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ひと夏の奇跡 ~武人埴輪の千五百年目の恋~  作者: おかゆ


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「やっぱり、気になるなぁ……」



昼休み。

配られたお弁当を食べ終えた凪は、吸い寄せられるように、あの武人埴輪が見つかった区画へ足を運んでいた。



出土したばかりの武人埴輪は、まだ土から完全には取り出されていない。

その周囲で、数人の職員たちが慎重に作業を進めていた。



「白石さん」



振り返ると、矢島が汗を拭いながら笑っていた。



「また見に来たの?」


「あ、すみません……邪魔でしたか?」


「いやいや。そうやって興味を持ってくれるのは嬉しいよ」



そう言って、矢島も武人埴輪へ視線を向ける。



「やっぱりこういう『人物埴輪』が出ると、どうしても目を引くよね」


「やっぱり、珍しいんですか?」


「普通の円筒埴輪に比べればね」



矢島はそう言いながら、少し離れた作業スペースを指差した。



そこには、土管のような円筒形の埴輪がいくつも並べられている。

さらにその奥には、家をかたどった埴輪や、可愛らしい鳥の形をしたものも見えた。



「月守古墳は、なかなかバラエティ豊かなんだよ」


「へぇ……」



凪は感心したように頷く。

けれど、どうしても視線はあの武人埴輪へと戻ってしまう。



「でも……この武人さん」


「ん?」


「さっき見た他のやつより、ひと回り大きくないですか?」



矢島が少し驚いたように目を丸くし、嬉しそうに笑った。



「よく気付いたね。そうなんだよ。他にも武人埴輪はいくつか出ているんだが、この個体が一番大きい」


「何か特別な意味があるんですか?」


「それは、分からないんだ」



矢島は軽く肩をすくめた。



「被葬者の身分を表しているのか。特別な警護の役割だったのか。それとも、単に作った職人の好みなのか……。古墳ってのは、分からないことだらけなんだよ」


「そうなんですね……」



凪は改めて、武人埴輪を見上げた。

腰元の飾太刀かざりたちに手を添え、真っ直ぐ前を見据えている。



(……なんか、かっこいいな)



その立ち姿に、どこか惹かれるものがあった。

そう思っていた、その時だった。



「白石さーん!」



後ろから、同じアルバイトの女子学生が手を振っていた。



「午後の作業始まるよー!」


「あ、今行く!」



凪は慌てて手を振り返すと、立ち去り際、もう一度だけ武人埴輪を振り向いた。



「また後で」



自分でもなぜ、そんな言葉が口をついたのか分からない。

もちろん、返事なんてあるはずもなかった。

相手は千五百年前の、ただの埴輪なのだから。




***




午後からの作業は、別の区画で出土した土器片の『洗浄作業』だった。



バケツの水と柔らかいブラシを使い、泥を落とし、番号を書いた袋へ入れていく。

一見地味な作業だが、歴史のかけらを扱う作業は思っていた以上に神経を使った。



「力を入れすぎて欠けさせないようにね」


「はい……!」



アドバイスを受け、凪は慎重にブラシを動かした。



「これって、全部どこのパーツか分かるんですか?」


「分かるものもあるし、最後まで分からないものもあるよ」


「なんだか、巨大なパズルみたいですね」


「ハハ、そうそう。気の遠くなるようなパズルだけどね」



そうして黙々と作業を続け、その日のアルバイトが終わる頃には、空はすっかり綺麗な茜色に染まっていた。



更衣室でヘルメットを返し、センターを後にしようとした時だった。

ふと、足が止まる。



廊下のガラス越しに見える、一時保管スペース。

今日掘り出されたばかりの武人埴輪が、頑丈な台座の上に静かに鎮座していた。



作業員たちの姿は今はない。

オレンジ色の夕日の残光だけが、静まり返った室内を斜めに照らしていた。



凪はガラスに少しだけ顔を近づけ、小さく微笑んだ。



「外の世界へ、ようこそ。……なんてね」



当然、何の反応もない。

自分のおかしな行動に苦笑しながら、凪は今度こそセンターを後にした。

──その背中を見送るように。

誰もいなくなった保管庫に、静かな夜が訪れる。



ジリジリとした夏の羽虫の羽音。

遠くで鳴くウシガエルの声。



やがて、窓から差し込んだ冷たい月明かりが、武人埴輪を静かに照らし出した。



その瞬間。



ピキ……と。



土が擦れるような、かすかな音が響く。



月光を浴びた武人埴輪の身体が──ほんのわずかに、震えた。




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