5月23日(月)放課後 2
5月23日 月曜日 放課後 2
毎日朝練をしているとはいえ、まだまだ体が出来ていないナギは、第2コーナーに入る前に早くも息が切れてきた。
息が苦しいと思う間もなく、両足が鉛で出来ているかのように重くなってきた。
でもナギは、酒匂さんからもらったこのリズムとスピードを、勢いを失いたくはなかった。
だから死にものぐるいで腕を足を動かした。そしてついにコーナーを回り最後の短い直線に入った。
(さっき酒匂さんはここからスパートをかけたんだ。)
ナギは酒匂さんの体力と気力が信じられなかった。
先ほど抜いた白組の走者が迫ってきて、あっという間に抜き返されてしまった。
抜かれる瞬間、時間がスローモーションのように引き延ばされてナギには感じられた。
つかの間、空が目に入った。のどかな5月の夕やけ。
(だめ。もう一息バトンを渡すまでは、倒れる訳にはいかない……!)
完全にあごが上がっているのに気がついて、ナギはあごを引き、歯を食いしばった。
泥の中を這うように鈍く重たい足で地面を蹴りながら、次走者、3年の山本さんを見る。
半身をこちらに向けながらバトンを待っている。
つかの間、目が「バチッ」と合う。ナギには山本さんがナギのテンポを見計らっていることがわかった。
ここでリズムを崩してはいけない、分かっていたが足がもつれてくるのを止めることが出来なかった。
だがナギは苦しい息の下から山本さんの手を、その先にある山本さんのリズムをイメージする。
ナギがバトンゾーンに入る。
山本さんがはじけるように走り始める1歩、2歩……3歩!
ナギには永遠のように感じられたその瞬間、ナギは山本さんのめいっぱい開いた手のど真ん中にアンダーハンドでパスをたたきつけた。
バシン……!
山本さんはしっかりバトンを握りしめ、猛ダッシュで走り始めた。
弓なりのカーブに沿って、ぐんぐんスピードを上げてゆく。
3年生の最後の晴れ舞台、そう、2週間後に迫った運動会当日めがけて。
ナギは目を見開いたまま、よろよろとトラックの内側に待避すると、肩で息をしながら膝に手を当ててかがみ込んだ。
汗がしたたり落ちた。全身が酸素を求めて悲鳴を上げていた。
「よし! 新開、今のリズムを忘れるな!」
ゴールラインに立つチョーカイが声をかけてきた。
息が収まってくるにつれて、ナギは不思議に思った。明らかに回りの雰囲気が変わっていた。
他の選手達とは相変わらず微妙な距離があったが、酒匂さんだけは近づいてきて無言でナギの肩をぽんとたたいた。
それで十分だった。そして遠く、トラックの向こう側、グラウンドの端にいたギャラリーから、かすかに拍手が聞こえてきた。
……さざ波のように。
(つづく)




