第12話 交易
翌日セランに連れられて向かった先は、町の奥にある立派な建物だった。塀の中に入ると、よく手入れされた庭があり、石造りの建物が見えてくる。建物の中に入ると、玄関には知らない男の絵が飾ってあった。おそらく油絵だろう。
しばらく控え室のようなところで待たされたのち、昨日出会った身なりのいい男が来て接触班4人は広間に通された。
その部屋を見た渡辺の感想は「貴族のダイニングスペース」だった。木製のテーブルセットに天井からはシャンデリアが吊り下がっており、冬には火が灯るのであろう暖炉が部屋の奥に鎮座していた。
4人で座って待っているとカップに入った温かい飲み物が出された。
「お茶?ハーブティーかな?」
と斎藤が匂いを嗅いだ。
「飲めませんよね?」
渡辺が確認する。
「飲めませんね」
「日本の常識的に、商談の時に出された飲み物って飲み干すものなんじゃないですか?」
「拠点に帰ったら、飲食許可を求めましょう。実務的な問題がありそうです」
◇
領主が入って来た時、思ったよりも普通のおじさんだな、と渡辺は思った。服は上質だが、おそらく使用人であろうここまで案内してくれた男と大きな差があるわけでもなく、特別華美なわけでもない。ただ、態度から明らかにその場で一番偉いのだということはわかった。
彼は椅子にどっぷり座ると、置いてあったカップからお茶を啜ったのち、口を開いた。
「お前たちが、珍しいものを売りに来たという商人か」
「はじめまして。会えて嬉しい」
斎藤が挨拶をした。
「私たち、あなたにものを売りたい。商品、見て欲しい」
斎藤は持って来た商品を広げて見せた。領主は木綿の布を触り、ガラスのコップの透明度を確かめた。包丁と陶器の皿はちらっと見ただけで、興味を示さなかった。
「この布は見たことがないな。何でできているんだ?麻か?」
領主が質問した。斎藤は滝口に「材料を聞いてるであってますか?」と確認した。「おそらく。植物の布と答えるのがいいかと」と滝口は言った。
「麻ではない。別の植物でできている」
「これもよくできている。ガラスか?」
「そう」
「お前たちはどこから来たのだ?この布は見たことがない」
「私たち、遠いところから来た」
「***か?***か?」
領主が何か知らない単語を言った。「地名じゃないでしょうか。周辺の土地とか」と滝口は言った。
「どちらも違う」
「ならば、普段はどこで商売をしている?」
「私たち商人違う」
「ものを売りに来たのに商人じゃない?」
「私たち、商人ではない。商人、あとで来る。私たち、先に話す」
「誰に仕えている?」
「誰のために働いてるのか、と聞いているんでしょうか」と滝口が言う。この質問は難しいなと渡辺は思った。国という単語はまだ知らない。もちろん国民もわからない。
「私たちのところ、人たくさん。偉い人に言われて来た」
「なるほど。どこかの****か何かか。まあいい、この布とグラスをもらおう。いくつある?」
領主が木綿の布とガラスのコップを指差した。
「それぞれ4つずつ」
「全部もらおう。いくらだ?」
「あなたたちのお金、わからない。値段あなた決めて」
領主は少し面食らったような顔をした。布をもう一度広げ、しばらく考えたあと、使用人に何かを命じた。使用人が持って来たのは銀貨の入った袋だった。斎藤はずっしりとした重みを感じたが、これが高いのか安いのかはわからなかった。
「ありがとう。私たちまたあなたたち、物売りたい。いい?」
「ああ、この布はまだあるのか?」
「たくさんある」
「じゃあ、また持って来い」
領主はそう言ったのち、別の男を呼んで来させて、
「今度売りに来たときはこいつに言え」
と言った。
「ありがとう。私たち、他にも商品たくさんある」
「何がある?」
「たくさん。でもあなたたち、何がほしいかわからない。私たち、あなたたちのこと知りたい。町、村、見てまわりたい」
領主は少し考えた後セランを指した。
「勝手に動き回られるのは困る。セランと一緒なら構わない」
滝口は「セランについて行くなら見て回ってもいいって言ってるみたいですね」と補足した。
「ありがとう。私たち、また商品持ってくる」
◇
領主が席を立ったあと、セランに明日からついていってもいいかと尋ねると、
「全然いいよ。またあなた達の馬に乗れる?」
と嬉しそうな様子だった。
「いいよ。乗せてあげるよ」
と約束し、高機動車で町を出た。
◇
「とりあえず、交易も出来たし、領地を見て回る許可ももらえましたし、うまくいって良かったです」
斎藤が言った。
「そうですね。でも正直複雑です」
と渡辺は言った。
「この町は僕たちが来るまで、何の不足もなく経済が回っていたんです。そこに僕たちが大量生産品を持ち込んでしまったら、どうなってしまうんでしょう。植民地に工業製品が流れ込んで現地産業が潰れた話とかいくらでもあるじゃないですか。
しかも今日売れたのは布です。町には布屋がありました。村では羊を飼っていました。
僕たちの匙加減で、このくらいの規模の経済なんて簡単に吹っ飛びます。僕たちは何か歴史的な岐路に立ってるんじゃないでしょうか」
「渡辺くん」
斎藤は、落ち着いた声で言った。
「国を背負うのはやめましょう」
渡辺は斎藤の方を見た。
「何をどれだけ売るかを決めるのは、東京です。何が起きようと君のせいじゃない。自分が決めたこと以外の責任を引き受けてはいけません。そうでなければ、仕事を続けられない」
それに、と斎藤は続けた。
「悪いことばかりが起きるわけじゃないと思います。現代医療で救える人がいるかもしれないし、農業の発展を援助できるかもしれない」
そのために、これから調査するんですと斎藤は言った。
「そうですね。取り乱してすいません」
異世界に来る前に抱いていた期待とは全然違う経過を辿っているような気がした。そこにあったのは、魔法でも冒険でもなく、人々の生活がただ続いているだけだった。
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