↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷蔵伝・魔境奇譚  作者: まろやかポン酢風味
比叡山麓縦断
PR
56/73

下戸の夕餉

神職(しんしょく)は食事(しょくじ)の前(まえ)に汗(あせ)を流(なが)すように強(つよ)く求(もと)めてきた。それはそうだ、朝(あさ)から歩(ある)き通(どお)しな上(うえ)にこの登山(とざん)である。人間(にんげん)である雷蔵(らいぞう)ならいざ知(し)らず、辰(たつ)の神(かみ)も汗(あせ)まみれである。むさ苦(くる)しい男(おとこ)二人(ふたり)が汗臭(あせくさ)い臭気(しゅうき)を放(はな)っているのだから風呂(ふろ)を勧(すす)められもしよう。是非(ぜひ)もなく雷蔵(らいぞう)は風呂(ふろ)を頂(いただ)くことにし、神職(しんしょく)に案内(あんない)される。ところが、いつの間(ま)にか人(ひと)の姿(すがた)に戻(もど)った子(ね)の神(かみ)と戌(いぬ)の神(かみ)は本殿(ほんでん)に行(い)くと言(い)い出(だ)したので別(べつ)の神職(しんしょく)が奥(おく)に行(い)くと宮司(ぐうじ)が出(で)てきて対応(たいおう)することになった。彼(かれ)は灯火(とうか)を用意(ようい)して二柱(ふたはしら)を本殿(ほんでん)まで案内(あんない)した。一方(いっぽう)、辰(たつ)の神(かみ)は「其(そ)の方(ほう)の背中(せなか)を流(なが)そうぞ」と言(い)って雷蔵(らいぞう)と共(とも)に風呂(ふろ)に行(い)くのであった。


この時代(じだい)の風呂(ふろ)といえば蒸(む)し風呂(ぶろ)であり、汗(あせ)を流(なが)したら垢(あか)すりで体(からだ)をこすって垢(あか)を剥(は)がし、湯水(ゆみず)で流(なが)すものだったことだろう。背中(せなか)を流(なが)すのは一人(ひとり)だと骨(ほね)が折(お)れるので、背中(せなか)を洗(あら)ってくれる人(ひと)がいるのはありがたいことだ。相手(あいて)は人(ひと)ではないが。お互(たが)いの背(せ)を流(なが)しながら親睦(しんぼく)を深(ふか)める。道(みち)すがらの出来事(できごと)や町(まち)や村(むら)の風物(ふうぶつ)などについて語(かた)ったりしながら心(こころ)の垢(あか)も落(お)とす。そうして風呂(ふろ)から上(あ)がった一人(ひとり)と一柱(ひとはしら)は、二人(ふたり)の女性(じょせい)とすれ違(ちが)う。一人(ひとり)は琵琶姫(びわひめ)だったが、もう一人(ひとり)の壮年(そうねん)の女性(じょせい)は何処(どこ)かで会(あ)ったような気(き)もするが良(よ)く思(おも)い出(だ)せない。「いつも共(とも)に居(い)たと言(い)うのに、薄情(はくじょう)じゃのぅ」と言(い)う声(こえ)と話(はな)し方(かた)で狗神(いぬがみ)と気付(きづ)いた雷蔵(らいぞう)は気(き)まずそうに「失礼(しつれい)致(いた)した」と詫(わ)びるが、彼女(かのじょ)は追(お)い打(う)ちをかけるように「我(われ)のあられも無(な)き姿(すがた)まで見(み)ておいて忘(わす)れ給(たま)うとは」と言(い)うと大(おお)げさにオヨヨヨと嘘泣(うそな)きをする。


「戯(たわむ)れが過(す)ぎるぞ野良犬(のらいぬ)!」と琵琶姫(びわひめ)が窘(たしな)めた所(ところ)で彼女(かのじょ)の小芝居(こしばい)は終幕(しゅうまく)となった。それから、琵琶姫(びわひめ)はいたずらっぽい上目遣(うわめづか)いで「覗(のぞ)きたもうな」と言(い)いながら雷蔵(らいぞう)の胸(むね)を左手(ひだりて)の人差(ひとさ)し指(ゆび)で押(お)す。そう念(ねん)を押(お)す様(よう)に言(い)う琵琶姫(びわひめ)に「勿論(もちろん)でござる」と答(こた)えた雷蔵(らいぞう)だったが、狗神(いぬがみ)はクスクスと笑(わら)いながら琵琶姫(びわひめ)に向(む)かって「あれは朴念仁(ぼくねんじん)ぞ」と言(い)いつつ雷蔵(らいぞう)に流(なが)し目(め)を送(おく)りながら琵琶姫(びわひめ)と連(つ)れ立(だ)って風呂場(ふろば)に入(はい)って行(い)く。風呂(ふろ)の戸(と)を締(し)める直前(ちょくぜん)、琵琶姫(びわひめ)は雷蔵(らいぞう)の背(せ)なかに視線(しせん)を送(おく)るが、雷蔵(らいぞう)が彼女(かのじょ)の視線(しせん)に気(き)づくことはなかった。


