14 妖精の棲む大図書館
14 妖精の棲む大図書館
俺とマイケル、ブラッドと騎士団長の息子テリーが仲良くなってから、俺の学年の和解は一気に進んだ。
元から若い世代の者達はいつまでも過去の出来事を引き摺っている年長の考えに対して思うところがあったらしい。しかも、王都と辺境とで揉めた大元の原因というのが当時の有力者だった王都貴族子息が惚れた令嬢に振られ、その令嬢が相思相愛の相手である辺境貴族に嫁いだ事だという。
マッジでくだらない。なんでそんな事でいつまでも引き摺ってんだよ馬鹿じゃねーの。
しかし、体裁を気にする貴族達はそうもいかなかったようで一気に関係にヒビが入り、今日まで至るようだ。マジで馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。
それは俺や兄様やその少し上の世代も同じ考えだったようで、学園では大多数の者が出身に関係なく仲良く過ごしている。ついでに、王家サイドも健全な関係に戻そうという方向性らしい。あとでアンドレイ先生にこっそりそう教えてもらった。やはり和解を狙っていたようだ。
和解した俺達は少しずつだが仲良くなっていっだと思う。時には程良く悪さをして仲良く叱られつつ、助け合いながら学生生活を送っていた。
そんな日々も半年ほど過ぎたある日、俺は今日もとある男に会うために図書館に向かっていた。
その男とはクィントン先生や領地で魔法を教えてくれた先生が言っていた「詠唱破棄で四属性魔法を使う男」である。しかし、入学からそれなりに時間が経っているというのに未だにその男に出会えずにいるのだ。
図書館にいるらしい、というのは学園内でも共通の認識な筈なのに、どうしてもその男が見つけられない。
連日連敗。そうして幾度も通ううちにやっと気が付いた。多分、いや絶対に避けられている。
そうなると意地でも見つけてやりたくなるのは悪ガキの習性だ。
「こんにちは!」
大きく開け放たれた図書館の扉をくぐりながら顔見知りになった女性の司書さんに挨拶する。広過ぎる図書館は構造も複雑で蔵書も多い。どうやら学園で使用するだけではなく、一般にも広く門戸を開いているようでざっと見てまわるだけでも一時間以上はかかる。
天井まで伸び、壁のように立ち並ぶ高い本棚には高そうな本がぎっしり詰まっていて、見ているだけでも圧巻だ。地震大国出身としては地震がきたら大変そうだなと思うんだが、どうやらその辺も対策がなされているらしい。
本棚の迷路を歩いていると不意に視界の隅を薄青く光る光の球が飛んでいく。誘われるように見上げれば頭上には色取り取りの光があちらこちらを忙しそうに行き交っていた。
野球ボールほどの大きさをしたその光の球はこの図書館に住んでいる妖精の一種でピクシーという。
彼等はここの立派な従業員である。一日に一枚のクッキーや林檎を一欠片を貰う事で本の運搬や捜索を手伝ってくれる図書館の番人だ。本に悪戯をするとそれはそれは恐ろしい報復を行う事から本を守る役割も担っているらしい。
通っているうちに何回か逆さ吊りにされている生徒を見た事があるので多分あれがそうだと思う。小さいながらも魔力が強く、逞しいようだ。
書架の海は広い。うろうろしていると手伝いたくて仕方がない色取り取りの妖精達に纏わりつかれるが、彼等が求めているのは本を探す人間だ。
最初のうちは何度か訊ねた事があるが、彼等は本以外の探し物に全く興味がないようだ。探している人の事を訊ねては「なーんだ」と言わんばかりに落胆して離れていくのが申し訳なくて最近は聞かないようにしている。
司書さんにも訊ねたが、「どこかにはいるがどこにいるかはわからない」という非常に頼りない返事しか返ってこない。どうやら探し人は随分な変わり者のようで、図書館以外にふらりと出掛けて行く事も多いようだ。果たして勤め人としてそれでいいんだろうか?
