9. 夕暮れ
黒耳は本当に賢かった。
倉庫につくと、黒耳は一角を鼻先で指した。
もちろん冒険者さんたちには何を言いたいのか分からない。まぁ、ぼくも分からないんだけど。
それでシェナハが通訳に入る。
「いっこずつだってー」
人差し指を立てて言う通りに、冒険者さんが手近なところにあった木竿の束を持ってくる。それで積もうとすると、黒耳が身体を震わせる。
「ちがーう」
いや、それは通訳しなくても分かる。
それで部品が違うのかと、今度は木枠を蛇腹状に組み合わせた部品を持ってくる。でも、積もうとすると、やっぱり身体を震わせる。
何が違うのか、と顔を覗き込むと、黒耳は頭を振って前肢をたしたし。
「ちがうちがう。いっこずつ!」
シェナハが両手をぶんぶん。
その一個ずつの意味が分からないんだけどな。
どうしたものかと倉庫を見渡す。
中は整理も掃除もよくされていて、埃臭さも乱雑さもない。
ただ整理の仕方がちょっと独特かもしれない。
部品の種類ごとにまとめて積み上げるのではなく、何か所かに分かれて置いてあって。視線を右から左に動かしていくと、なんだか一定の規則で並んでるような……
あぁ。一セットずつまとめて置いてるんだ。
毎度、保管している天幕を全部だして組み立てるわけじゃない。その時々で必要な天幕の数は違う。だから、この方が間違いにくく扱いやすいんだろう。ちょっと場所はふさぐけど。
「あ!」
そういうことか。思いついて、つい声が出てしまった。
「ひとそろいずつ!」
冒険者さんたちに伝える。
「ひとそろいずつとりだして、つみこんで!」
そうすれば積み下ろしのたびに、組み立てに取り掛かれる。手待ち時間が少なく、運ぶ作業と組み立てる作業を並行で進められて効率が良い。余計な部品が混じらないから、作業で迷う箇所も減らせるし。
「え?」
「そんなにいっぺんに積めるもんか?」
顔を見合わせる冒険者たち。
でも、そんな彼らに黒耳が前肢をたしたしして催促。
どうやらぼくの通訳で合ってるみたいだ。
「ばんごはん、たべそこねるー」
ぶんぶん手を振ってシェナハが急かす。
いやいや、まだ晩御飯の心配にはだいぶ早いと思うよ。
「ひとそろいずつなら、はこんでるあいだ、くみたてられるよ」
まだちょっと迷ってる様子の冒険者さんたちに、少し推測を足して説明する。
「お、言われてみれば…」
「そりゃそーだな」
言いながら今度は天幕の部品を、次々に持ってくる。
その間、黒耳は顔で冒険者さんたちの動きを追いながら、時折、大きな耳をぴくぴく、ふわふわのしっぽで床をたしたし。無駄なく動けと、監督しているみたいだ。
「がんばれ、がんばれー!」
一方でシェナハは、手をぶんぶん振って、応援してるってよりも急かすような調子で言う。そんなに急かさなくって良いんだってば。
全力で手を振るたびに揺れるシェナハのお腹あたりをしっかり支えて、腿をぎゅっと締める。
そうしてないと、不意にずるっと落ちそうで気が気じゃない。見てるだけなのに、ぜんぜんのんびりも、ぼーっとも出来ない。
そんな風に見守ってるうちに一セット分の天幕の部品が揃う。
今度は積み込みなんだけど。
「それはぐにゃーってなる」
「こんどはぐわんぐわんするー」
「がりがりするのいやー」
積み込み方が気に入らず、黒耳が身体を震わせたり、前肢をたしたししたり、ふわふわの尻尾を落ち着かなげに揺らしたりする。そのたびにシェナハのダメ出しが飛ぶ。
うん、ダメなんだってことは分かるんだ。でも、何がダメで、どうして欲しいのかはさっぱり分からない。
それで冒険者さんたちの視線が、一斉にぼくに向く。
三歳児に期待されてもなぁ。騎獣への荷の積み込み方なんて知らないんだけど。
