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1. String Quartet

 土曜日、昼下がりのショッピング・モールは、とても賑やかだ。


 母親の手を引いて走り出そうとする女の子。

 カプセル・トイの前で駄々をこねる男の子と、それをなだめる父親。

 紙袋を胸に抱き、満面の笑顔を浮かべて歩く女性。

 不機嫌なしかめ面で、足早に人波を縫っていく男性。

 お互いをいたわるように、ゆっくり歩く老夫婦。

 肩が触れそうなほどの距離感で、楽しげにおしゃべりしながら歩くカップル。

 

 いろんな人生が、交わるでもなく、ぶつかるでもなく、すれ違っていく。

 

 歩調も方向もバラバラなのに、遠目に眺めると、全体で一つのリズムに調和して見える。


「ねぇ、パパ、聞いてる?」

「……ん?」

「これがいいな、って思うんだけど? っていうか、また考え事してたでしょ?」

 軽く頬を膨らせたジト目で、やひろが見ている。

 指をさした先には、ショーケース。その中に鎮座する、アンティークな雰囲気の腕時計。

 ベルトが繊細なチェーンになっているのが優美で華やかだな、と思う。

「いいんじゃないかな?」

「ちゃんと見てよね。せっかくのお祝いなんだから!」

「いや、うん、やひろに良く似合うんじゃないかな?」

 少し慌てて言葉を探し、ふと思い出して言い足す。

「……そういえば和歌さんも、そんな感じの腕時計をしてたなぁ」

「ママも?」

「うん、してた」

 横で他の時計を眺めていた景義が、視線はそのまま会話に入る。

「っていうか、パパとつきあい始めた頃に、2時間くらい掛けて選んでもらったってのろけてた」

「マジかー」

 景義とやひろ、二人で顔を見合わせる。

 苦笑いするしかない。

「まぁまぁ。その、そういうわけだから、パパはそれがいいと思うよ」

 どういうわけなのか。

 最愛の和歌さんに選ぶくらい素敵だからなのか。和歌さんも気に入っていたからなのか。両親の思い出とつながるからなのか。

 それとも単に、やひろが気に入ったからなのか。

 突っ込まれても答えられない。が、とりあえず場をおさめるように言い切る。

「むー」

 何やら釈然としない顔でやひろは考え込み、あらためてショーケースに並ぶ他の腕時計を見比べて、さらに数十分。

 選んだのは最初のアンティークな雰囲気の腕時計だった。


「もう古典の理論だと思ってたんだけどな」


 通りがかった本屋、通路側に向けられた平置きコーナーの前で足が止まる。

「唐突に何?」

 怪訝な顔で、景義も平置きコーナーに視線を向ける。

「いや、この本がね」

「宇宙は高次の紐が奏でる音楽……? ずいぶん、詩的なタイトルだねー」

 景義と逆側から、やひろも平置きコーナーを覗き込む。

「SF小説かなんか?」

「いや、たぶん、宇宙物理学の本。パパが若い頃に流行った理論で超ひも理論ってのがあってね」

「あー」

「ぜったい、読んでるね」

「「難しい顔で!」」

 息ぴったりに顔を見合わせて二人が笑う。何がそんなに面白いのかよくわからないが。

「まぁ、確かに何冊か素人向けの解説書を読んだけど……別に、難しい顔って決めつけなくても?」

 控えめに異議を申し立てる。なんとなく展開は予想できるが。

「パパ、自分で気づいてないだけだよ?」

「母さんもいつも言ってたもんなー」

「しかもさ、感想きくと、だいたい斜め上の解説だって」

 やひろと景義、二人でダメ押し。

 普段から仲は悪くない姉弟ではある。

 だが、こうして私をやり込める時は特に、連携が噛み合う。事前に打ち合わせでもしていたのかと思うくらい。

「俺も一度、騙されたもん。感想だけ聞いてアクション小説かと思ったら、普通に地質学者のフィールドワークの話だった」

 地球の土の歴史を解説した本のことだろう。

 世界各地のフィールドワークで集めた事例を引きながら、地球の土の長い時間を辿っていく。あれは、なかなか胸の踊る読書体験だった。

「いや、5億年分の旅をする、すごい冒険の話だったじゃないか」

 前に感想を聞かれたときも同じような事を言った覚えがある。

「しかも、お前、なんだかんだ最後まで読んでたろ?」

「読んだけどさー。面白かったけどさー」

 釈然としない様子で景義は頷く。

 面白かったならいいんじゃないか、と思うが。

「それはまだいい方かなー。この間、パパがすっごい難しい顔で読んでた本がさ……」

 人差し指をこめかみに軽く当てて、やひろ。

 頭痛い、のジェスチャだろうか。

「悪役令嬢もののラノベだったんだよねー。それも、転生令嬢でスパダリで溺愛」

「……は?」

 口をぽかんと開けて景義。そんなに口を開けてたら、アホの子に見えるよ?

