2
「やっぱり、気になるなぁ……」
昼休み。
配られたお弁当を食べ終えた凪は、吸い寄せられるように、あの武人埴輪が見つかった区画へ足を運んでいた。
出土したばかりの武人埴輪は、まだ土から完全には取り出されていない。
その周囲で、数人の職員たちが慎重に作業を進めていた。
「白石さん」
振り返ると、矢島が汗を拭いながら笑っていた。
「また見に来たの?」
「あ、すみません……邪魔でしたか?」
「いやいや。そうやって興味を持ってくれるのは嬉しいよ」
そう言って、矢島も武人埴輪へ視線を向ける。
「やっぱりこういう『人物埴輪』が出ると、どうしても目を引くよね」
「やっぱり、珍しいんですか?」
「普通の円筒埴輪に比べればね」
矢島はそう言いながら、少し離れた作業スペースを指差した。
そこには、土管のような円筒形の埴輪がいくつも並べられている。
さらにその奥には、家をかたどった埴輪や、可愛らしい鳥の形をしたものも見えた。
「月守古墳は、なかなかバラエティ豊かなんだよ」
「へぇ……」
凪は感心したように頷く。
けれど、どうしても視線はあの武人埴輪へと戻ってしまう。
「でも……この武人さん」
「ん?」
「さっき見た他のやつより、ひと回り大きくないですか?」
矢島が少し驚いたように目を丸くし、嬉しそうに笑った。
「よく気付いたね。そうなんだよ。他にも武人埴輪はいくつか出ているんだが、この個体が一番大きい」
「何か特別な意味があるんですか?」
「それは、分からないんだ」
矢島は軽く肩をすくめた。
「被葬者の身分を表しているのか。特別な警護の役割だったのか。それとも、単に作った職人の好みなのか……。古墳ってのは、分からないことだらけなんだよ」
「そうなんですね……」
凪は改めて、武人埴輪を見上げた。
腰元の飾太刀に手を添え、真っ直ぐ前を見据えている。
(……なんか、かっこいいな)
その立ち姿に、どこか惹かれるものがあった。
そう思っていた、その時だった。
「白石さーん!」
後ろから、同じアルバイトの女子学生が手を振っていた。
「午後の作業始まるよー!」
「あ、今行く!」
凪は慌てて手を振り返すと、立ち去り際、もう一度だけ武人埴輪を振り向いた。
「また後で」
自分でもなぜ、そんな言葉が口をついたのか分からない。
もちろん、返事なんてあるはずもなかった。
相手は千五百年前の、ただの埴輪なのだから。
***
午後からの作業は、別の区画で出土した土器片の『洗浄作業』だった。
バケツの水と柔らかいブラシを使い、泥を落とし、番号を書いた袋へ入れていく。
一見地味な作業だが、歴史のかけらを扱う作業は思っていた以上に神経を使った。
「力を入れすぎて欠けさせないようにね」
「はい……!」
アドバイスを受け、凪は慎重にブラシを動かした。
「これって、全部どこのパーツか分かるんですか?」
「分かるものもあるし、最後まで分からないものもあるよ」
「なんだか、巨大なパズルみたいですね」
「ハハ、そうそう。気の遠くなるようなパズルだけどね」
そうして黙々と作業を続け、その日のアルバイトが終わる頃には、空はすっかり綺麗な茜色に染まっていた。
更衣室でヘルメットを返し、センターを後にしようとした時だった。
ふと、足が止まる。
廊下のガラス越しに見える、一時保管スペース。
今日掘り出されたばかりの武人埴輪が、頑丈な台座の上に静かに鎮座していた。
作業員たちの姿は今はない。
オレンジ色の夕日の残光だけが、静まり返った室内を斜めに照らしていた。
凪はガラスに少しだけ顔を近づけ、小さく微笑んだ。
「外の世界へ、ようこそ。……なんてね」
当然、何の反応もない。
自分のおかしな行動に苦笑しながら、凪は今度こそセンターを後にした。
──その背中を見送るように。
誰もいなくなった保管庫に、静かな夜が訪れる。
ジリジリとした夏の羽虫の羽音。
遠くで鳴くウシガエルの声。
やがて、窓から差し込んだ冷たい月明かりが、武人埴輪を静かに照らし出した。
その瞬間。
ピキ……と。
土が擦れるような、かすかな音が響く。
月光を浴びた武人埴輪の身体が──ほんのわずかに、震えた。




