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5月11日(水)夜2

 部屋に戻り制服のままベッドに倒れ込んだ。新品の靴はそのまま頭の脇に放り投げる。

母親の思わせぶりなウインク。

父親の酔っぱらった赤ら顔、全てが疎ましかった。横目でベッドの上の靴を見る。

かなり奮発したらしい。

靴に付けられたままのタグに書かれた金額は、ランニングシューズの中でも明らかにハイエンドタイプの値段だった。こういうとき普通の子供なら飛び上がって喜ぶのだろうか。

しかしナギにとってこのような親の期待がただただ重たかった。


 なぜならばナギは自分で知っていたからだ。すべてこれはただの遺伝。

新開家は代々足の速い者を多く輩出してきた、いわば「俊足の一族」だ。

親戚を見回しても俊足の者ばかり。

その中で比べてみれば、ナギだけが特別早いわけではない。

両親もそんな身内のことばかり気にしていて、ナギが運動会の徒競走で1等を取らないと、「ふがいない」と責めたてた。


 そんな風にずっと小さい頃から周囲と比べられてきたためか、ナギは自分の足の速いのかよく分からなくなってしまったのだった。

だから足が速いことを特技として磨く気にもなれなかった。

それはナギにとって親に対する無意識の反抗なのかもしれなかった。

ついには、そのさして努力もしていないのに、他人より速く走れることがまるで悪いことのように感じるようにさえなってしまったのだ。


 ことあるごとに走ることでガミガミと騒ぎ立てる両親の声から耳を塞ぐように、ナギは部屋の隅に座り込んで読書ばかりしていた。本は何も押しつけない。

自分の好きな速さで読めばよいし、どんな風に読もうが他人と比べられることもない。

本の中の世界がナギにとってくつろげる「居場所」となった。そしてその本が置いてある図書館も。

もちろん「リレーで頑張って1等賞を取れ!」なんて、お節介きわまりないことは決していわない。

 

(あぁ、イライラする!)


「はあっ……。」


 ナギの深い深いため息をついた。

それは海の底からわき上がるような泡のようにゆらゆらと惑いながら、逃げ場を求めて天井に向かって昇っていった。



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