 それはそうと、あれはなかなか面白かったな。

 爵位間の階級秩序がかなり整ってたから、近世がモデルなんだろうけど、どこの国だろうとか。

 この王子様、かなり考えが足りないように描写されてるけど、視点を変えてみたらきっと違う構図が浮かぶはずだよな、とか。

「あれは、考察しがいのある面白い話だったね」

「あのね、あのジャンルは、頭からっぽにして、でろでろに甘やかされる女の子を愛でるものなんだよ」

 分かってないなぁ、という風に頭をふる。

 が、すかさず横合いから景義が割り込む。

「いや、姉ちゃん、それはそれで偏ってるからね?」

 うん。それは、なんとなく分かる気がする。


 結局、何も本を買わないまま本屋を離れた。


「父さんは本屋に入ると長いから」

 すぱっと景義に言い切られてしまった。

 今日はやひろの就職祝いだからね。本屋に長居してる場合じゃない。やひろのために時間を使う日だ。

 うん、ちゃんと分かっているとも。

「カフヴェ、ちょっと見てこ?」

 やひろの歩みが、気持ちだけ早くなる。

 2軒先の店頭に、エスニック・テイストの雑貨とパーカーが吊るされていた。

 赤と黄色の2トーンが目立つ。今シーズンがアフリカン推しだからかな。

 和歌さんもエスニック・テイストが好きだった。

 手にとって眺めてるだけでも満面の笑みだったっけ。

 一足先に店頭の吊るしを見ているやひろの仕草なんか、そっくりだ。

「文化的遺伝、ってヤツだな」

「いきなり、なに?」

 怪訝な視線で景義が見る。

「親の好みが、子にうつるみたいなこと」

「あー、母さん、ああいうのすっごい好きだったよね。あんま着てた覚えがないけど」

「パパとのデートでよく着てたよ。あと寝間着」

「のろけんなし」

 砂糖を口いっぱいに放り込まれた、みたいな顔で景義が足を止める。

 まぁ、たまには惚気させてもらってもいいだろ。


「きれー!」 


 景義と漫才をしている、その右脇を女の子がすり抜けていく。

 視線の先は、店先の少し高いところ。そこに吊るされた、絞り染めコットンのショルダーバッグ。

 よほど気になるのか。顔を上げたまま、足早に駆けようとして……

 あぁ、転ぶ。

 そう思うのと、大きく一歩踏み出して、手を差し伸べたのがほぼ同時。

「うわぁっ」

 足をもつれさせた女の子が、前のめりに倒れる。

 差し出した左手に、小さな体が飛び込んできた。ずしりと重みが乗る。

 危ない危ない。

「ふゎ……」

 大きな目いっぱいに涙を溜めて……

 あ、これは、泣いちゃうくらい驚いたヤツだな。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 膝をつき、目線を合わせてなだめる。

「あのバッグ、とっても素敵だよね」

 ショルダーバッグを指さして気をそらす。

「う……うん」

 よしよし涙は引っ込んだ。

「すっ、すみませーんっ」

 二歩分くらい遅れて、たぶん、母親だろう若い女性が慌ててやってくる。

「いえいえ。こういう鮮やかな色合い、子供の目にはきらきらして見えるんでしょうね」

 うちの娘も、現在進行系でそんな感じだ。今春、就職の年だが。

「きれーよ!」

 泣いたカラスが…じゃないけれど、女の子もすっかり気分が戻ったらしい。にこにこと、バッグを指さしている。

 よし、もう大丈夫だろう。

「うん。そうだねぇ」

 わかりやすく大きく頷いて、立ち上がり、母親に女の子を引き渡す。

「ありがとうございます。ほら、すみちゃんもお礼して」

「おじちゃん、あんとー!」

 母親に手を引かれていく女の子を見送っていると、やひろと景義が寄ってきた。

「父さん、あそこから届くって……」

「パパ、そういうとこだよ?」

 おかしいな、なんでうちの子たちは呆れた顔をしてるんだ?

次の投稿は本日 18:00です。

少し、読み味で気になるところを手直ししました。内容はほとんど変わってません。

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