↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

11. いい湯だな

 ぼくたちが運んだ追加の天幕は、なんと即席の蒸し風呂になっていた。


 宴に並んだご馳走を、ひとしきり食べてお腹も膨れ、昼の疲れもあって少しうとっとした頃。唐突にアイベルクが「蒸し風呂に行くぞ」と言い出した。

 それで居館に戻るのかと思ったら、ゼキとトゥラン、ベリルとリャナンと他のみんなも、ぞろぞろと連れ立って歩き出す。


 居館の蒸し風呂は一つしかないし、たくさんの人数で入るには少し手狭だし……


 そんなことを思いながら、シェムに手を引かれて歩いていった先は天幕だった。

 他の天幕から少し離れたところに二つ並び、その奥、さらに間を空けたところに一つ。それが湯天幕、天幕を利用した簡易の蒸し風呂なんだという。

 湯天幕の前には、石で丸く囲った焚き火場、積まれた薪と丸石、それから目隠しの布幕。

 焚き火場の真ん中では熾火が鈍く赤く灯っている。ここに薪をくべて、丸石を熱するのかな。

 目隠しの布幕は、ここで服を脱ぐためだろう。


 ベリルやリャナンたちとは一番目の湯天幕の前でお別れ。

 奥に離れた天幕が女性用なんだと言う。目をこしこししていたシェナハは、リャナンに手を引かれて一緒に行った。きっとお預けをくらった分、たっぷり甘えるんだろう。


 こちらに残ったのは、アイベルクとシェム、トゥラン、ゼキ、それから鉱人のトゥルグト。

 鉱人族は、人族よりも頭二つほど背は低い。でも、石壁のような横幅と厚みがある。

 トゥルグトは、その典型みたいな体格で、動作もいちいち、ずしりと重い。

「お主らは先に着替えて入っておれ。石はわしが加減しよう」

 岩と岩をぶつけたような鈍く重い声で、トゥルグトが言った。

「カンカンに熾(おこ)して頼んど、爺さん」

「熱ければいいってもんではねぇ。加減ってもんがある」

 注文を付けるトゥランをジロリと睨んで言い返す。

「わしは爺さんでもねぇ」

「ここじゃ俺(おぃ)ら、ジジイじゃっど」

 からからと笑って流し、トゥランは布幕に入っていった。


 湯天幕の戸を開けると、ぶわっと熱気が顔を覆った。


 前に入った人たちの残した熱気が、まだ籠もっていたんだろう。

 みんな服を脱いで、腰に大きめの手拭いを巻いただけの、ほぼ裸。ぼくは上手く結べなくて、不本意ながらシェムに巻いてもらったんだけど。

 真ん中には、熱した石の置き場と水桶。その周りに葦を編んだ菰のようなものが敷いてあって、壁側に腰掛用の木椅子が並んでいる。

 そこから視線を上げると、天辺に冒険者さんたちに運んでもらった大きな輪っか。その輪っかには、上から覆いが掛けられている。あの布がないと蒸気が逃げちゃうんだろうな。

「やっぱり蒸し風呂は生き返るな」

 早速、椅子に腰掛けたアイベルクが、のびのびと長い息を吐く。

 本当に、一日の終わりの蒸し風呂を楽しみにしてるんだよな。

 まぁ、実はぼくも、なんだけど。

 気持ち良くて、天井を見上げたまま、ふぃ〜、と息を吐いてしまう。

「マリクは、ときどき、おじさんっぽいよね」

 隣に座ったシェムが、くすりと笑う。

「坊っちゃんは、並の幼児じゃねーですからねぇ」

 にやにや笑いながら逆隣にゼキが座る。

 そういう風に見てるんだろうなぁ、とは思ってたけどさ。でも、藪をつつく気もないので黙って蒸し風呂を堪能しておくことにする。

 トゥランはアイベルクの隣。こちらは黙って俯き、じっと蒸し風呂を味わっている様子。

 ……って、あれ?

