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12. Lovely Day

 案の定、翌朝の広場は死屍累々だった。

 酔いつぶれた大人のひとたちで。


 そろそろ日が高くなり始める頃、ベリルとリャナン二人がかりの笑顔の圧で強制的に起こされた。今はそれぞれ後片付けと、魔物素材の処理の続きに分かれて動き出したところ。

 二日酔いに頭を抱えながら、でも身体は普通に動いている。昨日の疲れとかダメージとか、どうなってるんだろう。すごい体力だな。

 天幕が解体されて、畳まれていく様子を見るのはなかなか面白い。

 湯天幕もすでに畳まれて、なくなっている。

 けっこう楽しかったから、一夜限りで終わりは少し勿体ないな、なんて思い返す。


 昨日は結局、のぼせて湯あたりしてしまったらしい。

 ゼキに抱えられて湯天幕を出て、水を飲まされたり、夜風にあてて冷やされたり。

 なんかかんか介抱されたんだ、と。

 後からシェムに聞かされて、かなり恥ずかしかった。

 たぶん、浮かれてたんだな。

 無事に帰ってきた皆に安心したり、そのあとの宴のお祭り騒ぎの空気に当てられたりで。


「きのう、ありがとう……」

「んー? あー、坊っちゃんも、ちゃんと三歳児なんですねー。珍しいもん見れて、面白かったですわ」

 いちおう、ゼキにお礼を言ったら、にやけた顔で返された。

 ちょっと負けた感じがする。不覚だ。

「そんで今日はどうするんで?」

「れいはいどう。おそうじ」

 礼拝堂は、神官さんとメリサで普段から整えている。だから、別に人手が足りないわけでも、急ぐわけでもないのだけど。

 昨日の後片付けは手が足りている。

 でも、魔物素材の処理で場所をふさいだり刃物を使ったりするから、子供たちがその辺りで遊んでると、邪魔になるし危ない。

 それで、孤児棟と礼拝堂に分かれ、手分けして掃除することになった。

 シェナハは珍しく駄々こねて、リャナンに引っ付いて回ってるけど。


 礼拝堂は広場をはさんでエドレト家居館の向かい、南西側の石壁沿いに建っている。

 遠目には平べったい白い直方体が地面に張り付いているような感じ。晴天の昼前後は、真っ白な壁が陽の光を照り返してちょっと眩しい。

 建物の正面、入口の前は短いけれど石畳が敷かれていて、左右に柱が並ぶ間を通るようになっている。規則正しく並ぶ柱の間を通ると、千本鳥居のお稲荷さんを思い出したりする。朱色と白で色違いだし、柱の間に渡された笠木もないけど。

 入口の脇には大きめの水盆が置かれていて、入る前にここで手を清めるのがお作法だと教わった。そういうところも、なんだか神社を思い出す。


 他の子たちと、神官さん、メリサはすでに礼拝堂の前に立っていた。

 ちょっと待たせてしまったみたいだ。


「おはようございます」

「「「おはようございます」」」


 まずは朝の挨拶。

 メリサは大量の宴会料理をほぼ一手に引き受けてた。たぶん、神官さんも慣れない力仕事で大変だったはず。他の子たちも、それぞれお手伝いで一日中働いていた。

 それなのに、みんな元気そうだ。

「今日はありがとうございます」

 丁寧に神官さんが頭を下げる。

 この人、偉ぶったり気難しかったりするところがなくて、いつも丁寧で穏やかなんだよな。見た目は若いのに、まさに「よくできた人」って感じがする。

 もしかしたら良いところのお坊ちゃんだったりするのかもしれない。

 とりとめもなく思ってる間に、神官さんから作業分担の説明が始まった。

「いつもより人手が多いので、私とメリサさん、セルマさんで普段、行き届かない祭具や備品の手入れをしたいと思います」

 急なことなのに、予め考えていたんだろうな、という雰囲気。

 いつも礼拝堂のお手伝いをしているメリサと、孤児棟のお姉さん役のセルマも、分かっていたという感じで頷く。

 セルマは栗鼠の獣人で、山栗鼠人(やまりすじん)と言うらしい。年の割に体格が小さいせいか、仕草の一つひとつが、ちょこちょこしている。見ていてほっこりする。

「レイラさんと、メリハさん、ナジエさんとマリクさんには、礼拝堂の正面、それから中庭のお掃除をお願いしたいです。道具の場所と掃除の仕方は、レイラさんがご存知ですので」

 神官さんは、一人ひとり丁寧に名前を呼んで、ちびっこ組にも分担を伝える。

「「「はい」」」

 ぼくたちは元気よくお返事。

 レイラはメリサの娘。いつもお母さんと一緒にお手伝いをしているから、ぼくたちの中では一番、礼拝堂に詳しい。

 メリハは好奇心旺盛でお喋りが大好きな女の子。シェナハと一緒になると、ちょっとしたことを「発見」しては盛り上がって、いつの間にか大騒ぎになってたりする。

 ナジエは野ウサギの獣人、灰耳野兎人(はいいろのうさぎじん)の女の子。メリハと同い年なんだけど、急な物音とかにビックリしがちで、メリハが「発見」するたびに、びくっと肩をすくめていたりする。皆の中に静かに混じってるのが居心地が良いみたい。

 ……うん、大丈夫かな?