神前(しんぜん)に供(そな)えるものしか無(な)いと断(ことわ)って神職(しんしょく)は食前(しょくぜん)に御神酒(おみき)を勧(すす)めてくる。辰(たつ)の神(かみ)は「結構(けっこう)結構(けっこう)」と嬉(うれ)しそうに景気(けいき)良(よ)く飲(の)み干(ほ)すが、雷蔵(らいぞう)は下戸(げこ)であるため困(こま)ってしまった。それでも「あ、、、有難(ありがた)き幸(しあわ)せ」と緊張(きんちょう)しながら御神酒(おみき)を頂(いただ)く。いつも酒席(しゅせき)で雷蔵(らいぞう)は馬鹿(ばか)にされるので、酒(さけ)には苦手(にがて)意識(いしき)しかなかったのだった。「武士(ぶし)でありながら酒(さけ)も飲(の)めぬとは!」と窘(たしな)められるのが精神的(せいしんてき)に堪(こた)えるのだ。雷蔵(らいぞう)は甘酒(あまざけ)でも顔(かお)が真(ま)っ赤(か)になるくらいであるのに、まして、清酒(せいしゅ)はとてもきつくて無理(むり)だった。だが、せっかく出(だ)してもらったものに口(くち)を付(つ)けないのも失礼(しつれい)になるし、辰(たつ)の神(かみ)も見(み)ているので飲(の)まざるを得(え)ない。目(め)をぎゅと瞑(つむ)った雷蔵(らいぞう)は、噎(む)せながらなんとか御神酒(おみき)を飲(の)み切(き)ると、それを見計(みはか)らったかのように膳(ぜん)が運(はこ)ばれてきた。


酒(さけ)でフラフラになってきたために、雷蔵(らいぞう)は箸(はし)がおぼつかなくなってきてしまった。もう食事(しょくじ)どころではなくなり始(はじ)めたところ、琵琶姫(びわひめ)たちが風呂(ふろ)を済(す)ませて食事(しょくじ)の間(ま)に入(はい)ってきた。琵琶姫(びわひめ)はなんだかちょっと拗(す)ねている感(かん)じで、狗神(いぬがみ)がニヤニヤしながら琵琶姫(びわひめ)の様子(ようす)を楽(たの)しんでいるようだった。ところが、二柱(ふたはしら)は雷蔵(らいぞう)が酔(よ)っているのを見(み)て慌(あわ)てて介助(かいじょ)に入(はい)る。


琵琶姫(びわひめ)は『此処(ここ)は私(わたし)の指定席(していせき)』とばかりに雷蔵(らいぞう)の左側(ひだりがわ)に座(すわ)るが、その右側(みぎがわ)には狗神(いぬがみ)がドスンと腰(こし)を下(お)ろす。そして、「のう?朴念仁(ぼくねんじん)であろう?」と琵琶姫(びわひめ)に語(かた)りかけながらふらつく雷蔵(らいぞう)の体(からだ)を支(ささ)える。琵琶姫(びわひめ)はそんな狗神(いぬがみ)を尻目(しりめ)に雷蔵(らいぞう)の右手(みぎて)から箸(はし)をひったくり、自分(じぶん)の左手(ひだりて)に持(も)つと甲斐甲斐(かいがい)しく雷蔵(らいぞう)に給餌(きゅうじ)し始(はじ)めた。暫(しばら)くして琵琶姫(びわひめ)は楽(たの)しくなってきたらしく、ふらつく雷蔵(らいぞう)に「ほうれ、お口(くち)を開(あ)け給(たま)え、よちよち、良(よ)き哉(かな)良(よ)き哉(かな)」などと赤子(あかご)に離乳食(りにゅうしょく)でも食(た)べさせる母親(ははおや)のように振(ふ)る舞(ま)い始(はじ)めるので、酒(さけ)を飲(の)みかけていた辰(たつ)の神(かみ)は吹(ふ)きそうになって慌(あわ)てて口(くち)をふさいでしまったために噎(む)せ込(こ)み、狗神(いぬがみ)はそれを見(み)てケラケラと笑(わら)うのだった。

以下3点の誤字を自動修正しました。


**自動修正した箇所**

- 「汗臭い臭気を放っていきるのだから」→「汗臭い臭気を放っているのだから」(誤字)

- 「神前に備えるものしか無い」→「神前に供えるものしか無い」(誤字:備える→供える。神への捧げ物の意)

- 「琵琶姫いたずらっぽい上目遣いで」→「琵琶姫はいたずらっぽい上目遣いで」(助詞「は」の脱字)


全文にルビを振ります。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【読者様へのお願い】
作品を楽しんでいただけたら、ブックマークや下部の評価受付から応援をよろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。