「トゥランおじさん、ははうえ、きずをぬらしちゃだめって!」

 あんまり当たり前に一緒に来たからうっかりしてたよ。あれだけの傷で、しかも縫ってるのに。お風呂なんてダメに決まってる。

「濡らしちゃおらんど。蒸しとるだけじゃっど」

 ゆったりと顔を上げてぼくを見て、しれっと言い放つ。


 きぃ。 


 そこで天幕の戸が開き、トゥルグトが遅れて入ってきた。手には、熱々の石を詰めた鉄かごを持っている。

「マリク、無駄じゃ。その頑固もんは、聞かねぇ」

 入ってくるなり鈍く重い声で言う。

「頑固モンは、お互いじゃ」

 唇の端だけ釣り上げて、トゥランが返す。まるで鬼が人を脅かすときみたいな、怖い笑顔だ。知り合いじゃなかったら絶対に近づきたくないくらい。

「ゼキ、じゃんじゃん水ば掛けっど。熱が足らンど」

「阿呆ぅ。石が割れるわい。それに……」

 蒸気を出せと急かすトゥランを、石を置きながらトゥルグトが制止する。

「ヌシが頑丈で壊れんでも、シェムとマリクがのぼせるわ」

「おぅ。そりゃぁ、うつけちょった」

 トゥランは髪を結んだ後ろ頭を掻きながら、シェムとぼくに顔を向け詫びる。

「わりゃん(わるい)、わりゃん(わるい)」

 普段は子供たちに不評の怖い顔も、こうして優しく、くしゃっと笑うと随分な愛嬌に変わる。

「大丈夫です」

 シェムは笑顔で柔らかく受け止める。

「私たちは砦で待ってただけですし、熱くなったら出ますから。それより、本当に怪我に障りませんか?」

「こんなもン、大事なか」

「懲りんヤツじゃ。ベリルに絞られるがえぇわ」

 まだ六歳なのに如才ないシェムの応えに驚き感心したり、大丈夫だと言い張るトゥランに呆れたり。頭の中で忙しくするぼくが見る前で、トゥルグトはトゥランの隣に腰掛けた。

 編み込んだ灰色の髭は、すでに蒸気か汗かで、しっとりしている。その下の鉄錆色の胸板は、がっしりと詰まって厚い。

 何より、腰掛ける動作ひとつとっても、一切のブレが見えない。安定感がある。

 やっぱり辺境の戦士なんだな。ため息が出る。

「しかし、これは、たまらん」

 ふぅ、と息を吐いて目を細めた奥で、暗い琥珀色の瞳が光る。そんな仕草でさえ重みがある。

 言ってることはお祖父ちゃんそのものだけど。

「なぁ、爺さん。労働のあとの蒸し風呂に勝る贅沢はないよな」

「爺さんは余計じゃ」

 蒸し風呂好きのアイベルクが、トゥルグトに同意を求める。トゥルグトは視線をアイベルクに向けるでもなく言葉を返す。

「まー、俺らも今日はよく働いたしなぁ」

 言いながらゼキが柄杓を手に、石に水を掛ける。


 じゅぅぅぅっ。


 音を立てて、ぼわんと蒸気と熱気が天幕に広がる。

 トゥルグトの文句は出ない。トゥランはもっと水を掛けろという顔でゼキを見ている。つまり、丁度良い加減ってことだな。

「シェムとマリクも、頑張ってくれたな」

 ゼキの言葉はさらりと流し、アイベルクが今度は、ぼくたちに視線を向ける。

「う?」

 間の抜けた声が出る。

 ぼくのやったことって言ったら、黒耳にまたがって、あれこれ指図したのと水運びくらいだしなぁ。大したことは何も……でも、三歳児にしては頑張った方かな?