とりあえずシェナハと一緒に黒耳の背中から降りて、天幕の部品と黒耳を見比べる。
腕組みして考え込む。我ながら三歳児の仕草としては、ちょっと不似合いで滑稽だけど。
黒耳がぬっと顔を突き出して、鼻先でぼくの頭を突いた。
「うん?」
琥珀色の目で覗き込まれる。この圧は…なんとかしろ、ってことだろうな。
たぶん、荷重の重心と固定なんだと思うんだ。
ぐにゃーっていうのが重心が崩れて歩きづらい、ぐわんぐわんするっていうのが荷物が揺れて危ないってこと……のような気がする。最後のがりがりは、荷物で擦れるのがイヤってこと、かな。
もう一回、天幕の部品を見る。
木枠を蛇腹に畳んだ部品が幾つか。長い木竿をまとめたものが数束。大きなフェルト布をぐるぐる巻にした束が何巻か。大人の背丈ほどの直径の輪っかが一つ。それから布帯をまとめたものと、細いけど頑丈そうな長縄が何束か。
荷姿を頭の中で想像して、組み立ててみる。
「ふぇると、いちばんちいさいの、せなかにかぶせる」
それから……
「おおきいのは、おなじしゅるいのを、さゆうにわけて」
蛇腹の木の柵と棒の束、フェルト布の巻物を指さす。
「なわをほどいて、にもつを、くろみみにとめて」
ぼくの言うままに動く冒険者さんたちに指示を出す。
「かたいのがあたると、かゆくていや。みぎとひだり、おもさがちがうと、あるきづらい。にもつがゆれると、あぶない」
一応、意図も説明すると、合点がいったように冒険者さんたちが頷いた。
「言われてみりゃ、そーだ」
「騎獣なんて、自分たちじゃ扱ったことねーからうっかりしてたわ」
「……って、こんなちっちゃい坊っちゃんに教えられてんのか、俺たち」
手を付けてみれば、作業は滞りなく動き出した。
冒険者なら旅暮らしもしてるだろうから、荷造りくらい分かってそうなものだと思ってたけど……でも、外では騎獣はちょっと珍しいんだな。砦の中では普通に見かけるから、勘違いしていたかもしれない。
とにかくも、そうして荷造りが終わったところで、また黒耳の顔がぬっと。
ちょんちょん、とぼくの頭を優しく突く。
よくできました、と褒めるみたいに。
「だいじょうぶ?」
念のため確認すると、琥珀色の目を細めて、また鼻先でちょんちょん。
「だいじょーぶ!」
元気よくシェナハもお墨付き。
それで安心して、シェナハと二人で黒耳の背によじ登る。
「「「おーっ」」」
黒耳が、今度は嫌がらず立ち上がると、冒険者さんたちは、ぼくたちを見上げて声を挙げた。
「わっかは、ぼうけんしゃさんたち」
どうにも大きすぎて安定して乗せられなかったんだよね。引きずって運ぶのも、どうかと思うし。
「「「おぉぉ〜」」」
今度は肩を落として、声を揃える。
息ぴったり。さすが冒険者のパーティ。
さ、これでやっと一往復目の荷運びだ。
そんな風に倉庫と広場を何度も行ったり来たりするうちに、少しずつ日が高くなっていった。
影が濃く短くなるにつれ、空気が温まっていく。
行き来の間、ちっともテンションの下がらないシェナハを支えつつ、冒険者さんたちの話を聞いたりもして。
おおむね冒険の苦労話を面白おかしく話してくれたんだけど、血なまぐさかったり生々しかったりする話がなかったのは、ぼくたちが小さい子どもだからだろう。
そういう風に気を回してくれる人たちで助かった。
中にはちょっと眉を潜めたくなるような類の話を、手柄話のように自慢する輩もいるんだと、ゼキから聞いたことがある。強ければ偉い、人よりも得ができる自分は凄いという風な人たち。
この人たちの話には、そんなことが一つもなくて。若いけど、ちゃんと分別のある冒険者さんたちなんだな。
