第10話 私たちの馬
「私たち、あなたたちついていく。私たちの馬持ってくる。待って」
斎藤は2人組にそう伝え、警護担当の自衛官が高機動車を取りに向かった。
現れた高機動車は、この集落では誰も聞いたことがないエンジン音を上げて、村人たちの注目を集めることになった。これまで集落から数百メートル離れたところに隠していたため、村人も目にするのは初めてだった。
「私たち、これに乗る、ついていく」
斎藤は高機動車を指して言った。
「これはなんだ?」
2人組の年長の方が尋ねた。
「私たちの馬」
どうみても馬じゃないだろうという訝しげな目を向けられたが、取り合うことなく早く行こうと斎藤は促した。
◇
ドローン越しに見た街道を、馬に乗った2人組、麦を載せた荷馬車、その後ろを続いて高機動車が走る。高機動車には集落にいた日本人全員、斎藤、渡辺、滝口、島村、そして自衛官2名が乗っている。
荷馬車の速度で走るため、のろのろ運転だったが、街道はよく整地されており、快適なドライブだった。窓から見える風景は、これまでと大きく変わらない草原だったが、はじまりの村を出て次のステージに上がるための第一歩を踏み出した高揚感があった。
一行は、別の集落を2つ通過した。これらもすでに広域調査で確認していた場所だった。麦畑と家がならぶ。通っていた集落と大差ないのだが、ここではまだ自分たちはかなり異様な異邦人なのだということを思う。
最後に辿り着いたのは、広域調査で発見された町だった。
「私たちの馬、ここにとめる」
斎藤はそう2人組に告げて、街道脇に高機動車を止めさせた。
自衛官の1人を車両に残し、5人はそこから徒歩で2人組、そして荷馬車の後ろをついていく。東京に住む渡辺からするととてもこじんまりとした町だった。ただ、道は石畳で整備されており、清潔だった。管理が行き届いているという印象を持った。
2人組は、ある建物に着くと、馬から降りて厩番に預けた。
「目的地に着いたんですね」
荷馬車を建物入り口につけて、何やら中に向かって大声を出すと、男がでてきて、荷馬車の中身を確認して帳面につけていた。入り口から中を覗き見ると、荷馬車の中身と同じような袋が並んでいた。
「倉庫だな」
そのまま麦袋は中から出てきた男たちが倉庫に運び込み、2人組は一度出てきて、並んでいる別の建物に入って行った。
斎藤たちが着いて行くと、中で身なりのいい男と2人組が話しているのが見えた。
意味は取れないが、「村」「よそ者」「交換」といった単語が漏れ聞こえる。
「あの人が上司でしょうか」
「私たちの話をしてますね」
「麦袋を持ってきて、取りまとめをしているので徴税官でしょうか」
しばらくして、身なりのいい男あらため徴税官がこちらを見て、ちょっと来いというジェスチャーをした。
「お前たちは何者だ?」
この質問に答えることは難しい。ただし想定問答にはあったので斎藤は迷わず答えた。
「私たち、遠くから来た。交換、したい」
「何が欲しい?」
「何がある、見たい。私たちのもの、これ」
斎藤は商品を見せた。
「偉い人、会いたい」
徴税官は、斎藤が見せた商品をじっくりと観察した。木綿の布を触り、ガラスのコップを光にすかして、陶器の皿の形が揃っていることを確認した。
「いいだろう、話をつけるからちょっと待て」
おそらくそう言ったんだろうと接触班は理解した。彼が、建物から出て行くと、6人はぽつんとそこに残された。
最初に会った2人組の男にその辺に座っとけ、とジェスチャーで促され、長椅子に座る。彼らも仕事に戻ってしまった。
そこは、事務所といった場所だった。7人くらいの人間が出たり入ったりしながら、紙に何かを書きつけている。文字は、村長と2人組の男がやり取りしている場面でちらっと見ただけだから、接触班には読み解けない。斎藤の胸のカメラは事務所の様子を撮影し続ける。渡辺は消音アプリを使ってなんとか書類の写真を撮ったが、解読は無理だろうなといった解像度だった。島村は、見える範囲で文字をメモした。
「村の名前と数字かな、表になっているような気もするんですが」
「ここ明らかに行政組織ですよね。租税の管理をしてる部署なんでしょうか」
「あれ、硬貨に見えます。貨幣経済があるんですね」
ひそひそ話しながら1、2時間待っていると、徴税官が新たな男を連れて戻ってきた。徴税官よりもさらに良い身なりをしていた。
「徴税官より偉い人っぽいですね」
渡辺は小さい声で斎藤に言った。
「少なくとも、この事務所の人間ではなさそうですね」
斎藤も同意する。
「こいつらが、商品の交換をしたいと言っている」
徴税官は言った。
「見せてみろ」
新たな男の言う通りまた斎藤が商品を見せた。
斎藤が見せた商品を、男はゆっくりと観察した。特に木綿の布が気に入ったらしい。
「これはいくつある?」
「4つだ」
斎藤は答えた。
「いいだろう。明日***に会わせてやる。一晩待て」
一体誰に会えるのかは知らない単語なのでわからなかった。
「偉い人、会える?」
と確認すると
「ああ」
とめんどくさそうに答えられた。
男は何か徴税官に言いつけた。「宿」という単語が聞こえたと滝口が言った。
「宿泊場所を用意してくれるみたいですね。そこで待機しろということでしょう」
男が帰ると、徴税官が事務所にいた部下に何か言いつけた。その部下は、村に来ていた2人組のうち、若い方だった。渡辺は彼を若い徴税吏と脳内で呼んだ。
若い徴税吏がこっちに来いといったジェスチャーをしたので着いて行く。彼は建物から出ると、町の入り口の方に向かって少し歩き、ある建物の中に入って、店員らしき人と話し始めた。
その建物には、白い馬の絵と現地文字が書かれた金属製の看板がかかっていた。
「白馬亭とかですかね。文字と絵が対応してるといいんだけど」
島村は写真を撮りながら言った。
建物は、テーブルと椅子が並んでいて、煮込み料理の匂いがした。
「食堂ですかね」
「西部劇に出てくるみたいな作りで、2階が宿屋になってるんじゃないですか?話の流れ的に宿泊場所でしょうし」
若い徴税吏が戻って来て、
「今日はここに泊まってくれ。明日迎えにくる」
という趣旨のことを言った。
「ありがとう。でも、私たちの馬、しんぱい。仲間、ひとり、あそこにいる。安全な場所、おきたい」
斎藤が若い徴税吏に言った。
「いいよ。じゃあ中庭に停めたらいいよ。それよりあれに乗せてくれないか?」
若い徴税吏の言葉に接触組は顔を見合わせた。
「高機動車に乗りたいみたいですね。聴取の機会ですし、可能なら乗せてあげたいですが」
滝口の言葉を受けて、斎藤が自衛官に確認すると、後部席ならいい、と言う。
「乗っていい。一緒に来て」
斎藤がそう言うと、若い徴税吏は今までの無表情からは想像もつかないくらい良い顔で笑った。
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