」
「おう!」
お互いに手を重ねて、塔手のかたち。
「そいじゃー、俺が立ち会いってことで」
ゼキが立ち会い人を買って出る。顔に「おもしれー見せ物だ」って書いてあるぞ。
タイランとぼく、二人で頷く。
「……はじめ!」
ゼキが手をあげる。
タイランが押し込んでくる。
全身で柔らかく円を作り、タイランの力を滑らせ、軽くいなす。
体勢が浮いた。
少しだけ腕をあげて支える。まだ早い。
立て直したタイランが、今度は回り込んで押し込んでくる。ふんわり引き込んで、また身体を入れ替える。
ちょっと頭が揺れる。足元を弓にして揺れを支える。やっぱ幼児の頭、重いな。
またタイランが押し込んでくる。今度は正面から。
背中を弓にして、今度は上に軽く逸らす。タイランの体幹が泳ぐ。
でも、またすぐに立て直した。尻尾を大きく振り回して、重心を外に作ったみたい。
獣人の子のバランス感覚と体幹はすごい。あと、尻尾ずるい。
その流れのまま、タイランは腕に捻りを入れて、ぼくの腕を外に払う。
縦横に休まず攻めてくるね。タイランらしい。
逆らわず、流れに沿って裏を取り、手を合わせたまま軽く、丸めた背中を押し込む。
「うわっ」
タイランの上ずった声。
転びかける。
尻尾を振り、腕を上げ、足を引き、距離を開けようとする。
ぼくは、ぴったりと離れず、そのままついていく。
身体の正面が空いた。
上体を丸くして、ちょこん、と肩をあててやる。
ぱたんっ。
「坊っちゃんの勝ち!」
タイランが尻もちをついて、ゼキの勝利宣言。
「おーっ、ねばねばしてたー!」
「くっついてたね!」
円の外で観戦してたシェナハとボラクの声。
「ま、まほうっ!?」
「まほうじゃ、ないよ?」
尻もちをついたまま耳をぴこぴこ、目をぱちくりしてるタイランに、手を差し伸べる。
よっ、と勢いをつけて立ち上がらせる。
「ぜんぜん、とれなかった」
「てをはなしたらまけ、っていったでしょ」
まだ驚きが抜けないタイランに、苦笑で応える。
やっぱり忘れてたな。もう。
「あれ?」
呆れていたら、不意にタイランが顔を上げた。耳をぴんと立て、前後にぴくぴく。尻尾も少し持ち上がったまま、止まっている。鼻もひくひく。
「どうしたの?」
「うーん。わかんねー」
何も見つからなかったらしい。タイランは首を捻って応えた。
そういえば、このあいだ来たときも……
思い出してゼキの方に視線を送ると、頭上を見上げていた顔を、ぼくの方に向け直した。
「なにか、あった?」
「やー、急にタイランがそんな風になったんで」
ゼキは頭を振った。
「なんかあるのかと思ったんですがねー」
肩をすくめてみせる。
まぁ、危ないことはないんだろう。いつものにやけた顔のままだから。
「きょーも、しょーり!」
「……」
始まる前からシェナハの勝利宣言。
対するボラクは、なにか考えているみたい。
口元が、ちょっと引き締まって凛々しく見える……気がする。
ちょっと変な感じはあったけどゼキも止めないし、シェナハはわくわくしてるし。
それで、推し合いっ子は、そのまま続けることになった。
今度はシェナハとボラクの対戦だ。
「はじめ!」
手を塔手のかたちで触れ合わせ、ゼキの合図で推し合いっ子が始まった。
……けど、二人とも動かない。
いや、シェナハは分かりやすく動いてる。いつもの奇襲戦法で正面から押し込んだ。
力みなく、腕と背で弧を描いて、ムラなく全身で。
いつの間に、その「かたち」を身に付けたのかと驚く。
でも、それを受け止めて動かないボラクへの驚きが、すぐに上書きした。
いなすことなら、たぶん、できる。まだまだシェナハの動きは丸分かりだから。
でも、受けて支えるのは、ぼくには出来ない。そのくらいには、体重が勢いじゃなく圧としてボラクに掛かっているはずだ。
「おもい!」
少しして、シェナハは言いながら、右に回り込んだ。
これは、面白がってるな。今までに知らない感触だから。
脇に回ってもボラクは動かない。足を入れ替えさえせず、上体だけでシェナハと正対する。
シェナハはさらにボラクの背中側に回ろうとして、でも、足が止まった。
「うごかんっ!」
また、おっさんみたいな事を言う。でも顔は笑顔だ。
ボラクは、ずっと無言。
何かを思い出そうとしているような、考えに沈むような、難しい顔。
シェナハが左へ右へと回り込む。でも、ボラクは崩れない。動かない。
「なんだこりゃー」
間延びした声で言いながら、きゃっきゃと笑っている。
それから不意に。
「これでどーだー!」
すとん、と落ちるようにシェナハの上体が沈む。
ボラクからは不意に消えたように見えたはず。
そうして意識の外、足元へとするりと入り込み、下から突き上げるように立ち上がる。
なに、この格闘ゲームのキャラクターみたいな動き。相変わらずシェナハの動きは幼児離れが甚だしい。
でも。
「……」
「なぬーっ!」
ボラクは微動だにしない。
シェナハは上から蓋をされたような形になって、慌てて体勢を立て直す。尻尾まで使って全力。
一拍。
お見合い状態になった。ボラクは動かないし、シェナハも次の打つ手が出ない。
でも、シェナハの目がにーっと線になり弧を描いた。
くるり、と片足をコンパスのように円を描いて反転。
ふわり。
ふわふわのしっぽが持ち上がり、ボラクの背をするりと撫でる。
「ひゃっ」
ほんの少しだけボラクの上体が浮く。そのままシェナハは肩を押し込む。
ぱたんっ。
「シェナハの勝ち!」
尻もちをついたボラクがシェナハを見上げる。
思い切り口元を、への字にして。
「くすぐり、ずるい!」
「かてばよかろーなのだー!」
しっぽを持ち上げ、胸を張り、シェナハは誇らしげにボラクを見下ろした。
次の投稿は来週 木曜日 6:00am の予定です。




