第二話 古神の結界
見上げれば、ごつごつとした石階段が果てしなく続いていた。両脇には石の灯籠が連なる。
登るうちに日は傾き、段々と橙色に染まり、やがて空は何層もの色に包まれた。
頂上はまだ見えない。
息が少し重くなる。
長いな…
そう思った、その時。
かちっ。
最初は一つだけだった。
乾いた音が、やけに耳へ響いた。
かちっ、かちっ。
次の瞬間、両脇の灯籠が順に灯り始める。
一つ、また一つと灯りが灯されていく。
(やめろ…)
胸の奥がひりつき、嫌な騒めきが走った。
灯りはやがて一筋の線となり、向かうべき方向を示しているようだった。
足を止め、いつものように腹をさすった。
今日からは、好き勝手に動いちゃだめだ。
言い聞かせるように、腹を軽く叩く。
灯籠の灯りが答えるようにゆらゆらと揺れる。
腹の内側がちりりと熱くなり、僅かに歪む感触がした。
(そうか…)
初めての反応に戸惑いながら気付いた。
お前、行きたくないのか。
そう問いかけた。
頂上へ辿り着いた時には完全に日は沈んでいた。ふぅと息をつき、ゆっくり周りを見回す。
すぐ先には石の鳥居がある。
荒々しく、静謐な佇まい。
凄いな…
一礼し、そのまま鳥居をくぐった。
目の前には小川が流れる。
そこにかかる祓橋の上で足を止め、奥を見渡す。
ずっと奥には大鳥居。
手前には三つに連なる鳥居。
(ふーん)
妙な配置だな。
怖がりなのか、この一族は。
鳥居をくぐり抜け玉垣を越える。
灯籠の灯りがぽつんぽつんとあるだけで、周囲は闇だ。
風の音も木々の音もなかった。
静けさの中、砂利を踏みしめる自分の足音だけがやけに響く。
ざくざく…
ふっ――
灯籠の灯りが一つ、不自然にかき消える。
突然、釣り上げられるような痛みが腹を貫いた。
結界!!
空気が軋む。
同時に腹が一瞬大きく膨らんだ。
どうなってる!
膝からがくんと崩れ落ちる。
腹の奥がどくどくと波打ち、冷や汗が地面に滲んでいく。
息が…できない…
指を砂利の上に置く。
円を描こうとするが、指が震えて動かない。
視界が揺れている。
このままじゃ…
気力を振り絞り、無理やり円を描く。
描いた円がぽうっと光り始めた。
腹がドクンと大きく脈打つ。
(だめだ)
(出てくるな!)
円の光はゆっくり外へと広がっていく。
(早くっ)
やがて、光は薄れ徐々に消えていった。
…危なかった。
しばらく、その場に膝をついたまま動けずにいた。
呼吸の乱れがおさまると、やがて、腹の痛みも引き始めた。
感知型の結界でなければいいが…
ようやく立ち上がり、ぱんと服についた泥を払った。
腹の内側はまだ震えてるようだった。
(おい、大丈夫か?)
腹をさすると、うなづくように大きく凹んだ。
しかし、こんな強い結界を敷地内に張るなんて。
イカれてるだろ。
(下手をすれば死んでた)
顔を上げる。
遠くにぼうっと灯りが霞んでいた。
それを目印に、木々の間に続く参道を歩く。
今度はなんだ?
暗闇には丸い光が浮いていた。
それは規則的に揺れながらこちらへ近づいてくる。
人…?
「こちらへ」
古神の家紋が入った提灯を持つ女はそれだけ言った。
こちらも見ずにすたすたと前を歩き出す。
長い髪を一つに結った、柳腰の女。
腹の違和感を堪え、その背中を足早に追う。
やがて、闇の奥から屋敷が輪郭を現した。
入り口には、大きな提灯が二つ灯されていた。
屋敷の手前を小川が囲む。
拱橋を渡り、正面に降り立った。
御神木が左右から伸び、屋敷を覆い隠している。
思わず足を止め、暗闇の奥に目を向ける。
おびただしいのは…
結界だけじゃない、か。