暫しうろうろして疲れてきた辺りで少し休憩しようと空いた席に座る。するとそれを見計らっていたように俺の目の前に薄いピンク色の光が降りて来た。
「また来たのか?」
苦笑混じりにピンク色の光に声を掛ければ、呼応するようにチカチカと淡く明滅する。このピクシーは俺が初めてこの図書館で人探しをした際に一番最初に訊ねたピクシーだ。どうやら、俺が探しているものを見つけられなかった事を気に病んでいるようで、図書館に来るたびにこうして俺の所へきてくれる。
ちょっと可愛いなと思いながらポケットに入れて来た小さな砂糖菓子をピクシーに差し出す。司書さんに許可をもらえば、こうして小さな菓子を与える事も許されているのだ。
受け取ったピクシーは白い花の形をした砂糖菓子をお気に召したのか、先程よりも強く明滅する。
「気にしなくていいんだぞ。役割以外の事なんだから」
どういう仕掛けになっているのかよく分からないが、まるで何かが齧るように少しずつ小さくなっていく砂糖菓子を眺めながら声を掛けた。毎回こうしてやって来ては気に掛けてもらうのが申し訳ない。
しかし、彼等には彼等のプライドがあるのだろう。砂糖菓子を食べ終わったピクシーは俺の周りをぐるぐると飛び回ると俺の左肩に収まった。どうやら、俺はこのピクシーに懐かれているようだ。
「おやまあ、珍しい。ここのピクシーが人に懐くなんて」
通りすがった初老の男性がにこやかにそう声を掛けてくる。良くよく見れば、講師の制服であるローブを身に付けているから学園の教師なのだろう。
「珍しいんですか?」
「彼等は自分の役割や興味関心のある事にしか反応しないからね。個人にこだわる事は少ないんだ」
ほほう、初めて知った。そうなるとこのピクシーは初めから俺を気に掛けてくれていたようだ。
「いつも来てくれてありがとな」
肩にいる光に声を掛けると、ピクシーは嬉しいのかピカピカと強弱をつけながら明滅しつつ俺の周りを飛び回る。うーん、そう思うとより可愛く思えて来た。
「ふーむ、本当に良く好かれているね。上手く行けば契約して守護妖精になってくれるかもしれんぞ」
「守護妖精……?」
初めて聞いた。ゲームでもそんな話はなかったように思う。俺の反応に、相手の男性は近くの席に座って色々教えてくれた。
曰く、彼は学園で幻想種の事を担当している教師で、名をネール・ケイトリー。彼の研究対象は妖精や精霊を始めとした幻想種だ。分かりやすく言うなら妖精、精霊、神獣といった人智を超えた力を持つ、人間に協力的な生き物達を指す。
「妖精では図書館に棲むピクシー、家を護るホブゴブリンやドモヴォーイ、精霊なら火の守り人ピュラリス、湖畔の貴婦人アンダイン……この世界には様々な幻想種がいる。大昔には人と交わる事もあったらしいな。そういった者の血を引く者は人より魔力や身体能力が優れていたり、妖精眼という特殊な目を持っているそうだ」
彼自身いくつかの幻想種とも契約しているそうで、実に楽しそうに友人達の事を講義してくれるのを聞きながらふと思う。それは、これから嫌でも出会う事になるであろうアーサーだ。
ゲームの中では言及されていなかったが、そんなアクションがあった様な気がする。通常では見えない隠しアイテムや通路なんかを妖精眼なら見つける事が出来た。人より身体能力や魔力が優れているのも幻想種の血を引いているからかもしれない。
「彼等は彼等の理の中で生きている。自らに与えられた役割以外の事には無頓着な事が多い。だから、こうして好かれるのは珍しい事なんだ」
「……そっか、なら俺と一緒に来るか? なーんて……」
ある程度ケイトリー先生の話を聞いてから目の前の机の上にいるピンクの光に軽く尋ねてみる。冗談のつもりだったんだが、ピクシーは飛び上がると強くピカピカ光ながら俺の周りを高速でぐるぐる回り始めた。どうやら契約の申し出を喜んでいるらしい。
