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13. Rays of Light

 光のコントラストが、まるで計算しつくされた芸術みたいだ。


 入口でいったん暗くなり、そこを抜けて中庭に抜けると、青空が広がり陽の光が輝く。

 建物の作りは、エドレト家の居館と似たようなもの。

 だけど、周りをぐるっと囲う列柱を含め、漆喰で真っ白く塗られている。

 中庭にものは置かれていなくて、地面は白石の石畳に覆われている。

 それがいっそう、光に包まれた空間の印象を強めていた。


 天空に神様はいる。


 そう言われなくても、視覚的に感じさせる作り。自然と気持ちが祈りに切り替わる。

 隣できょろきょろしているメリハは別みたいだけど。

「メリハちゃん?」

 レイラが念を押すように呼びかける。静かな声、だけどちょっと圧を感じる。

 辺境伯領の女性たちは、みんな圧が標準装備なのかな?

 ちょっと馬鹿みたいなことを思いつつ、どこを掃除しようかと探す。

 なにしろ中庭は本当に何も置かれていない。ふきふきするものがない。

「マリクは、なかにわのふち石をふいて。白いから、すぐよごれちゃうの」

 ぼくの様子を見てレイラが教えてくれる。

「うん」

 頷いて早速、取り掛かる。

「メリハちゃんは右がわ、ナジエちゃんは左がわをはいて。わたしは、いりぐちのちかくをはくね」

「は、はい」

「はーい」

 しゃがんで、ふきふきしている背後で、二人にも指示が出ている。


 しゃっしゃっ。しゃっしゃっ。しゃっしゃっ。

 きゅっきゅっ。


 しばらく、静かな空間に、規則正しく箒の音と石を磨く音だけが響く。

 こうやって無心で掃除するのも、なんか楽しいかもしれないな。


 しゃっしゃっ。しゃっしゃっ。……

 きゅっきゅっ。


 不意に音が一つ分、欠けた。

 どうしたのかな、と振り返るとナジエの手が止まっている。

 灰色の毛に覆われたウサギ耳が、左右ばらばらに向きを変えながら、ぴくぴく動いている。わずかに背伸びしたような感じで、目線もあがっている。

 何かを探しているみたい。

 レイラとメリハも気がついたのか、手が止まる。

「なにかみつけたっ? なに、みつけたの? おばけっ!?」

 箒をその場においたメリハが、ぶわっとナジエに迫る。

「ち、ちがうっ……とおもう」

 ちょっと引き気味に、ナジエが頭を振る。頭の上で灰色の耳がゆれる。

「……だれか、ないてる? みたいな、おと」

 自信なさそうに、とぎれとぎれに続けた。

「おばけだ!」

「メリハちゃん、れいはいどう」

 もう、という感じでレイラも、ナジエのそばに。口元に人差し指をあてて。

 メリハが慌てて両手で口元を抑える。

「そっちの、はしっこ…かな?」

 ナジエが指さしたのは、ぼくの足元。

 覗き込む。

 縁石と床がぶつかる隅に、平たい覆いが被せてある。

 そういえば、何か所か、似たようなものがあったな。

「おおい、はずしてもいい?」

 一応、レイラに聞いてみる。顔を見ると、少し迷ってるみたい。

 でも、返事を待たずに……

「えいっ」

 ナジエの指差しと同時に近づいてきていたメリハが覆いを外してしまった。

 そこにはおばけが隠れていた……なんてことはなく。

 格子がはまった、ただの穴。

 耳を澄ましてみる。


 ぅゎぁん……ぅゎぁぁん……


 微かに音が響いているような気がする。

 誰かが泣いてる、って言い方もなんとなく分かる。

 たぶん、中庭に降った雨を流すための排水溝なんだろうけど。

「うん、そのおと……だと、おもう」

 レイラと揃って近寄ってきたナジエが頷く。さっきまで右に左に動いていた耳が、こちらに向かって、ぴんとなっている。

「これ……」

「それは排水溝ですね」

 神官さんの声。

 みんなで揃って顔を向けると、ちょうど中庭の奥、一段下がった部屋から昇って出てくるところだった。後ろにメリサとセルマもいる。

「あ、神官さん、ごめんなさい。かってにあけちゃいました…」

 自分が覆いを取ったわけでもないのに、レイラがばつが悪そうに頭を下げる。

「大丈夫ですよ。物を壊したわけでもありません」

 お腹の前で両の手のひらを振りながら、神官さんは柔らかく受け止める。

「きっと、ふだん聞かない音だから気になったんですよね」

 にこにことフォローする神官さんに、今度はナジエが頷く。

 覆いを取った張本人のメリハは、目と口をまん丸に開いたわっくわくの顔。期待を露わに神官さんを見上げている。

 まったく、もう。

「はいすいこう、かぜのおと?」

 神官さんを見上げて尋ねてみる。

「はい。外の小さな風音が、中で響いて、ちょっと不思議な音になるみたいですね」

 正解、という風に神官さんは頷いて言葉を続けた。

「砦自体もそうなんですが、この礼拝堂は古代の遺跡の上に立ってるんですよ。建物の基礎もそうですが、排水溝も再利用なんです」

「こだいいせきなら、おたからもあったの!?」

 古代遺跡という言葉に、ぐんっとメリハが食いつく。

「いいえ。そういうものがあったとは聞かないですね」

 神官さんは頭を振る。銀色の長髪が、肩のあたりをさらりと滑る。

 期待を外して悪いことをしたな、みたいな顔をしている。別に期待に応える必要もないのに。

「わたしがここでお世話になり始めたのは、砦の再建が始まった後のことなので……発見した当時のことは存じませんが」

「メリハちゃん、宝物どころか石壁以外の建物は、ぼろぼろだったそうよ」

 神官さんに、メリサが続ける。

 家でもそんな話は聞いたことはないし。たぶん本当に、遺構そのものだけが、価値のあるものだったんだろう。

「はいすいこう、なおしたの?」

 排水溝みたいなものは地面に埋まってる分、直すのは厄介だと思うんだ。

 このあたりは、あまり雨が降らない。冬に、しとしと雨の続く日があるくらい。

 だから、なければないでも、なんとかなりそうなのに。どうして、わざわざ直してまで使ってるんだろう。

「はい。水と穢(けが)れは、流さないと淀みますから」

 神官さんは、迷いなく、はっきりと頷いた。

 そっか。そういうものなんだな。

 でも、なんか気になる。妙に耳に残る。

 ともかくも、音の正体はすっかり分かった。

「ね、みんな。おそうじ、つづけよう?」

 だから、レイラの呼びかけでぼくたちは、掃除に戻った。

 

 しゃっしゃっ。しゃっしゃっ。しゃっしゃっ。

 きゅっきゅっ。


 途切れた音が、また中庭に戻る。

 規則正しく、丁寧に。

 今度はメリハも、きちんと箒を動かしている。

 レイラの圧が一段と増したからな。うん、これは仕方ない。

 そうして最後はみんなで石畳をきゅっきゅっと拭いて、ぴかぴかにして。

 中庭がすっかり綺麗になった頃には、日が落ちかけていた。


 解散して皆でお家に帰る頃には広場の天幕も、臨時の魔物素材の解体場も片付いていて。

 あんなに沢山いた村の戦士たちも冒険者さんも、ギルドの職員さんも居なくなっていて。

 いつも通りの砦に戻っただけなのに。


 すっかり片付いた広場は、ちょっとだけさみしく見えた。

次の投稿は来週 木曜日 6:00am の予定です。

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