15. I Shall Not Be Moved
剣を振り上げ、振り下ろす。
息を吸って、吐く。
単純なそれだけの動作を、ゆっくりと大きく、でも淀みなく。
いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ……
その様子を見つめつつ、振り上げて振り下ろすまでの時間を数える。
たっぷり二十。
アイベルクの素振りは、日本の古流剣術っぽかった。
青眼の構えから、まっすぐ正面撃ち。
広場の端、ソファ代わりの青首に寄りかかって観ている。
朝食が終わって食休み。
それから始めて、もう日が高くなってきている。
まだ正午には早いけど、もう朝って感じでもない。そんな頃合い。
最初は、おー、とか言いながら一緒に見ていたシェナハも、青首の毛皮に埋もれて浅く寝息を立てている。
ずっと同じ型を、しかも、ゆっくりした動きを繰り返してたからなぁ。
ちゃんとアイベルクの稽古を観るのは初めてで。
それも、こんな風だから、どんな技があるのかはさっぱり分からない。でも多分、多彩な技なんかなくたって強い。
土台を、じっくりと練り上げる。そういう種類の武術だ。
剣の切っ先から、頭の天辺と爪先まで。
自分の身体だけじゃなく、手にした武器まで含めて全部が繋がっている。その繋がりの中で、力の淀みが僅かにもない。
ふと。
青首の気配だけが動いた。
「おぅ、精が出るのう」
砦の門の方から、トゥルグトが近づいてくる。
やっぱり岩で岩を打ったような鈍い声。
大盾を背負い、手には大振りの戦鎚を持っていた。
「やぁ、爺さん」
ぴた、と剣を元の中段で止め、アイベルクが応える。
「鍛冶仕事で強張っちまった。付き合え」
「爺さん、堅いから噛み合わないんだよな」
戦鎚の頭をどん、と地面に突いて言ったトゥルグトに、アイベルクは渋い顔で返した。
あぁ、なんか分かる気がする。
トゥルグトの動きを見ると、岩がそのまま動いてるみたいなんだ。
どこから崩したらいいものか、分からないんだよね。隙がないという以上に、押しても引いても叩いても、びくともしない感じ。
「爺さんじゃねぇ。ヌシは、なんでも使うじゃろう」
「爺さんに合わせたら、ますます噛み合わんよ。お見合いになるだろ」
アイベルクは肩をすくめて、少しだけ空を見上げた。
「徒手でやるか……それなら、俺も稽古になるだろう」
「武器なしのヌシとやってものう……まぁ、身体をほぐすくらいにゃぁなるか」
「相変わらず爺さんは手厳しいなぁ」
苦笑して、アイベルクはぼくの方を向いた。
「マリク、剣を見ててくれ。触るなよ?」
「わしのもじゃ」
二人して、近づいてきて、目の前にそれぞれの得物を置いた。
「うん」
なかなかの迫力だ。特にトゥルグトの戦鎚と大盾の重量感がすごい。
文海おじさんも、流石にこんなのは持ってなかったもんなぁ。
「シェナハー、あそぼー」
「マリクぅぅ、たすけてぇぇ」
目の前の武具の迫力にちょっと気圧されているところに、シェナハとぼくを呼ぶ声。
視界の端で、こしこしとシェナハが目をこすり、耳をぴくぴくしているのを見つつ。
声がした方向に顔を向ける。
一人は緑がかった茶色の太めの毛、三角耳と尻尾の男の子。
もう一人は濃い褐色の縮れ毛、トゥルグトを小さくしたような体型の男の子。
三角耳が開拓村の子で、若樹狼人のタイラン。縮れ毛が孤児棟の子で、鉱人のボラクだ。
タイランが4歳、ボラクが5歳。ぼくやシェナハと年が近いグループの子供たち。
二人一緒だと、だいたいタイランが引っ張り回す側になる。ボラクの方が1つ上なんだけど。
ここまで走ってきたみたいで、ちょっと息が乱れている。
今日も、タイランがボラクを引っ張って来たんだろうな。
ボラクがちょっと、ぐったりしてる。
鉱人は体型のせいで、走るのが得意じゃないから。体力はあるんだけど。
「ボラク、遊びはあとじゃ。観てけ」
