第8話 第一村人発見
ゲートをくぐった途端、窓の外が明るくなった。
景色が都会から草原に変わった。
滑稽に感じられるほど一瞬だった。
車は草原をひたすら走り、滞在する拠点に到着した。
拠点は炊事場と仮設トイレが置かれ、寝起きするためのテントがいくつか張られていた。
「林間学校じゃなくてキャンプだな」
と渡辺はひとりごちた。
荷物を置いたら、そのまま接触班4名と警護の自衛官2名で車に乗り込み、数キロ先の集落を目指した。集落から数百メートルほど手前で車を降りると、そのまま徒歩で集落に向かった。
前に斎藤と滝口が並んで立ち、後ろをバインダーとレコーダーを持った島村と渡辺が続いた。自衛官は、少し離れて歩くように斎藤が指示した。
集落は、肉眼で見るとあまりにも普通だった。ただ家があって、畑があって、人が暮らしているのだ。頭を垂れるように実っていた麦は収穫期を迎えたようで、大人も子供も揃って鎌を持ち、畑に立っていた。
「あちゃ。もしかしてとは思いましたが収穫がはじまっちゃいましたか」
斎藤は言った。
「どうします?話しかけますか?」
渡辺が訊くと、滝口が止めた。
「収穫の邪魔をされると第一印象が悪いです。作業の手が止まるか、誰か手の空いている人が出てくるのを待ちましょう」
「そうですね。私も実家が梨農家なのでよくわかります。村の様子を見てまわりながら誰かいないか探してみましょう」
一行は、集落のまわりをゆったりと歩きながら誰か話しかけられる人物がいないか探した。集落には、民家、広場、倉庫、家畜小屋があった。
空撮では、この集落では牛しか確認できなかったが、豚と鶏が屋内にいるのが確認された。
その全てを斎藤の胸に入ったカメラが捉え、渡辺も日報用に写真を撮った。これだけ家畜がいれば食生活は豊かだろう。渡辺は行ったことがないが、ヨーロッパの地方に行けば似たような村はあるかもしれない。
キャンキャンキャンキャン
突然、鳴き声と共に、小型犬が斎藤の足に縋るようにやってきた。
「わっ、犬だ」
と驚いていると、壮年の男が1人と、たくさんの羊がこちらにやって来るのが見えた。男は、こちらに何か話しかけているようだが、言葉がわからないので意味がとれない。
「サイトウ」
と斎藤が自分の胸を指して言った。
「タキグチ」
と滝口も同じように言う。
何度かそれを繰り返していると、「タミル」と男は言った。名前だろうか。島村がペンを走らせるのが見えた。
滝口が羊を指さすと、男はそれに対して何か言った。単語だけにしては長かったから、羊がどうかしたか?とでも言ったのかもしれない。滝口は透明なボトルに入った水を見せた。男が答えた。
そんなことをしていると、後ろからどうかしたのか?と言うふうに10歳くらいの少年が出てきた。タミルが少年に何か言うと、少年は走って村の方に駆けて行った。
待っている間も単語の聴取を試みようと、滝口が持っている水や近くの家を指したり、他の家畜を指したりしたが、タミルはよくわかってないのか答えてはくれなかった。そうしている間に、少年が高齢の男を連れて戻ってきた。
「村長でしょうか?」
と斎藤が滝口に耳打ちした。
「どうでしょう。単なる年長者か、家長、あるいは宗教的な立場の人かもしれません」
「まあそう簡単にはいきませんね」
渡辺は脳内でその人を村長(仮)と呼ぶことにした。
村長(仮)が、何か話しかけてきた。
「私たちは皆さんと交流するために来ました。どうぞよろしくお願いします」
意味が通じないことは承知の上で、斎藤はゆっくりと日本語で話しかけ、鞄から木綿の布を出して渡した。贈り物のチョイスが平安時代みたいだ、と渡辺は思った。
村長(仮)は、もらった布をしばらく観察すると何かを述べて帰って行った。怒っていたり拒絶したりする様子ではなかった。
すると、さきほどの少年が目をくりくりさせながら寄ってきた。
少年は好奇心を隠そうともしない。お前たちはなんだ? 何しにきたのか? と言っているように思われた。
「タキグチ」
と滝口は自分を指して言った。何度か繰り返し言うと、少年も自分を指して
「ニル!」
と言った。
滝口は少年に向かって麦を指した。ニルが何かを言って、島村が記録した。滝口が家を指した。ニルが何かを言った。水を指した。何かを言った。
そうして何度か繰り返しているうちに、タミルの声がして、ニルが走ってそちらに行ってしまった。
「今日はこの辺りにしておきましょう」
と滝口が言い、一行は拠点に戻ることにした。
◇
拠点に戻ると、渡辺は日報を書いた。
寝室は寝袋しかないのに、パイプ椅子と長机だけは用意され、ばっちりインターネットが通じていた。発電機がうなりを上げてPCに電力を供給する。まるで強制労働キャンプだ。
渡辺の隣では、島村がレコーダーで記録した音声とメモを突き合わせて、記録を作っていた。
水? [ˈakvo]
羊? [ˈʃafo]
「それ発音記号ですよね? 英語の授業で出て来るやつ」
「そうです。同じ音に聞こえても区別されてる可能性がありますから」
渡辺は、島村の言語メモもまとめた日報を送った後、今日出てきた単語を暗記した。
「フィールド言語学っていつもこうやって手探りで質問しながら進めていくんですか?」
「普通は地域の共通語とか、調査者と話者の双方が使える媒介言語があるので、それを使って調査します。今回みたいに共通語がまったくないところから始めるのは、かなり特殊ですし、私も、多分先生も経験がありません」
「そうなんですね。僕も、言語学の勉強したいです。入門書でいいのありますか?」
「たとえばこれとかどうですか?」
渡辺は島村に勧められた本をKindleで購入して、読み進めた。
まだ拠点に冷蔵庫が届いていないため、夕食はレトルトだった。それでもガスは使えるので、温かい。ますますキャンプっぽいと思った。その後シャワーを浴びても、まだ午後8時だった。
「異世界って、暇だな」
渡辺は寝袋に潜り込んだ。
テントの外では、知らない虫が鳴いていた。
異世界で過ごす最初の夜は、拍子抜けするほど静かだった。
作者注:本作の異世界語はエスペラント語の語彙を借用しています
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