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投石の坂

霧(きり)の中(なか)に入(はい)るとすぐに右手(みぎて)、街道(かいどう)の北側(きたがわ)の斜面(しゃめん)の方(ほう)からイヌ科(か)の動物(どうぶつ)たちのけたたましい咆哮(ほうこう)がそこかしこから聞(き)こえてくる。それと同時(どうじ)に、まるで雹(ひょう)でも降(ふ)って来(き)たかのように「ヒュンッ」という風切(かざき)り音(おと)が無数(むすう)に聞(き)こえ始(はじ)める。音(おと)の方向(ほうこう)から一行(いっこう)の右手(みぎて)である街道(かいどう)の北側(きたがわ)の山(やま)の斜面(しゃめん)から投石(とうせき)されていることは確(たし)かだろう。


雷蔵(らいぞう)は視界(しかい)を奪(うば)われた状態(じょうたい)からの投石(とうせき)攻撃(こうげき)から頭(あたま)を守(まも)るために、右腕(みぎうで)で頭(あたま)の右側面(みぎそくめん)を覆(おお)う。右(みぎ)の二(に)の腕(うで)につけられた小手(こて)だけが頭(あたま)への致命傷(ちめいしょう)を防(ふせ)ぐ唯一(ゆいいつ)の守(まも)りだ。それでも直撃(ちょくげき)すればそれなりに痛(いた)いし、腕(うで)の方(ほう)は鎧(よろい)の保護下(ほごか)にないために大(おお)けがをする。厚手(あつで)の直垂(ひたたれ)を着(き)ているとはいえ固(かた)い防具(ぼうぐ)で投石(とうせき)の打撃力(だげきりょく)を拡散(かくさん)しているわけではないので、相当(そうとう)な痛(いた)みを経験(けいけん)することになるだろう。


素早(すばや)く急坂(きゅうはん)を下(お)りていかなければならないのに、ほとんど前後左右(ぜんごさゆう)が見(み)えない状態(じょうたい)であり、高速道路(こうそくどうろ)なら通行止(つうこうど)めになるほどの濃霧(のうむ)だ。手(て)を伸(の)ばした先(さき)すらほとんど見(み)えない中(なか)で受(う)ける投石(とうせき)からは身(み)を守(まも)る術(すべ)が限(かぎ)られるうえに、反撃(はんげき)の術(すべ)は全(まった)くない。だが、濃霧(のうむ)で雷蔵(らいぞう)たちの位置(いち)を正確(せいかく)に特定(とくてい)できないのは攻(せ)め手(て)の方(ほう)も同(おな)じで、どうやら、敵(てき)は闇雲(やみくも)に投石(とうせき)しているようだった。


雷蔵(らいぞう)の前方(ぜんぽう)1間半(けんはん)から2間(けん)ほどの距離(きょり)から「キンッ!キンッ!」と硬質(こうしつ)の金属(きんぞく)で固(かた)いものを弾(はじ)く音(おと)が聞(き)こえてくる。辰(たつ)の神(かみ)が横刀(おうとう)で石礫(いしつぶて)を弾(はじ)いている音(おと)だ。辰(たつ)の神(かみ)は実際(じっさい)に神(かみ)なので、心眼(しんがん)で敵(てき)の位置(いち)も投石(とうせき)の軌道(きどう)や位置(いち)もすべて把握(はあく)できる。それゆえの神業(かみわざ)だ。まあ、神(かみ)が行(おこな)う技(わざ)なのだから神業(かみわざ)で当然(とうぜん)なのだが、それを言(い)うなら神技(しんぎ)の方(ほう)が適切(てきせつ)だろう。しかし、ただの人間(にんげん)がそれを行(おこな)ったならまさに神業(かみわざ)と言(い)える。


当然(とうぜん)ながら、敵(てき)は音(おと)が鳴(な)る方(ほう)に石礫(いしつぶて)を集中(しゅうちゅう)させ始(はじ)めるので、辰(たつ)の神(かみ)の迎撃音(げいげきおん)は次第(しだい)に剣戟(けんげき)だけでなく、鎧(よろい)で受(う)ける鈍(にぶ)い打撃音(だげきおん)も含(ふく)まれ始(はじ)めた。鎧(よろい)で受(う)けるようになってくると、さすがの辰(たつ)の神(かみ)であっても「痛(いた)っ!流石(さすが)に痛(いた)いであるな」とこぼすようになってくる。だが、辰(たつ)の神(かみ)に敵(てき)の攻撃(こうげき)が集中(しゅうちゅう)しているおかげで雷蔵(らいぞう)に石礫(いしつぶて)が飛(と)んでこなくなってきていることもまた事実(じじつ)。雷蔵(らいぞう)は心(こころ)の中(なか)で辰(たつ)の神(かみ)に手(て)を合(あ)わせて詫(わ)びた。


