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第九話 空の鳥籠

片隅にはまるで取り残されたようにぽつんと棚が置いてある。


観音開きの扉には、細やかな花鳥風月が施されていた。光が触れると、彫られた鳥がこちらを振り返ったように見えた。


取手に指をかけてそっと開く。


中には書物が積み重なり、闇の中でうず高く息を潜めていた。


光を掌から棚の奥へと急いで滑り込ませる。


雑然と積まれた書物たち。

持ち上げた本の隙間からは古びた紙の匂いが漂う。


擦り切れた本の表紙を順に辿る。


違う。

隣の束に移る。


違う、違う。

(どこだ)


ここに絶対あるはずなんだ。

あれは、必ず母の死の手掛かりになる。


期待と不安で呼吸が浅くなる。

祈るような気持ちで書物の束を次々と漁る。


しばらくして、目当ての文字が視界に入った。


(あった!)


あれは十年前だ。


十七。

十六。


(違う)


もっと下だ。

もっと下。


気持ちがはやる。

息をするのも忘れ、必死に目指す年数を辿る。


胸の内の焦りが指先にまで滲み、指が思うように動かない。紙の端を掴むたび、微かに震えが走る。


ぎ、


ぎい――


扉の軋む音が、静寂を裂いた。


反射的に振り返る。

音と共に扉の方から細い光の筋が真っ直ぐに差し込んでいた。


(まっ…まずい)


棚に灯していた光へ素早く息を吹きかける。

淡い光は消え、闇へと戻る。

そのまま身を低くし、物陰へと身を滑らせた。


呼吸を限界まで潜ませる。

心臓の音だけがどくどくとやけに耳に響いた。


扉の隙間から差し込む細い光が、誰かの影を床に落とす。


その瞬間、腹の奥が、ぎゅんと締め上げられた。


この冷たい気配。


(まさか…)


嫌な予感が胸の奥に湧きあがる。

腹は、白雨にだけ異様に騒つく。


もしかして――

白雨なのか…


こつん。


乾いた足音がやけに響く。


こつん。


確実にこちらへと近づく。


見つかれば…

籠神に戻される。

いや、牢に入ってもおかしくない。


こつん。


(神様…)


背筋を冷たい気配が撫でた。

知っている。

この空気…

音もなく、氷の刃がじわりと突き立てられるような感覚。


足音が止まる。


(ここまでか)


(……)


がさっ


心臓が、喉まで跳ね上がる。


闇の中で何かが擦れる音。


瞬間、咄嗟に口に手を充てる。

喉がひりつき、息が漏れそうになるのをこらえた。


がさがさと音だけが響き渡る。

物陰からそっと、音のする方を覗き込んだ。


闇の中、提灯だけが丸く浮かんでいた。

その灯りで、長い影が床へと伸びる。

ゆらゆらとこちらまで届きそうだ。


どのくらい経ったのだろう。

寸秒が永遠のように長く感じた。

影が過ぎ去るのを、ただ待つしかなかった。


やがて、影が遠ざかっていく。

影の手には、鳥籠。


がしゃん


鈍い音と共に扉が閉じられた。

微かな光が消え、完全な暗闇が戻る。


はあ――


耐えていた息を大きく吐き出した。

鼓動はまだ早鐘のようだ。


(危なかった)

一気に全身の力が抜け、安堵が巡る。


こんな所に長居はできない。


棚まで戻り、急いで目的の一冊を抜き取ると、懐に滑り込ませた。


(よし、完璧だ)


音を殺し、扉までにじり寄る。

腹は、静かだ。


奥殿から出ると、足早に部屋へ向かった。


(早く、戻らないと)


あそこを曲がれば部屋だ。

角を曲がる。


そこに、人影があった。

一瞬、息が止まる。


(誰だ?)


「こよみ!」

先に声が飛んできた。


「どこ行ってたんだい!」

「…夕立さん」

「部屋に行ったらいないじゃないか。夜に屋敷をふらふらするんじゃないよ!」

「それは、その。ちょっと、散歩に…」


言い訳を並べながら、思わず口籠る。


夕立に散々怒られている間、腹はまだもぞもぞと違和感のある動きをしていた。


まるで、白雨がいる時のように。


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