第13話 魔法
翌日から渡辺と島村は、セランについて村を回った。
彼はまだ麦の徴収の仕事があるため、セランと年長の徴税吏が馬で先行し、その後ろを荷馬車が続く。さらにその後ろを高機動車でついて行くという具合であった。
結局、セランは高機動車にはほとんど乗ることができなかったが、村に滞在する際、渡辺たちと話すことを楽しんでいる様子だった。年齢を尋ねたら19歳だという。大学1年生か、と渡辺は思う。それなら、外の世界に興味を持つのも自然だと感じた。
斎藤が外交交渉に支障がある、と強く言ったお陰で、渡辺たちは現地産物の飲食が解禁された。ただし条件がついており、口にしていいのは加熱調理されているもの、水も加熱されたもののみとされた。
初めて摂った現地の食事は、ある村での昼食だった。セランたちが村人に依頼して、用意してもらったものだ。代金はセランが奢ろうとしたが、それは困ると日本語で説得して渡辺が無理やり銀貨を握らせたら、セランは多すぎると笑って銅貨をくれた。
昼食のメニューはパンと野菜スープ、そこに本来はチーズがつくが、ナマモノなので遠慮せざるを得なかった。パンは硬くて茶色かった。ライ麦か大麦が混ざっているのだろう。穀物の味がして悪くないと渡辺は思った。スープは、塩味が極めて薄く、ほぼ味がなかったが、具の野菜を噛むとほんのりと甘味があった。
「おいしい」
渡辺は日本語で言って親指を立てた。
「おいしい?」
こんどはセランが現地語で聞き返した。
「おいしい」
渡辺も真似をして繰り返す。セランは嬉しそうに笑っていた。
◇
セランは言語調査の協力者としてとても優秀だった。なんと言っても読み書きができるのだ。最初に通っていた村で文字の類を見なかったことから、識字率はそこまで高くないのだと思う。セランに確認することで、既知の単語の書き方、数字を現地文字で書き表せるようになった。
反対にセランは面白がって日本語を覚えたがった。文字を教えてもらう代わりに、島村はセランに日本語を仕込んだ。
「はじめまして。私はセランです」
といった挨拶や、簡単な会話ならできるようになった。
「日本に行ってみたい」
セランは繰り返し口にした。
行けるのだろうか、と渡辺は思った。そもそもここは入管法上、外国なのか。パスポートなんて持っているはずもない。検疫だってどうする。
セランの素朴な願望に対して、頭に浮かぶのはそんなことばかりだった。
「行けるといいね」
渡辺は日本語で言った。心からの本音だった。
◇
回って行った村は、大小それぞれあったが、その多くが麦を育てて家畜を飼っていることは共通していた。ただ、町に近い村は、野菜の栽培がさかんだったり、畑より家畜に力を入れていたり、森に近い村では林業が営まれているなどの個性はあった。
「さっき通った村には行かないのか?」
セランたちが街道沿いにある村を素通りしたので、渡辺は次の村に着いた際にセランに尋ねた。
「あそこは別の領主が治めてる村だから僕たちは行かないんだ」
セランは言った。
「領主は何人いる?」
渡辺は訊いた。
「わからない。たくさんいるよ」
「領主より偉い人いる?」
「いるよ。**だね」
聞き覚えのない単語だった。島村は小声で「領主より上なら、王様みたいな存在ですかね」と言った。とりあえず、その単語は王と訳すことにした。
「**はどこにいるの?」
「都にいる。ここから馬車で10日くらいかな。遠いよ」
これまでは、セランが勤める1領地のことしかわからなかったが、初めてこの土地の政治的な構造が少しだけ見えてきた。
◇
一方、斎藤と滝口は町で、言語調査と流通の調査を進めていた。
領主から受け取った銀貨で、東京から指定された鉄製品や食料品、布などを購入する。領主が追加で求めていた綿布も納品した。
領主から取引の窓口として紹介された男は、領主家の物資の売買だけでなく、町の商業組合の管理にも関わっていた。彼の口利きで、領外から来る商人や町の商店、工房からも話を聞けるようになった。
流通経路も尋ねてみたが、知らない地名ばかりが増えていく。渡辺たちの調査で複数の領地と、その上位に「王」と思われる存在がいることまではわかったが、地図がない以上、それらの地名がどこを指すのかは確かめようがなかった。
◇
渡辺たちが、村を回り始めて数日後、ある村でパンを作るところを見学させてもらった。パンは5日に1回村中の分をまとめて焼くそうで、女性陣が総出で生地を整形していた。
パン窯は専用の小屋にあって、焼く工程も見学させてもらった。
「先に窯を熱くするんだ。そのあとパンを入れる」
とセランが解説してくれた。
担当の女が薪を窯にセットした後、藁を手にしてそこに火を点け、薪の中に放り込んだ。
渡辺はその動作が流れていったのち、違和感を感じた。
「え、ちょっと待って今何した?」
渡辺は島村に日本語で訊いた。
「火が点きました」
島村も混乱している様子だった。そうだおかしい。あるべきものがなかった。
「手に火打石もマッチも何も持ってないのに、火が点きました」
島村が言った。
「そうですよね。見間違いじゃないですよね」
渡辺はさきほどの女の方に向き直ると、
「もう一度同じことをやってくれないか」
とお願いした。
女は、訝しげな顔をして、左手で再度藁を取り、右手の指をパチンと鳴らした。
すると火花が散って、藁に火がついた。
「セラン、今の何?」
とセランに向き直って聞くと、
「何って火を点けたんだよ」
「火を点けるのってセランもできる?」
「できるよ。子供以外なら誰でもできるでしょう」
セランはそう言って藁を手に取り、指をパチンと鳴らした。藁に火が灯った。
「ごめん、もう1回やって」
渡辺は胸ポケットに入れていたビデオカメラを手に取り、セランに向けた。
セランは指を鳴らしてまた藁に火を点けた。手には藁しか持ってない。
積まれている藁を調べてみた。特になんの変哲もない藁だった。
渡辺も真似してやってみたが、当然のことながら火なんて点かない。島村も同様だった。
島村はバインダーから紙を1枚引っ張り出して、セランに渡した。
「これに火を点けてもらえますか」
セランは怪訝そうな顔をしながら紙を受け取り、指を鳴らした。音を立てて紙が燃えた。
◇
セランと別れて、拠点に帰る途中、近くの村でニルに会った。
ニルにセランが火を点けた動画を見せて、「これできる?」と聞いた。まず、そもそも動画というものに対して「何これ?」とひとしきり騒いだが、渡辺は紙を渡してもう一度尋ねた。
「これに火を点けられる?」
ニルは、機嫌を悪くした様子で、
「バカにしないでよ。僕はもう子供じゃないんだから」
と言いながら、指を鳴らして火花を散らし、紙を燃やした。
ニルにもできた。
もう一度、今度は動画を回しながらやってもらった。
紙が燃えた。
渡辺は、背筋がゾクゾクするのを感じた。
魔法があった。
魔法があった。
魔法があった。
すごい。
すごい。
すごい。
全身が熱くなった。
しばらくその場に立って感動を味わったのち、渡辺の脳裏に別の種類の大きな感情が流れ込んできた。
「こんなの報告書に書くの? まじで? 頭がおかしくなったと思われそう」
渡辺の様子を隣で眺めていた島村が、くすりと笑った。
読んでいただき、ありがとうございます!
評価欄【☆☆☆☆☆】を押して応援して頂けると執筆の励みになります!




