8. Everything in Its Right Place
「わたしらはギルド前哨所の職員と冒険者でしてね」
荷車の集団と合流すると、代表者のおじさんが言った。
「異界側で予兆があれば砦に合流する段取りになってるんですわ」
前髪を後ろに流し、少しやつれた頬に、眠そうな目。
愛想笑いの裏の表情は伺えない。
こういうタイプの人、クセが強いんだよな。
「私」だった時の上司が、こういうタイプで、とにかく振り回された。そのくせ、なぜだか、いつも最後は収まるところに収まるんだ。
「おじさんは、だれだー?」
ついつい思い出してジト目で見下ろすぼくの前で、シェナハが偉そうに尋ねる。
「あー、申し遅れましたな。わたくしハザルと申します」
愛想笑いのまま、おじさんが律儀に応える。
「前哨所の責任者でしてね。所長とでも呼んでください」
「しょちょー」
何がおかしいのか、シェナハがけらけらと笑う。身体が揺れて黒耳の背中から落ちそうになるのを、ぼくが支え、さらに後ろからゼキがぼくを支える。亀の親子状態だ。
そんなぼくたちを見る他の7人の目は、やっぱり生あったかく目尻が下がっている。
2人は装備した武具がいかにも真新しく、慣れていない様子だ。たぶん、ハザルとおなじくギルド前哨所の職員なんだろう。
そういえば……と視線をハザルに戻す。
彼だけは武具を身に着けていない。
腰帯に年季の入った短剣を差し込んでいるけど、これは成人の証として身につけるものだ。武装とは言わない。防具らしいものさえ身につけていない、平服のままだ。
「恥ずかしながら武術の類はからっきしでしてね」
視線に気づいたハザルが、ぼくの顔を見上げた。
「慣れない武具はすっぱり諦めて、せめて身軽にしておこうかと」
肩をすくめて見せる。
──武器を持って強くなった気分になるのは素人ね。怖くないね。
──本当に強いやつは弱そうな顔して、油断したところでがーっ、ね。
不意に文海おじさんの言葉を思い出す。
でも、まぁ、これは違うよな。魔物相手に弱いふりしたって…
「まものは、ゆだんしない」
「いやいや、逃げるためですよ。身軽な方が早く走れますからなぁ」
つい呟いたぼくに、ハッハッハと演技くさくハザルが返す。何を感じたのか、ぼくの顔をじっと見つめている。
いや、これは反応に困る。
「かけっこなら、しぇなーがいちばん!」
いいタイミングでシェナハが割り込んでくれた。助かる。
「シェナハは、あしはやいもんね」
「いや、ぼっちゃん、そりゃ無理ってもんでしょーよ」
調子よく乗っかったぼくの頭の上で、ゼキが小さく呟く。
まぁ、ぼくもちょっと強引だとは思ったけどさ。
そうこうするうち、黒耳の足が止まった。広場へ戻っていた。
広場の端、出陣の見送りの時と変わらない位置にベリルがいる。全体を眺めつつ、指示を飛ばしている。
「あ、ははうえ!」
我ながらわざとらしいかな、と思いながら指さす。
「しょちょうさん、ほうこく!」
「はぁ……いや、まぁ、そうですな」
胡乱げな目で後ろ頭を掻きつつ、ハザルも頷く。
砦への合流が取り決めた段取りなら、報告も疎かにはできないだろう。これでとりあえず、この場は誤魔化せた。
まぁ、忘れてくれるかは分からないけど、その時はその時だ。
「ギルド前哨所から手続き通り砦に合流しました。職員3名、冒険者5名。これより事態収束まで、奥方様の指揮下に入ります」
「ご苦労さま」
さっきまでの愛想笑いが嘘みたいにしゃちほこばった真顔のハザルと、領主夫人の顔で応じるベリル。
「溢れの様子を」
「数は五十超。沼山羊、薄影オオカミ、石肌牛の混成。沼山羊が足元を泥濘化。砦から出た二十名に前哨所から冒険者7名が同行を志願」
まるで台本のように整った内容で、すらすらと淀みなくハザルが伝えれば、ベリルは微笑を浮かべた。
「そう。なら想定通りね」
「まぁ、想定通りでしょうなぁ」
一転して崩した様子でベリルとハザルが頷き合う。
どういうことだろう?
