5月11日(水)夜1
5月11日水曜日 夜
家に帰ると思いがけない状況ががナギを待ち構えていた。
珍しく父親が早く家に帰ってきていたのだ。
すでに食卓でふんぞり返って、くつろいでいる。
ちょっと早めの晩酌が始まっていた。
母親はナギを見るとエプロンで手を拭きながらぱたぱたと駆け寄ってきた。
そして両手で背中を押すように促すと食卓に座らせた。
笑顔でしきりに目配せをしてくる。
「ご飯の前に着替えてくるよ。」
ナギはいいかけたが、ビールを片手にした父親がその口先を制していった。
「ナギ、座りなさい。」
分けも分からずナギが席に着く。すると父親は机の上に置いてあるものをあごで促した。
「それをお前にやろう。」
そこにはデン! と置かれているのは、スポーツ用品店のロゴと派手な色の紙袋。
取り出してみるとそれは靴の箱らしかった。
中には薄葉紙に包まれた新品のランニングシューズが入っていた。
母親がすかさず助け舟を出す。
「お父さんがね、今日の帰りに買ってきてくれたのよ!
……今度の体育祭はこれを履いて出場なさい。
普段の靴じゃ実力が出せないでしょ、って。
ね、お父さん! あちこちの靴屋さんを探しまわったのよね。」
「ああ…。」
父親はナギの目を見ずにうなった。
母親ははしゃいだ声で続けた。
「今年は、おとうさんと私で体育祭を観に行こうかなって考えているのよ。」
(えっ、お父さんとお母さんが体育祭に来るの? ……私、もう高校生だよ!)
ナギは心底おどろいた。
父親は相変わらずあらぬ方を見て酒をあおっている。
その様子は明らかに照れ隠しだったのだが、そんな気持ちなど、ナギは解かりたくなかった。
「あ、ありがとう……。」
ナギは口の中で呟くと靴を手に持って部屋に退散した。
(つづく)




