6. Ride the Sky
見上げると、気が遠くなるくらい透き通った青空だった。
こんな朝でなかったら、きっと爽快でゴキゲンな陽気だっただろう。
ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……
朝、アイベルクが言った通り二十人。
戦士たちが並んでいる。
隊列は整然、しかし装備は雑然。
槍、戦鎚、槍斧……長柄の武器の中に、山刀を厚く延ばしたような湾刀が混じる。
どれも鈍く黒光りして、しっかり手入れしながら使い込んだ様子が見て取れた。
鎧も様々だ。
柔らかく鞣した革のジャケット、ずしり重い鎖帷子に上衣。堅く繊維を締めて鞣した硬革の鎧。
刺繍や塗料、彫り込みで控えめな装飾を入れたものもある。
実用一辺倒で素材そのままの色彩もある。
戦士の鎧は、ハレの衣装でもある。どこかで聞いた言葉を、思い出す。
戦士たち自身の種族も様々だ。
アイベルクの背中越しに右から左に視線を動かす。
大柄で筋肉質の鬼人族。
背は低いが岩塊のような鉱人族。
獣の特徴を備えた獣人族。
引き絞った弓のようにしなやかな細身の律人族。
ハリカと同じ年頃にしか見えないのに、立ち姿は古強者の小人族。
そして半数ほどを占める、人間族。
さらに奥へと視線を送る。
騎獣が控えている。
虎、狼、狐、牛、変わったところでは大蜥蜴。
魔力を帯びて変質した獣たち、魔獣だ。
魔獣が魔力を通じて人とつながれば、騎獣となる。
騎獣たちは怯えるでも荒ぶるでもなく、じっと相棒の声を待っている。
革の装具が擦れる音や爪が地面を擦る音。
喉の奥で鳴る唸りや、抑えた嘶き。
落ち着いて見える。しかし、号令一つで駆け出しそうな気配もある。
ふわり、と風に乗って騎獣たちの体臭と装具の革の匂いが、うっすらと朝の空気に混じって届く。
砦の広場で訓練していた、その時とは空気が違う。
出陣を控えた隊列から発せられる圧は、一歩引きそうになるほど重い。
やひろや景義たちが好んで読んだ前世の異世界物語、そのワンシーンのようだ。
こんな朝でなかったら、きっと勇壮さに心を奪われていただろう。
ため息が出る。
彼らは、これから命を失うかもしれない。
森から溢れる魔物の討伐に行くとは、そういうことだ。
物語なら、ここから冒険が始まる。でも、現実は違う。
「トゥラン、待たせたな」
アイベルクが、先頭に立つ壮年の鬼人、トゥランに声を掛ける。
父は、ぼくたちに背を向けたまま。
たぶん、このあとも振り返らず、そのまま討伐に出るだろう。
「ベルク、準備は出来ちょる」
「「「おうっ」」」
トゥランが一歩前に出る。地の底から響くような深く芯の太い声で応える。その背後で戦士たちが、気魄そのものの声で続く。
ぎゅっと、ぼくの袖をシェナハが掴む。
顔を見る。
大きく開いた目に、ぎゅっとへの字に閉じた口。
いつもならころころ変わる表情が、こんなときには動かなくなる。
だいじょうぶ、と心にもないことを言いかけたとき。
どんっ。
アイベルクが手にした大槍の石突で地面を突いた。
騎獣たちの耳がぴんと立つ。
足の裏から腹へ、どん、と響いた。
しん、と全ての音が途切れた。
たっぷり一呼吸、間を空けて。
「いつもの小規模溢れだ」
張り上げるわけでもなく、しかしよく通る声でアイベルクが言う。
「沼山羊、薄影オオカミ、石肌牛の混成で数は五十匹そこら。足元のぬかるみと不意打ちに気をつけろッ」
「「「おうっ」」」
「一匹も逃がすなッ」
「「「おうっ」」」
「磨り潰せッ!」
「「「おうっ」」」
どんっ。
もう一度、アイベルクが大槍の石突で地面を突く。
戦士たちが足踏みで、あるいは長柄武器の石突で続く。
「騎乗ッ」
「「「おぅっ」」」
一斉に戦士たちが騎乗した。
アイベルクの騎獣は、青みがかった土灰色の大狼だ。首だけが青みが濃く、それで名を青首という。
その青首の足元に居たリャナンに、すぅっと茜色の影が重なる。
リャナンの騎獣。
赤金から赤褐色へ濃淡が移り変わる大狐のウシュラだ。
労うように首を撫でたあと、リャナンが振り返る。
ほんの一呼吸か二呼吸の間だけシェナハを見て、頷いた。
心配ありませんよ。
視線で伝えるように。
ぼくの袖を掴むシェナハの手が微かに震える。
リャナンは、小さく唇を動かして、でも声は出さなかった。
代わりに、ふっ、と小さく息をついて騎獣にまたがる。
ウシュラが、リャナンとそっくり同じようにシェナハを見て、頷く。
でもシェナハの手の震えは止まらない。
小さな指先が、袖越しにぼくの腕に食い込む。
ウシュラが心配そうに耳を伏せ、もう一度、シェナハに向かって頷く。
だいじょうぶ。
もう一度言いかけて、でも、ぼくは口を閉じた。
代わりに、掴まれているのとは逆の手を、シェナハの手に添える。
「出陣ッ」
「「「おうっ」」」
騎獣たちが一斉に歩き出す。土埃が軽く立つ。
戦士たちが、魔物討伐に出る。
黄茶けた空気の向こう側、遠ざかっていく。
「かーちゃんは、つよい」
「いちりゅうのまじゅつしだからね」
絞り出したようなシェナハの言葉に、ぼくは頷いた。
次の投稿は明日(2026/08/20) 06:00am です。
---
2026/10/01 改稿。読み味・描写・ルビの調整。プロットは変更していません。