首を傾げて見ていると、ベリルは傍に居た孤児棟の子供を呼び止めた。
「お使いを頼まれてくれるかしら?」
膝を屈め、目線を合わせて言う。
「厨房のメリサに伝えて欲しいの。予定通り、って」
「うん。よていどーり!」
手を上げて復唱。笑顔で頷いたベリルを確認して、その子は領主館に向かって走って行った。
その子の背中を見送って、ベリルは立ち上がり広場に向き直る。
ぱんぱんっ。
大きく二つ手を鳴らし、柔らかく、でも遠くまでよく通る声で言った。
「みんな予定通り帰ってくるわ。帰ってきて支度が出来てなかったら、がっかりするわよ」
もう討伐は終わったかのような、少し笑みを含んだ調子。
それで子供たちは顔を上げ、緊張に強張っていた頬を緩めた。
「ほらほら、急がないといけませんよ。疲れて帰ってきて休む天幕が無かったら、大変です」
ゆったりと、中性的な声で神官さんが発破を掛ける。それで、ネジを巻かれたように子供たちは元気に動き出す。
不安に萎れていた、ほんの少し前までの様子が嘘みたいだ。
「じゃー、冒険者の兄さん方は、天幕の設営に回ってくんな」
音もなく黒耳の背から降りたゼキが、冒険者たちを捕まえる。
「なにしろ見た通り大人の手が足らなくてねー。やー、頼りになる兄さん方で助かるわ」
にやけ顔で肩を叩きつつ。
「今頃、台所じゃ炙り肉の下拵え、テーブル山盛りの薄パンの生地づくり、奥方が調合した香草風味の肉と豆スープの仕込みにと、女衆が大忙しだ」
すらすらと言い立てて食い意地を刺激する。
「たっぷり汗かいた後のメシと酒はたまらんよなー」
乗り気には見えなかった冒険者たちの顔色が変わり、喉が鳴る。
これは乗せてコキ使う気だなぁ。
他人事のように見ていたぼくに、ゼキの視線が向く。
「ぼっちゃんはシェナハと一緒に黒耳係を頼みますぜ」
「くろみみがかりー!」
シェナハのテンションが上がって急なバンザイ。いやだから、そんな元気にされたら支えられないって。
慌ててシェナハのお腹あたりに手を回し、太ももをぎゅっと締める。
「くろみみがかりって、なに?」
無闇にシェナハを刺激してくれるなと念を込め、ゼキにジト目を送りつつ尋ねる。いったい何の仕事だ。
「倉庫から天幕を乗せて運ぶ黒耳に引っ付いててくだせー」
無駄にイイ笑顔でゼキが答える。
それは実質、戦力外通告というのでは?
いや、そうじゃないな。
リャナンやシェナハに対しては、温和で気遣いもしてくれる黒耳とウシュラだけど、それ以外の人に対しては基本的に塩対応だ。
騎獣というのは、それが当たり前らしい。
気性の荒い子に迂闊に近づいて威嚇で済めば良い方で、手荒に追い払われても仕方ない。そうして怪我をしても、むしろ怪我をした方が悪い、という扱いを受ける。
そのくらいの常識だと教わった。
だから、本命はシェナハ。
ぼくはシェナハのお守りで、大振りにはしゃぐ彼女が黒耳の背から落ちないように抑える係。
砦の中を冒険者たちだけで彷徨かせる訳にいかないから、というのもあるかな。そもそも、どこに何があるか勝手も分からないだろうし。
「…わかった」
すっかりゼキの意図がわかってしまって、素直に頷く。たぶん、もにょもにょした複雑な顔になってると思うけど。
「ぼっちゃんは察しがよくて助かりますわ。いちいち細かい説明をしねーで済む」
またイイ笑顔でゼキは頷いて、冒険者たちに顔だけ向き直った。
「そーゆーわけで、兄さん方は、ぼっちゃんについてってくんな。倉庫に着いたら、ぼっちゃんの差配でヨロシク」
「ちょっと!」
ゼキの意図は、ぼくが理解したと思っていたそれの斜め上だった。子供に大人への指図を任せるなんて無茶だろう。
「「えっ」」
ほら冒険者の人たちも一拍遅れて驚いてる。
「なに、黒耳は賢いヤツなんで、任せときゃだいじょーぶですよ」
でも黒耳がどうしたいのか・どうして欲しいのかは冒険者たちには分からない。シェナハには分かるけど……
「わかった」
今度こそ意図が呑み込めて、頷く。
でもついつい肩をすくめてしまう。三歳児にはチグハグな仕草だとは分かってるけど。
「ゼキは?」
「俺は俺で持ち場があるんで」
ぼくの真似してゼキは肩をすくめ、不意に空を見上げた。
つられてぼくも見上げる。
遠く高く澄んだ青空に、羽ばたく鳥の影が見えた。
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