棚田の農道
仰木のなだらかな起伏の台地の上には無数の溜め池と棚田があり、数件の農家の母屋と納屋が点在していた。疲れを知らぬ琵琶姫はまるで子供のようにはしゃぎ、山犬や野犬たちと冬の田の上を走り回っていた。そんな彼女の元気な様子を尻目に、甲冑姿で台地の高低差を行軍してきた雷蔵は疲れを感じ始めていた。だが、幸いにこの地域はそこいら中に綺麗な湧き水があるため、水に事欠くことはなかった。水が豊富であることから、辰の神は少し機嫌が良さそうだった。
台地に上がりきったところから南へおよそ1里ほど距離の間の台地の上にびっしりと敷き詰められたような棚田の曲がりくねった農道を歩くと、途中に御呂戸川がある。仰木の扇状台地に敷き詰められた棚田に水を供給する台地の上の小川は冬で水量が減っているのでまたぐようにして渡り、そのまま棚田沿いにくねくねと南下するとほどなくして下り坂に入り、雄琴川が横切る河原に降りる。水量の多い雄琴川は冬でも豊かな水量を誇り、狭いのに深い水深は渡し船なしでは渡れない。だが、雄琴川中流域に渡し船などあるはずもなく、川幅が狭いので船で移動するほどでもない。
犬たちが下流側で吠えるので行ってみると、そこには木が川をまたいで対岸に倒れており、しかも、明らかに人為的に具合よく枝刈りされていて、丸太橋として最適な状態になっていた。雷蔵の一人旅だったら川を渡る術をすぐに見つけ出せず困っていたことだろう。「よくよく犬どもは人の役に立つであるな」という辰の神に同意する雷蔵だった。
倒木の丸太橋を渡って勾配がきつめの道を上がると見える、なだらかな上り下りがある農道の両脇にびっしりと連なる棚田に植わる大麦畑の光景は圧巻であった。日が高くなってくると、農民たちが畑の様子見に来ている姿もちらほら見かけるようになってきた。狭い農道なのに琵琶姫が左側で雷蔵の腕をつかみ、その反対側には異常に大きな古来種の紀州犬である狗神がのしのしと歩く珍妙な光景があったが、農民たちは『今朝は人通りが多いな』くらいにしか思っていなかったことだろう。
直線だとそれほど遠くなくても、斜面に沿って作られた棚田沿いの曲がりくねった道を進むとかなりの距離になる。棚田沿いなので傾斜はそれほどきつくないにしても上り下りがあるのでかなりの道筋になる。途中数回湧き水のそばで休憩し、何度か光る団子をもらって腹ごしらえして進むが、棚田か田を作れなかった小高い場所くらいしかないのでゆっくりできる場所もなく、あまりにも似たような光景が続くので琵琶姫は棚田を見飽きてしまったようだ。山犬や野犬たちは大麦が植わった棚田を走りつつ、適宜野ネズミなどを捕えて食べたりしていたようだが、雷蔵はそうもいかない。
曲がりくねった田んぼ道を歩き疲れると同時に日が西の山陰に落ちてしまい、辺りは急激に暗くなっていく。雷蔵たちの方に振り返り「そろそろ野営の支度をした方がよいであろう」と言う辰の神の言に救われるような思いの雷蔵だった。その時、すっと先行し始めた狗神は、小高いところから下りてきた山犬たちと何やらやり取りをする様子を見せた後、雷蔵の傍まで来て、この先の小高い場所に野営できそうな場所があると言ってきた。
正直言って上り坂はもう勘弁してほしかった雷蔵だが、そんなわがままを言うわけにもいかず『行軍とはこのようなものよ』とばかりに気合で歩く。そうして坂道を少し行くと、木の陰で真っ暗になっているところから土くれがバッサバッサと噴き出していた。雷蔵たち一行が到着する頃には、顔中泥だらけになった狗神が木陰から現れて「急ごしらえだが致し方あるまいよ」と言い、ついて来いと言わんばかりに踵を返して進むので、雷蔵は彼女の後についていく。すると、そこには急斜面に穿たれた土の匂いがする洞穴があった。
1点、確認させてください。
**Q1.** 「細いのに深い水深は渡し船なしでは渡れない」の「細いのに」の部分。文脈上「川幅は狭いが水深は深い」という趣旨と思われ、直後の段落にも「川幅が狭いので」という記述があります。
- A. 「狭いのに」の誤字と考え「狭いのに深い水深は」に修正
- B. その他のご指定
A/Bでお答えください。
なお、以下2点は明確な誤字のため自動修正しました。
- 「御呂戸川がある。仰木の扇状台地に敷き詰められた棚田に水を供給する台地の上の小川」→文法上問題なし、そのまま活かしています
- 「田んぼ道に歩き疲れると同時に」→「田んぼ道を歩き疲れると同時に」(助詞:に→を)
- 「その時、すっと先行し始めた狗神は、小高いところから下りてきた山犬たちと何やらやり取りをする様子を見せた後雷蔵の傍まで来て」→「その時、すっと先行し始めた狗神は、小高いところから下りてきた山犬たちと何やらやり取りをする様子を見せた後、雷蔵の傍まで来て」(読点の脱字)
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1,A.
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修正を確定しました。全文にルビを振ります。
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