トゥルグトが二人に…というよりボラクに、じろりと視線を送る。
それで二人は、びしっ。背筋を伸ばして強張った。
まぁ、うん、怖いよね。トゥランとはちょっと違う感じで。
「は、はい」
ちょっとつっかえながら、ボラクは頷いてぼくの横へ。タイランもそれに続く。
「まりー、どーした?」
「ちちうえと、トゥルグトが、もぎせん」
目が離せなくてシェナハの方を見ないまま応える。やっぱり、見逃せないよね。
「やるぞ」
「胸を借りるよ」
だんっ。
組み合っただけなのに、すごい音がした。
お互いがお互いに全力で当たりに行って、退かないままぶつかった。
そのまま身体を掴みあって、動かない。
いや、動いている。ものすごく細かく。
足元の土が少しずつ削られて、盛り上がっている。
トゥルグトは上からのアイベルクの圧をがっしりと支えて受け止め、アイベルクはトゥルグトから返ってくる圧を他所に流している。なんとなく、そんな感じがする。
目に見えているのは、がっしりと組み合って動かずにいるだけ、なんだけど。
不思議なことに。
こんなに力強く組み合っているのに、二人から力みが見えない。
アイベルクの口元にはゆるい笑みが浮かんでいる。トゥルグトはいつものむっつり顔だけど、でも歯を食いしばってる様子はない。
「やっぱり、正面から組み合ったら勝負にならんか」
「阿呆ゥ。わしが何年、鉱人やっとると思う」
アイベルクがトゥルグトの脇に回ろうとして、引き戻された。
お互い、まだ足は動いていない。でも足元の土がまた少し、盛り上がった。
たぶん、背中を使って、全身の連動で、少し捻りをいれようとしたんだと思う。でも、それがどういう加減かで、潰された。
アイベルクの動きはなんとなく、推測できる。知ってる武術と、似ているところがある。
でも、トゥルグトの武術が分からない。
こんな武術、知らない。
なんだろう。岩になる武術、みたいな。
全身が淀みなく連動しているのは分かる。
でも、それが流れるというより固定されて、地面に繋がっている感じ。
いや、待て。こんな高度な組み合いを幼児に見せて、どうするんだ。
ほら。シェナハもタイランも目を丸くして、ぽかんとしてるじゃないか。
あれ?
でも、ボラクはじっと目を離していない。瞬きさえ惜しむように見てる。
「ボラク、わかるの?」
「ううん、わかんない」
ぼくの問いに頭を振りつつ、でもトゥルグトから目を離さない。
食い入るように、ってこういうことを言うんだな。
「わからんでいい。観とけ」
「爺さん、余裕だな」
ボラクにトゥルグトが声を掛けたところで、アイベルクが仕掛ける。
上体は微動だにせず、右足だけを滑らかに、トゥルグトの膝裏に差し込む。全身で右旋回の捻りをかけて……
どだんっ。
「ここまで動かないかよ」
「鉱人ってぇのは、そういうモンじゃ」
土埃を派手に立てて倒れたのはアイベルクだった。
トゥルグトは何もしていない。目に見える動きはなかった。
敢えて言えば、ただ動かなかった。小動ぎもしなかった。
それで、アイベルクの掛けた圧が行き場をなくし、そのまま自分に返って重心を失った。
そういうことなのかな、と思う。たぶん。
「「すごい」」
こんな武術があるのか、と思わず漏れた。ぼくの声に、ボラクの声が重なった。
少し遅れて、タイランとシェナハも「おー」と声を上げている。
分からないなりに、なんか凄いと感じ取ったみたい。
単に、ずっと動かなかったのが、動いたと思った瞬間に決着したからかもだけど。
「まりー、できる?」
「むり」
無邪気に期待するシェナハ。でも、ぼくは即答。
いやいや、無理むり。なにやってるのか、さっぱりわかんないんだもん。
「じゃー」
そんなぼくに、シェナハはちょっと溜めを入れて。
「しゅぎょー!」
えいおー、と手を挙げて盛り上がる。
だから、そういうことになった。
次の投稿は来週 木曜日 6:00am の予定です。