「せ、先生! どうすればいいですか!? というか、図書館の子と勝手に契約していいんですか!?」
軽い冗談のつもりがどうやら相手は本気だったようだ。慌ててケイトリー先生に訊ねれば、彼は楽しそうに笑う。
「構わんよ。彼等はここの手伝いをしてくれるが、我々に彼等の行動は縛れない。不意にいなくなる者もいるし、どこからともなくふらりとやって来る事もある。以前にも人と契約して出ていった者がいるぞ」
にこにこしながら教えてくれるのはありがたいが、ちょっとした騒ぎになりつつあって周りに人とピクシーが集まり始めた。あんまり目立ちたくないというか図書館で騒ぎを起こしたくない俺はケイトリー先生に急いで契約の仕方を教えてもらう。
幻想種と絆を結ぶには名前を付けてあげるだけでいいらしい。その名前を幻想種が受け入れたら契約完了。思ったよりずっと簡単だった。もっと複雑な手順だったり書類がいるのかとばかり。
「名前、名前か……。何が良いかな?」
改めて目の前でぷかぷか浮かぶピンク色の光に目をやる。優しい色合いはまるで桜のような淡い桃色だ。
俺は日本で生きていた頃、桜が好きだった。家族や友人達との大切な思い出のある懐かしい花だ。
安直かもしれないが、名は体を表すともいうしな。
「よし、君は今日からモモだ。俺の好きな花の色の名前だよ」
手を伸ばしながらそう呟けば、応える様にピクシーが俺の手に降りてくる。そうして、掌に光が乗ると、一際強くフラッシュの様な光が起きた。
突然の事で目を閉じるのが間に合わなかった俺はチカチカする視界の中で自分の掌の上に小さな人影がある事に気が付く。
サイズは20センチ程だろうか。如何にもファンタジーでございますといったひらひらふわふわした淡いピンク色のドレスを身に纏っている女の子だ。その背中には蝶の様な立派な翅がある。
淡い桃色の長い髪に緑色の瞳をしたその子はキラキラした目で俺を見ていた。
「……モモ、なのか?」
掌の上にいる小さな人に恐る恐る話し掛ければ、彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
『そうだよ! 私はモモ! これでやっとノアのお手伝いが出来るわ!』
嬉しくて堪らないといった様子でそう言うと、モモは俺の周りを高速でぐるぐる飛び回る。うーん、この落ち着きの無さは間違いなくモモだ。
これまで光の球でしかなかった妖精が突然人型になった事に驚き困惑していると、ケイトリー先生がにこやかに教えてくれる。
どうやら幻想種と契約した者には彼等の本当の姿が見えるらしい。なので、俺以外には相変わらずピンクの光にしか見えていないようだ。
妖精と契約した様子を見ていた者達からは拍手が起こり、どうやったら好かれるのかと質問攻めにあう。それくらい幻想種と絆を結べるのは本当に稀な事なんだそうだ。
『私達は誰とでも契約する訳じゃないのよ。乙女心は複雑なの』
ぷんと得意げに胸を張るモモは可愛らしい。他の人達にはこの姿が見えないのはちょっと勿体無いな。
騒ぎになった事で駆け付けた司書さんに怒られ、オーディエンスは追い散らされた。俺がモモと契約した事で騒ぎになってしまったと謝ると司書さんはにこにこしながら良いのよと言ってくれる。怒られなかった事に安堵しつつ、妖精との過ごし方と注意点を教えてもらえたのもありがたい。
「この子はずっと貴方を気に掛けていたから……。素敵な名前を貰えて良かったわね、モモ」
『うふふ、そうね! 素敵な名前だわ!』
司書さんの周りをくるくる飛び回る姿は彼女にはピンク色の光る球にしか見えない筈だが、何故だか意思疎通が出来ているように見える。俺が疑問を抱いていると、司書さんは俺の視線に気が付いた。