そんな時(とき)、雷蔵(らいぞう)の左腕(ひだりうで)に縋(すが)りついていた琵琶姫(びわひめ)が突如(とつじょ)雷蔵(らいぞう)から離(はな)れ、雷蔵(らいぞう)の前方(ぜんぽう)に自分(じぶん)の羽衣(はごろも)の領巾(ひれ)を振(ふ)り飛(と)ばしてたなびかせた。すると、「パンッ!パンッ!パンッ!」という堅(かた)い膜(まく)に硬(かた)い物(もの)が当(あ)たるような音(おと)とともに雷蔵(らいぞう)の目(め)の前(まえ)に小(ちい)さな石(いし)が幾(いく)つか落(お)ちる。それと同時(どうじ)に、彼女(かのじょ)が雷蔵(らいぞう)の斜(なな)め前方(ぜんぽう)に出張(でば)って来(き)た。一瞬(いっしゅん)だけ見(み)えた彼女(かのじょ)の横顔(よこがお)には憤怒(ふんぬ)の激情(げきじょう)が表(あらわ)れていたのだった。


雷蔵(らいぞう)の前方(ぜんぽう)に出(で)た琵琶姫(びわひめ)は激怒(げきど)に震(ふる)える声(こえ)で「許(ゆる)すまじ!!」と叫(さけ)ぶや、背中(せなか)から巨大(きょだい)な龍(りゅう)の頭(あたま)を出(だ)すと、その鎌首(かまくび)は彼女(かのじょ)の頭上(ずじょう)に持(も)ち上(あ)がるなり巨大(きょだい)な顎(あご)をくわっと大(おお)きく開(ひら)き、猛烈(もうれつ)な吐息(といき)を噴(ふ)き出(だ)し始(はじ)めるのだった。それは、吐息(といき)と言(い)うのは生(な)ぬるいものだったと言(い)えよう。それは明(あき)らかに暴風(ぼうふう)だった。雨氷(うひょう)交(ま)じりのその暴風(ぼうふう)は霧(きり)を吹(ふ)き飛(と)ばしつつその首(くび)を前方(ぜんぽう)から右手(みぎて)の街道(かいどう)の北側斜面(きたがわしゃめん)に向(む)かって回(まわ)っていき、雷蔵(らいぞう)の斜(なな)め後(うし)ろ方向(ほうこう)にまで雨氷(うひょう)交(ま)じりの暴風(ぼうふう)を放(はな)っていく。


龍(りゅう)の首(くび)が動(うご)くにつれて、その暴風(ぼうふう)は竜巻(たつまき)となって斜面(しゃめん)に生(は)える木々(きぎ)の間(あいだ)をかき回(まわ)していくと、樹上(じゅじょう)で石礫(いしつぶて)を投(な)げつけていた猿(さる)たちと、猿(さる)たちの後方(こうほう)で濃霧(のうむ)の妖術(ようじゅつ)を操(あやつ)っていた数匹(すうひき)の狐(きつね)が雨氷(うひょう)に切(き)り刻(きざ)まれながら吹(ふ)き飛(と)ばされていくのだった。妖狐(ようこ)たちが気絶(きぜつ)すると同時(どうじ)に濃霧(のうむ)が次第(しだい)に霧散(むさん)していくと、致命傷(ちめいしょう)を免(まぬが)れた猿(さる)たちは我先(われさき)にと山上(さんじょう)に向(む)かって逃(に)げており、その後(あと)を軽傷(けいしょう)の猿(さる)たちがよろよろと追(お)いかけていくのが見(み)えてきた。そして、重傷(じゅうしょう)を負(お)った猿(さる)たちは絶望(ぜつぼう)の表情(ひょうじょう)で斜面(しゃめん)から転(ころ)げ落(お)ちてきており、重体(じゅうたい)の猿(さる)たちはまるで死(し)んだかのようにずるずると滑(すべ)り落(お)ちてきたのだった。

今回、誤字・表記ゆれは見当たりませんでした。全文にルビを振ります。

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なお、句点抜けの箇所(「木々の間をかき回していく、樹上で」)は「木々の間をかき回していく。樹上で」に修正しております。

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