近江富士の麓《おうみふじのふもと》
川の上流は大きな石や岩の上を飛び石代わりにして川を渡ることができるが、寺山と石部台地の間は比較的狭いために野洲川の流れはここで一本にまとまる、増水して流れも早い土砂混じりの川を渡ることは自殺行為に等しい。当然、船で渡ることもできない。川には未だに上流から流れ落ちてきた流木や大きな石や岩が混ざっているからだ。わざわざこんな場所に橋を架けて渡るくらいなら、もっと下流の浅い三角州の中を膝まで泥に浸かって渡るか、渡し船で渡るほうが良い。とはいえ、増水している今は近隣の百姓たちが小遣い稼ぎでやっている渡し船も休業中である。彼らとて命が惜しいのだ。だが、守備隊の偵察部隊に見つかれば早晩大軍が渡し船を通してこちら側に渡ってくるか、上流の浅いところを雷蔵と同じく飛び石で渡ってくる可能性がある。見つからないように通り過ぎるのが吉である。幸い、寺山の北側には近隣の丘陵と隔たれた場所があり、その峡谷を通れば近江富士の麓の御上神社まで行くことができる。
雷蔵は土石流を凌ぎきってなお立っている柳や、その周辺の葦の茂みなどに身を隠しながら山際の木立へと慎重に移動していく。村人が使っているであろう生活道路を通ることは憚られる。開けたところは幕府の偵察部隊にすぐに見つかるからだ。雷蔵が武装していなければ何食わぬ顔で道を行くことができたであろうが、生憎、彼は先程化け狐たちと死闘を繰り広げたあとでもあるのだ。もし彼らに見つかれば、彼らは間違いなく勝部の本隊に報告をすることだろう。そうなれば、敵軍は川上と川下に軍を展開して雷蔵を挟み撃ちにするであろうことは容易に想像できる。午の刻を過ぎ、空腹を覚えながらも雷蔵は山際の木立の間をのろのろと進みながら寺山の北側を目指す。幕府の偵察部隊の姿が寺山の裾に隠れて見えなくなった頃、雷蔵は山間の平地を抜けて寺山の北側に到着した。
少し小高くなっている土地の坂を登りきる直前から北東方面に見事な眺めの山が見えてくる。「近江富士」とも呼ばれている三上山だ。目的地である御上神社はその山の西の麓にある。雷蔵は坂を下ると山間の短い平地を通って近江富士山麓にある山裾の道の木立の中を用心深く進む。木陰から様子を窺うと、石部の偵察部隊は上流の方に向かおうとしている様子だったので、そのまま山裾を北西方面に進む。しばらくすると、田んぼに囲まれた林が見えてくる。そこがヤタに言われた場所であることは明白だった。騒々しいほどのカラスたちの鳴き声と言うか、喧騒が聞こえてきたからだった。なんだかホッとするような気がしたが、三角州のはるか先の方には勝部の陣屋があるので油断はできない。神社の林の影で敵陣が見えなくなるまで山裾の木立の中を進むのだった。
修正した箇所を先にご報告します。
**自動修正した箇所**
- 「比較的に狭い」→「比較的狭い」(副詞「比較的」の後に「に」は不要という確定ルールに基づく修正)
- 「三角洲」→「三角州」(誤字:洲→州)
- 「御山神社」→「御上神社」(表記ゆれ:既出の「御上神社」に統一)
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なお、句点抜けの箇所(「休業中である、彼らとて」)は「休業中である。彼らとて」に修正しております。
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修正した箇所を先にご報告します。
**自動修正した箇所**
- 「午のコクを過ぎ」→「午の刻を過ぎ」(誤字:カタカナ表記を漢字に統一)
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なお、句点抜けの箇所(「報告をすることだろう、そうなれば」)は「報告をすることだろう。そうなれば」に修正しております。
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今回は誤字・表記ゆれは見当たりませんでした。全文にルビを振ります。
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