比叡山南西路
少し寒気がしてブルっと震えた雷蔵は目を覚ます。覚醒した彼に向かって狗神が嘯く「あれはいくつになっても小娘のままよ」と。言われてみると、穴の外からははしゃいでいる少女の声が聞こえる。昨夜は山犬たちと野犬たちが共同で捕って来たという山鳥と茸の水炊きだったが、それが残っている。とはいえ、彼女がそれではしゃぐわけがない。「今朝も世話になり申した」と狗神に礼を述べた雷蔵は、前かがみで穴から出ると、「雷蔵、どうじゃ?綺麗であろう?」と琵琶姫が山鳥の羽を束ねて手に持ちながら振り回していた。
着飾ることに疎い雷蔵は「見事な羽でござるな」と応えるのが精いっぱいだった。彼女の向こう側では戌の神が汁椀に肉と茸とみそ汁を注いでおり、辰の神はいつの間にか雷蔵の水筒をもって小山の下から上がってきた。「そこもとの水筒に水を汲んでおいたのである」と言って水筒を雷蔵に渡してきた。すると、雷蔵の背後で穴から出てきた狗神を山鳥の羽で飾り付け終わった琵琶姫が「そこもとの食べる握り飯を持ってきたのである」と辰の神の声真似をしながら雷蔵の左わきにやって来て、彼のことを戌の神の傍らまで連れて行くと座らせた。
それを見計らうかのように戌の神が汁椀を渡してきたので、雷蔵はそれを受け取る。「頂戴いたす」と礼を述べてから汁を少し啜ると、懐から取り出した箸で具を食べる。すっかり味がしみ込んだ鳥肉と茸の味噌汁は滋味に溢れ、彼の英気を養った。琵琶姫から渡された握り飯を食べ終え、みそ汁のお代わりを頂いた後、出発となった。
小山の南の急峻な斜面の獣道を、笹や低木の茂みにつかまりながらおっかなびっくり降りていく。ある程度降りていくと山麓の棚田の農道に出る。この辺の農村の道路は、農道なのか、あぜ道なのか、村を繋ぐ連絡路なのか、ただの地元の生活道なのかわかりにくい。棚田に沿った曲がりくねった農道をひたすら南方面へと歩き続ける。山から下りてくる冷たい風が骨身にしみる。舗装された道路ではないので、そこに雪が軽く積もっているだけでぬかるんで歩きにくい。わらじで進むにはかなり厳しい道行となる。
日が湖面の上に明々と照らされる頃、大宮川の河辺では人足たちが川岸に寄せられている船に荷物を載せたり降ろしたりする姿が遠目に見えてきた。その様子を眺めながら最初の休憩をとる。休憩を終えると渡河することになるが、さすがは水運の町である。一町ほど進むとまた川があり、そこも狗神や戌の神たちが神通力で臨時に作った石畳の橋を利用して渡河する。そして、そのまま南下した一行は日吉大社の参道入り口前を横切り、さらにその先にある少し広めの川を渡ると、農村を繋ぐ生活路を道なりに進んだ。
比叡山の南西に差し掛ったところで一行の前に神職の男が現れて一礼すると「当社の祭神が昼餉を供すと申しております」と出迎えてきた。辰の神は「ほう、良い心がけであるのう」と言うと、子の神が「我らの旗頭の腹の虫もなっておるわい、甘えるとしよう」と述べ、戌の神は「忝なく候」と一礼を返すのだった。こうして一行は高穴穂神社に立ち寄ることになった。
東屋のように見える古の拝殿は厳かだったが、ふきっさらしであるためそこでは休めない。雷蔵が拝殿で拝礼して謝辞を述べると、神職に社務所に案内された。そこで雷蔵たちは昼餉をいただくのだったが、干支の神々は祭神に会ってくると言って昼餉を取らずに本殿に向かった。三柱が本殿に入っていくと、神職たちは本殿に四膳の食事を運び込んでいった。
1点、確認させてください。
**Q1.** 「琵琶姫が『そこもとの食べる握り飯を持ってきたのである』と辰の神の声真似をしながら」の部分。琵琶姫が辰の神の口調を真似ている演出ですが、直前の辰の神の台詞は「そこもとの水筒に水を汲んでおいたのである」です。
- A. 原文のまま活かす(辰の神の「〜である」口調を真似た冗談として自然)
- B. その他のご指定
なお、以下3点は明確な誤字のため自動修正しました。
- 「神通力で臨時に作ったの石畳の端」→「神通力で臨時に作った石畳の橋」(助詞「の」の衍字、および誤字:端→橋)
- 「少し広めの川と渡ると」→「少し広めの川を渡ると」(助詞:と→を)
- 「祭神にあってくると言って」→「祭神に会ってくると言って」(誤字:あって→会って)
A/Bでお答えください。
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1.A.琵琶姫がお茶目に辰の神の口調を物まねしています。彼女は結構朗らかな性格です。
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承知しました。琵琶姫のお茶目な性格の表現としてそのまま活かします。全文にルビを振ります。
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