 大丈夫だよね、いくらメリハでも礼拝堂で騒いだりはしないはず。


 最初は、まず、お掃除道具を配るところから。

 どこにあったのか、レイラがちびっこ用の小さい箒を取り出してきて、メリハとナジエに渡す。

 でも、ちびっこ用の箒も、ぼくには大きすぎた。

 だから、ぼくは手拭いをもらって入口脇に置かれている水盆と台座を磨く係。

 正直、戦力になってる気がしないけど。まぁ、仕方ない。早く大きくなりたい。

 ゼキは「あー、俺は見守り係なんで。お構いなく」なんて早々に離脱して柱に寄りかかってるし。

 護衛だからしょうがない。分かる。

 でも、あのにやけた顔で言うからサボりにしか見えない。

 ふきふきしながら、レイラたちの様子を見る。

 二人は、真面目に黙々、石畳を掃いていた。

 しゃっしゃっ、と規則的に繰り返される音が耳に気持ちいい。

 メリハは……

 視線だけ動かして探す。

 あっちを見上げたり、こっちでしゃがみこんでたり。箒は持ってるけど、どう見たって掃除をしてる様子じゃない。

 何かを見つけて「あ!」と言ったり、急に立ち上がったりするたびに、ナジエの耳がぴくっと動いたり肩があがったりする様子が面白い。

 あ、こっち見た。

 土埃を立てて、たったかたったか。駆け寄ってくる。

 ざざざーっとぼくの隣、水盆の脇に来て、しゃがみこむ。

「さわいだら、だめ、だよ?」

 一応、礼拝堂だからね。騒がしくして良い場所じゃないと思うんだ。

 でも、なぜかピンとこないみたいに、メリハは小首を傾げる。

「小っちゃいこえ、だよ?」

 いや、そういうことじゃなくって。

 どう説明しようかと考えてるうちに、メリハの意識は他所にいってしまう。じっと水盆の台座の裏、礼拝堂の壁の礎を覗き込んでいる。

 お掃除はどこにいった……なんて、もう今さらだよね。

 仕方ないので、水盆の拭き掃除に戻る。

 礼拝堂の水盆は青銅製で、大人の腕で輪っかを作ったくらいの大きさ。水盆の外側から台座まで、びっしりと細かな線画が彫り込まれている。見ていてちょっと面白い。

 大きな輪っかの下に三柱の神様。その周りに小さな神様がいっぱい。

 それぞれ持ち物や装束、脇に控える動物で細かく描き分けされているみたい。仏像みたいに多面多臂だったり、獣頭の神様は見当たらない。

 確か、大きな輪っかが一番えらい神様で、これだけは人の姿をしていないんだっけ。


「あーっ!」

 ごぢん。


 メリハが急に立ち上がって大きな声を出したのと、鈍い音がしたのが同時。

「いったーいっ」

 すぐにしゃがみこんで、涙目で頭を抱えている。

「どうしたのっ」

 慌ててレイラとナジエが駆け寄ってくる。

「おっきなトカゲ。にげちゃった…」

 涙目で頭をさすりながらメリハが応える。

「トカゲ? もう、メリハちゃんったら」

「れいはいどうで、さわぐからだよ」

 メリハを囲むように二人でしゃがみこみ、よしよしと頭を撫でている。


 そういえば文海おじさんが気功を教えてくれたことがあったな。健康を維持したり、治療したりするっていう、あれ。

 おまじないくらいに思ってたけど、鍛錬はみっちりやらされた。


 ──天の気を頭頂からもらうよ。地の気を足裏からもらうよ。

 ──陽気が上り、陰気が下がるのね、頭頂と足裏の間で回転するね。咕噜噜(ぐるぐる)よ。


 人差し指を立てて、くるくる回しながら言ってたっけな。

 ふと思い出して、うずくまるメリハの頭に、なんとなく手をかざしてみる。

 吸気に合わせて頭頂と足裏から気をもらうイメージ。呼気に合わせて濁った気が出ていくイメージ。

 身体の中をぐるぐる周りながら気がキレイになっていくイメージ。

 手のひらから痛い場所に染み込んで、痛みが出ていくイメージ。

 イメージを深く、呼吸と重ねる。

 

 すぅ……はぁ……

 すぅぅ……はぁぁ……

 すぅぅぅ……はぁぁぁ……


 身体が世界とつながって、大きな力が流れていく。

 力の流れが波打つ。

 大きく、小さく。

 深く、浅く。

「あれー」

 突然のメリハの声。

 なんだか深いところにつながったような気がしていたのに、途切れてしまった。

「なんか、いたくない、きがする?」

 不思議そうに首を傾げ、ぶつけた頭をさすっている。

「おまじない、きいた?」

 ぼくも小首を傾げて。

 いや、うん。そういえばこの世界、魔法も魔術もあるんだよね。でも、気のせいかもだし。子どもの頃なんて、ちょっと気分で痛いの忘れたりするもんだし。

 判断がつかない。

「ぼっちゃん、そろそろ中庭の掃除に移ってもいいんじゃねーですかね」

 混乱しているぼくに、ちょっと離れたところからゼキの声が掛かる。

「ん? うん」

 つい生返事。

「そうだね。おぼんもピカピカだし」

 レイラの賛成。

「そ、そうだね……いしだたみも、きれいになったし」

 ナジエも、ちょっと戸惑いつつ賛成。

「なかにわ、たんけーん!」

「「「それは、ちがうからね!」」」

 懲りないメリハに、三人の声が揃った。

次の投稿は来週 木曜日 6:00amの予定です。

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