第四話 入ってはいけない場所
屋敷に住んでいるのは、当主、嗣子の白雨、そして使用人は数えるほど。
夕立は歩きながらそう教えてくれた。
こんな広い屋敷なのにやけに少ないな。
保管しているモノを考えれば妥当か?
いや、あれだけの結界だ。
先ほどの結界が頭をよぎる。
人間より確実だな。
「さあ、ここがお前の部屋だよ」
夕立はそう言って襖をトンと開けた。
使用人が使うには綺麗な一人部屋だった。
大きな窓の前には机が置かれている。
「明日の朝から仕事だ。今日は疲れているだろうからもうお休み。後で食べるものを運ばせよう」
「ありがとうございます」
襖が閉まると同時に仰向けになる。
(疲れた!)
(しかし、あの結界。危ないとこだった)
白雨――気付いているな。
けれど、追及する気はなさそうだ。
軽く目を閉じる。
(気を付けなくては)
ここにきた理由を知られれば元も子もない。
確かめたいことがある。
(お前、何もするなよ)
腹に向かって釘を刺す。
先ほどまでの蠢きが嘘のように消えている。
(やけに静かだな…)
こんなこと、今まで一度もなかった。
動かない腹をそっとさすった。
熱もなく気配もない。
拗ねてるのか?
なんだか気味が悪い。
…まるで息を潜めてるみたいだ。
この静けさ、ただ拗ねてるだけではない。
一、ニ、三…
歩いて来た道をなぞり、結界を数え直す。
考えを巡らすうちに思考が朧げになる。
やがて、意識が途切れた。
目を覚ますと、そこには寝床が用意されていた。
机の上には食事が並んでいる。
白米、銀鱈、煮付け、汁物。
起こさないでくれたのか。
使用人相手にしては、ずいぶん手厚い。
きゅうと腹が鳴る。
そういえば、朝からほとんど食べていなかった。
(やっと落ち着いて食事が出来る)
「いただきます」
胸の前で手を合わせた。
美味しい。
お前も覚悟しろよ。
箸を動かしながら、軽く腹を撫でた。
腹が減っては戦はできない、からな。
「こよみ。起きてるかい?」
「はい。起きております」
「これから使用人頭の霧雨さんのところへ行くよ」
廊下を渡り、陽の殿へと向かう。
霧雨の部屋は当主のすぐ横にあった。
「霧雨さん、夕立です」
襖越しに声をかけると「どうぞ」と力強い声が返ってきた。
襖を開けると、穏やかな顔をした男が出迎えてくれた。日に焼けた肌に無駄のない身体つき。年の瀬は五十ほどだろうか。
「さあ、中に入りなさい」
部屋に通される。
「昨日は暗くてよく見えなかったが、美しい髪をしているね。初めてみたよ」
感心したように髪を見つめる。
跳ねた髪を慌てて手で整える。
「ありがとうございます」
「白子なのです。もし、見苦しければ被り物をしますので」
銀髪に白い肌。
事実、白子を気味悪がる者は多い。
今まで何度もそういう目を向けられてきた。
「何を言うんだ。そのままでいい」
「白子は神様の使いと云うが…いや、これほどまでに美しいとは」
神の使い、…柄でもない
頬が火照るのを隠すように目を伏せた。
褒められるのは、どうにも慣れない。
こんな時、どう返せばいいのか悩んでしまう。昔からこういうのは苦手だ。慣れる気配もない。
「霧雨さん。ほら、褒めるのはそのくらいにして」
夕立が呆れたように口を挟む。
「そうだ。仕事の話しだね」
「お前さん、使用人仕事はしたことがないだろう?」
「はい。ですが、教えていただければ何でもやります」
「そうだねえ。まずは掃き掃除、洗濯、あとは夕立さんの手伝いだ」
「それと、保管庫と奥殿側には絶対に近づいてはいけないよ」
霧雨の表情が急に険しくなる。
「使用人が入っていい場所じゃないからね」
「近づいたのがわかれば、お前はここに居られなくなる」
「いや、居られなくなるくらいならまだましだ」
厳しい声だが、脅しではないようだ。
「前にいた人なんてねぇ…」と夕立が遠くを見ながらぼやいた。
「承知しました」
相当に厄介なものを置いているということだ。
行く手段は考えておかないといけないな。
「わからないことがあればいつでも聞いてくれればいい」
そう言ってまた柔らかい表情に戻る。
夕立や霧雨をはじめ、皆とても親切だった。
いや、白雨だけは例外だ。
思ったより居心地が悪くない。
気付けば古神での暮らしに少し慣れ始めていた。
けれど、この屋敷の静けさには慣れない。
まるで何かが息を潜めているようだ。
…私を待ってるみたいに。