「私にも幻想種のお友達がいるのよ。あの子は本を燃やしてしまうから此処にはいないけれど」
小さく苦笑しながら俺の疑問に答えると司書さんは困った様に頬に手をやる。どうやら彼女のお友達というのは炎に関連したモノらしい。
司書さんと話しているとモモが俺の周りをくるくると楽しそうに飛び回り始めた。
『私はね、やっと貴方のお手伝いが出来るのが嬉しいの! 貴方がずっと探していた人に会わせてあげる!』
探していた人というのは四属性使いの魔法使いの事だろう。しかし、会わせてあげるとはどういう事だろうか。
『あの人間はとーっても変わり者なの。ここにいるけど、いないのよ』
モモの話を聞いていてもイマイチ要領を得ない。軽く混乱しているとケイトリー先生が口を挟んできた。
「なんだ、君はロニーを探しておったのか」
飛び出してきたロニーという名前に慌ててケイトリー先生の方を向く。ここ暫くずっと探していたのに、名前すらわかっていなかった事に今気がついた。確かに領地の先生からも名前を聞いていた筈なのに。
「彼奴はちょっと特殊だからなぁ。まあ、モモがいるなら会えるだろう。一緒に探しに行くといい」
「そうですか……。ありがとうございました、ケイトリー先生」
「またわからない事があったらいつでも聞きに来なさい」
色々教えてくれたケイトリー先生にお礼を言ってからその場から歩き出す。モモがしきりにこっちだよと言って連れて行こうとするのは中庭の方だ。
図書館はロの字型をした回廊型の建物になっていて真ん中にちょっとした中庭がある。しかし、多少の庭木が生えているだけでだだっ広いだけの空間だった筈だ。人がいればすぐにわかるような場所で、俺は来ても窓からちらっと見て終わらせていた。
『あの子はね、アイノコなの』
「アイノコ?」
『人と精霊の子なのよ。だから、姿を隠すのが上手いの』
アイノコとは合いの子という事だろうか? どうやら探している人は精霊と人の混血らしい。そこでふと思い当たる。
アーサーの仲間になるキャラクターの中に精霊との混血で四属性使いの魔法使いがいた。何故か今の今まですっぽ抜けていたが、今から会おうとしている人間はアーサーにも関わる人間だ。
朧げながら思い出して来た記憶を振り返るに、どうにもアクの強そうな男だった筈…。
急に不安になっている俺を他所に、モモは迷わず中庭にある茂みに向かう。何もない、ただの行き止まりにしか見えなかった。
「本当にここにいるのか……?」
『ノアには見えないから少しだけ私の目を貸してあげる』
そう言って俺の顔の方に飛んで来たモモが俺の額にキスを落とす。柔らかな感触はすぐに離れ、一瞬だがぐらりと視界が揺れた。
軽く頭を振ってからモモが先程指し示していた場所を見てみれば、何やら景色が歪んで見えるではないか。
『アイノコはこの先にいるのよ。いっつも引き篭ってるからノアだけじゃ見つけられなかったの』
「これは……?」
『精霊の力で作った場所なの。入ってみれば分かるわ』
そのままモモは空間の揺らぎに触れる。途端にその姿が溶けるようにして消えた俺は大いに驚いた。
リフキンド家は魔法に優れた一族で、古今東西の魔法について調べてきたが、こんな魔法は見た事も聞いた事もない。未だに開く事もしていないあの黒革の本になら書いてあるのだろうか。
俺が強くなる為には魔法を極める必要がある。魔法使いの戦いでネックなのは強い魔法ほど詠唱時間が長い事だ。その詠唱時間を短縮、或いはすっ飛ばす事が出来ればもっと戦い易くなる。
唾を飲んで覚悟を決めた俺は、恐る恐る揺らぎに手を伸ばすのだった。
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