倉庫から戻るたびに、少しずつ天幕が組み上がり、広場が埋まっていく。
日も強く差して、身体を動かしていると汗ばむくらい。
さらりと乾いた風が吹いているから暑苦しさは感じないけど、水分は出ていってる。
それで、往復のたびに水を飲んで小休止。天幕の組み立て組も、交替で小休憩をとっていた。
砦に備えてある天幕は、だいたい8人くらいがゆったり入れるサイズで揃えていることも、往復の間に教えてもらった。
小さすぎず大きすぎもしないので、行軍やキャラバンが持ち運ぶのに、丁度いいサイズらしい。
今回は砦から出た戦士たちが二十人。前哨所で同行した冒険者さんが七人。砦に合流した冒険者さんとギルド前哨所の職員さんが8人。
全部で三十五人分だから、五張りくらいで十分なはず。
そのはずなんだけど、五往復したところで、何故だかゼキから「まだ足らねーんですよ」と言われ、三張り分の追加注文。「どうして?」と聞いても、にやけた顔で「あとのお楽しみで」と説明はしてくれなかった。
孤児棟の子どもたちに、どこからか大人の拳くらいの石を集めさせていたのに気づいて、何か関係あるのかもとは思った。でも、どう関係あるのかは思いつかない。
ただ、冒険者さんたちがなんだか嬉しそうだったので、なにかお楽しみではあるんだろう。
そうして追加の分に取り掛かったあたりから、日が傾きはじめてきた。
八張り目の天幕に取り掛かった頃には空も赤く色づき始める。
黒耳とぼくとシェナハ、冒険者さんたちの影が長く伸び始める。
流石のシェナハも疲れたのか大人しくなって。
それはいいんだけど、うっすら眠そうにし始めたので、今度は居眠りで落ちないようにと、やっぱり気が抜けない。
黒耳は荷物を背負って歩いても、まったく揺れないから、滅多なことはないと思うけど。分かっていても、落ち着かない。
そういえば孤児棟の子どもたちも、小さい子から順に休憩に入ってた。そろそろ作業が落ち着いて手が足りてきたんだろうな。
そんなことを思って顔を上げたら、不意に漂ってきた匂いが鼻の奥をくすぐった。
小麦粉が焼ける香ばしさと、羊肉の煮える甘い脂の香り。
ぐぅるるぅ。
ぼくとシェナハ、二人のお腹がぴったりのタイミングで鳴った。
冒険者さんたちと揃って笑ってしまう。
それで緊張が切れそうになったのだけど。
「最後まで気ぃ張って行くぞ」
「こんなとこで怪我でもしちゃぁ、つまらねぇもんな」
「そうそう。ご馳走も食いっぱぐれちまう」
笑いながら、冒険者さんたちが気を締め直してくれた。そういうところは、さすがにちゃんと大人の冒険者だ。
お陰で疲れと眠気と空腹でぺたんと伏せてたシェナハの耳も、にわかにぴんと立ち上がる。
「ごちそうっ!」
「みんな、かえってきてからね」
にわかに元気になったシェナハを、どうどうとなだめる。
適当に抑えておかないと、厨房に飛び込んでいきかねないからなぁ。
「ばんごはん! おにく!」
「うん、きっと、もうちょっとしたらね」
もう一度、シェナハをなだめていたところで……
ばーんっ。
突然の破裂音に驚いて、空を見上げる。
少し赤みがさしてきた空に、打ち上がった火球が鮮やかな朱を足す。
ばーんっ。
内側から膨らみ弾け、また破裂音が響く。
火の粉が散って、宙に消える。
ばーんっ。
さらに一拍空けて、三度目の火球と破裂音。
拍子を刻んで三度。きっと何かの合図だろう。そう思って冒険者さんたちに顔を向ける。
「ぼっちゃん、ありゃぁ、帰還の合図っす」
いちばん年嵩の冒険者さんが、明るい顔で応えてくれる。
「いそげーっ!」
すっかりスイッチが入ったシェナハが、また大振りな仕草ではしゃぎはじめた。
次の投稿は明日 06:00am 予定です。




