第3話 夜空の星
「ただ、GPSが使えないからといって異世界とは言い切れません。ジャミングの可能性を捨てきれないので」
渡辺が先ほどのニヤケ顔とは打って変わって冷静に言った。
「こんなド田舎でジャミングか。近くに軍の施設でもあるとか」
「はい。そういった可能性を排除しきれない以上、地球上だと仮定した場合の場所の特定と、異世界だと仮定した場合の証拠集めの両方をやるべきだと思います」
「位置情報としては太陽の高度、夜には天体で場所が特定できるか」
少し考えてから大沼が言った。
「あとは電波が飛んでるかどうかも確認しましょう」
「国土交通省経由で国土地理院、文部科学省経由で国立天文台、あとは総務省か」
「総務省は私から連絡しますよ。国交省と文科省はお願いします」
「大沼さん、私から一つよろしいでしょうか」
会話を聞いていた自衛隊の責任者が声をかけた。
「どうぞ」
「明日、国土地理院や天文台の方を向こう側へ立ち入らせるのであれば、その前に安全を確保すべきです。入口周辺について施設科による地雷・障害物の確認、それから化学防護部隊による再度の環境測定と試料採取を行わせたいと思います」
「お願いします」
「それと、専門家だけを向こう側へ出すわけにはいきません。何がいるか分からない以上、立入時には警護の小隊も同行させます」
「そこまで必要ですか?」
「必要ないと確認できるまでは、必要だと考えます」
大沼は一度頷いた。
「わかりました。お願いします」
「では方面隊に増援を要請します。施設科、化学防護部隊、それから警護要員を一個小隊程度。今日中に入口周辺の安全確認と試料採取まで終えられるよう調整します」
「ありがとうございます」
「それでは、新しい試料による国立環境科学研究所の分析を待って、明日各種専門家による立入検査を行います。ドローン調査は明後日再開しましょう」
◇
少なくとも半径数十mの範囲に地雷はないことが確認され、化学防護部隊がゲートから10m地点で試料を採取した。土壌と大気の試料は国立環境科学研究所に送られ、入口付近で採取された試料と同様の組成であることが確認された。
さらに、ゲート入り口で採取した試料で追加の検査を行った結果、土壌中の細菌・真菌の構成は、日本国内の土壌で見られるものと大きく相違なかったが、一部に既知のデータベースと一致しない遺伝子配列が確認された。その調査結果も踏まえて、ゲートを越える職員は、防護服こそ着ないものの、使い捨ての靴カバー、手袋を装着、持ち出し物の消毒を徹底することになった。
翌日、一番最初に計測のためにゲートに足を踏み入れたのは、国土地理院の職員だった。測量担当の2名が測量機材を抱えてゲートを下りる。その前後を小銃を携えた自衛官6名が挟んだ。
「測量するだけなのに物々しいですね」
「測量するだけで済むと分かってないですからね」
測量担当は、数時間にわたって太陽の高度と方位を計測し報告を上げた。
「地球と同じ自転・公転をしていると仮定すれば、北緯51度、東経165度前後付近に相当します」
「それはつまり」
大沼が言い淀むと、横から渡辺が緯度経度地図をPCに広げて見せた。
「太平洋の上ですね。カムチャッカ半島の少し東です」
「どう見ても海には見えませんね」
大沼はゲートの向こうの草原を見つめて言った。
「はい。ですが、間違いありません」
「つまり、ここは地球ではないと言うことですか?」
「それは私どもにはなんとも」
次いで訪れた総務省関東総合通信局の電波監視担当は、アンテナと測定機器を設置したのちこう結論づけた。
「測定した周波数帯では、人工的な電波は検出されませんでした」
最後に、夜になってやって来た国立天文台の観測担当は一目空を見て言った。
「夏の大三角形がないですね」
彼は天体の写真を撮って持ち帰り分析すると言ったが、ほぼ間違いないと断言した。
「この緯度、この季節、この時刻なら、夏の大三角が見えるはずです」
大沼は思わず空を見上げた。街明かりに霞んだ港区の夜空には、夏の大三角すら見つけられなかった。
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