第11話 町の夜
町の入り口まで歩きながら名前を訊いた。若い徴税吏の名はセランというそうだ。
滝口が彼の仕事を尋ねた。
「村を回る。麦がどれくらい採れたか調べる。税を集める」
セランは答えた。「税」という単語は、その後いくつかの質問で確認した。
また、明日会えるという人物についても滝口が尋ねた。
「偉い人だ。ここで一番偉い人」
とセランは言う。島村は「領主?」とメモした。
◇
町の入り口に着くと、そこには人だかりが出来ていた。高機動車が珍しくて人が寄ってきてしまったらしい。
「触らないで。離れて」
1人残った自衛官が寄ってくる子供に注意するが、当然通じないのと人数に負けていた。
「こらお前たち、どけ」
セランが一喝して町の人たちが少し距離を空けたので、全員で乗り込んだ。
車の中でセランはノリノリだった。
「これすごいね。どうやって動いてるの?」
これには、説明に窮した。エンジンもガソリンも機械も現地語がわからないし、そもそもそれに相当する言葉があるのかもわからない。
「説明、難しい。私たちのところ、これ乗る、移動」
斎藤が言った。言葉が通じなくてもセランの好奇心は止まらなかった。
「お前たちはどこから来た?」
「何しに来た?」
と立て続けに質問が来る。
「私たち、遠いところからきた」
「何が交換できるか、知りたい」
これまでも説明したようなことを繰り返し伝えるしかできなかったが、セランは単に言葉が不自由なやつだと思ったのだろう。気にも止めず、楽しそうだった。
◇
高機動車を宿に停めた後、渡辺が提案した。
「せっかくなので町に何があるか確認しませんか?」
斎藤が同意してセランに確認をとった。
「私たち、町、見たい。歩く、いい?」
「いいよ」
「セラン、一緒に来る?」
セランは少し考えてから頷いた。仕事はいいんだろうか。
宿の前の道を歩く。歩きながらセランに「お金」「売る」「買う」といった単語を訊いた。これまで交換という概念しか知らなかったが、初めて貨幣に関する言葉を手に入れた。
店とも工房ともつかない鍛冶屋、パン店、布屋などの常設店舗があった。広場には定期的に市場が立ち、生鮮食品はそこで取引されるらしい。
店に入っては単語を聴取し、値段を尋ねるにもかかわらず何も買わないので、最後にはたいてい店員に嫌な顔をされた。
「これじゃ迷惑観光客ですね」
渡辺の言葉に斎藤も苦笑いした。
「お金が手に入ったらまた買いに来ましょう。東京も試料として欲しがるでしょうし」
◇
「じゃあ、明日迎えに行くから宿で待っていて」
宿に帰ると、セランはそう言って帰って行った。「宿」という単語はここで初めて出たので島村がメモした。
従業員に話を通すと、2階の3部屋を使うように言われた。どの部屋にも2台ずつ小さいベッドが置かれている。
部屋は狭く、シーツやベッドカバーは古びていたが、拠点の寝袋を思うとベッドがあるだけでも渡辺には楽園に思えた。
ただ、最悪だったのはトイレだ。
トイレは中庭にあったが、当然汲み取り式だった。足の間にある深い穴の先のことはなるべく考えないように努めたが、それでも臭いだけはどうしようもなかった。渡辺は、まさか、仮設トイレがましに思える日が来るとは思いもよらなかった。
宿の1階は食堂として宿の客以外も利用するらしく、食事の時間になると活気のある声が聞こえてくる。
「こんなに美味しそうな匂いがしてるのに、僕らが食べるのこれですか?」
2階の部屋で、渡辺はしょんぼりしながら缶詰の糧食を見つめた。
「お湯をもらって来ましょうか」
滝口が1階に降り、厨房の鍋を指して「熱い水、ほしい」と頼んだ。
しばらくして、従業員が湯の入った鍋を持ってきた。
その中に缶を沈めると、怪訝そうな顔をされた。金属を煮る変なやつだと思われたのかもしれない。
「そのうち現地の食べ物を食べる許可がでるんじゃないか」
鳥飯をつつきながら斎藤が言った。
「だといいですけどねえ」
◇
夜になって、ベッドに潜り込むと、寝袋より良いと思ったそれはマットレスが藁でできていてちくちくと刺さった。
「思ったよりベッド快適じゃないですね」
「というか虫が怖いな。ベッドバグみたいなやつ」
斎藤は、戻ったら服全部隔離して洗濯に出さないとな、と言った。
「うわあ、やだ」
渡辺は毛布を身体に巻きつけ、藁のマットレスに背中を刺されながら、目を閉じた。
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