「私は、まだまだでした。この小さな身体ではなにも」

「人はそれぞれ持ち場がある。それぞれの持ち場で、できることを精一杯やったら、それでいい」

 六歳児とは思えない謙遜をするシェムの言葉を、柔らかく遮ってアイベルクが目を細める。

「この湯天幕も、お前達の頑張りの結果さ」

 口元を引き上げて、精悍な顔を満面の笑みで崩す。

 子どもを手放しで褒める、お父さんの顔。こういう時のアイベルクは、本当にカッコいいお父さんだ。

 子供たちと一緒に、ベリルに叱られてるときは、ちょっとどうかと思うけど。


 そんな風に、蒸し風呂を味わいつつ、ぽつぽつと言葉を交わしながら、男だけの時間が流れる。

 遠くで宴の喧騒の音が聞こえる。

 大盛り上がりだな。

 きっと明日は死屍累々だ。折角、みんな元気に帰ってきたのにね。


「爺さん、流石に温(ぬる)ぅなっちょっど」

「うむ」

 腕組みしてジロリと見ながら言ったトゥランに、トゥルグトが今度は頷く。

 石の交換か温め直しに外に出るのかと思ったら、ただ石に近づいて手をかざす。

 少し、何かの力が動いたような感じがした。

 丸石から照り返しのように伝わる熱も、また戻ったような気がする。

「これで良かろう」

「へいへい」

 何を説明するでもなく、また木椅子に戻ったトゥルグトと交替で、ゼキが石に近づき水を掛ける。


 じゅぅぅぅっ。


 さっきまでと劣らない勢いで、また蒸気と熱が天幕に広がる。

「……まほう?」

「鍛冶屋なら、このくらい誰でもやるわい」

 漏れ出たぼくの疑問に、なんでもないようにトゥルグトが応える。

 いや、たぶん、そんなことない。

 だって、隣でシェムが茶色の瞳を見開いている。

「爺さん、嘘はよくねー。そんな技量の鍛冶屋は、そうそういねぇ」

 柄杓を置いて、にやけ顔のゼキが突っ込む。

「鉱人の一人前の鍛冶屋なら、誰でもやるわい」

「熱の扱いで鉱人の鍛冶屋を基準にされちゃーなぁ。他の種族じゃ太刀打ちできねーって」

 言い直したトゥルグトにゼキが被せる。

「そうじゃっど。シェムが驚いて目がかっぴらいとっど」

「なるほど。道理じゃ」

 トゥランに畳み掛けられて、トゥルグトも頷いた。

「……そうなのですか?」

「わしらはチビの頃から炉の前に座る。そうやって熱と鉄の道理を知る」

 少し憧れのこもった目で見上げるシェムに、トゥルグトはもう一度頷いて説明する。

「魔術じゃ敵わんでも、熱と鉄の扱いは、負けん」

「俺(おぃ)らがわっぱから剣を振ンのと同じじゃっど」

 にぃっと怖い顔でトゥランが笑う。

「それなら、私も……」

「槌目の数を数えろ、とわしらは言うのう」

 期待のこもったシェムの言葉を受け止めて、トゥルグトは頷くでも頭を振るでもなく、目を細めて応えた。

 鉄を打った槌目の数だけ技量がつく……努力を重ねろ、みたいな鉱人のことわざだろうか。

「ところで坊っちゃん、大丈夫ですかい?」

「…ん? だいじょーぶ」

 急にゼキが声を掛けてきた。何を心配しているんだろう?


 遠くの喧騒がやけに大きく聞こえてくる。

 お酒の呑み比べ、ご馳走の食べ比べ、囃(はや)し立てる声。

 誰かが爪弾く弦の音。誰かが叩く太鼓の拍子。声だけが威勢のよい調子外れの歌。

 大声で何かを自慢し合う声。

 弾けるような笑い声。

 遠くの喧騒だけが、やけに大きく聞こえる。

 

 あれ…?

「まったく仕様のねー」

 ぐらりと視界が転がったところで、誰かの腕に受け止められて、ゼキの声。

 ふわっと浮かび上がる感じ。

「ベルク、俺ぁ、先に出るぜー。坊っちゃんは任されたから、もうちょっと休んでけ、な?」

 そっか、ゼキは先に出るのか。蒸し風呂でのぼせたのかな?

 あれ、なんか空気が急に冷たくなった。

 石が冷えちゃったのかな?

 あぁ、でもなんか、気持ちいいからいいや……

次話の投稿は今週 木曜日 06:00am 予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
幼少期のほのぼの回がすごく癒しです。シェナハが自由でかわいいっ!そして転生の際お会いした女神様?や旦那さん……めっちゃ気になりますー!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。