第十七話 ご褒美の黒い玉
翌朝、入り口の門扉を開けて外に出ると「おい、こよみ」といきなり声が掛かる。
誰だ?
一瞬、警戒する。
いや、この声は。
「約束の三貫を取りに来たぞ」
振り向けば、 正吉が生意気そうな顔をして立っていた。
「そんな所で待ってたのか?屋敷に入って来ればいいだろ?」
「こんな…こんな大きなお屋敷、入りづらいだろっ。何か不気味だしさ」
その言い方があまりにも真剣で可愛らしく、つい笑ってしまう。
「笑うなよ」
「悪かった。さあ、一緒においで。中で渡そう」
屋敷に入ると夕立から声がかかる。
「こよみ。お茶を持って行ってあげるから、そのまま部屋に行っておいで」
「ありがとうございます」
夕立には昨日帰った時に、子供が訪ねてくるかもしれないと言伝をしていた。
正吉はきょろきょろと屋敷の中を物珍しげに眺めながら、恐る恐る私の後ろをついてくる。
慣れてない人間にとって、この屋敷は気味が悪いだろうな。
私の部屋まで案内すると、正吉は居心地が悪そうに突っ立っている。
「さあ、ここに座って」
「うん」
正吉からは小憎らしさが消え妙に畏まっている。
おずおずと部屋に入ると卓の前にちょこんと座った。
「ここは私の部屋だから楽にしていい。今、三貫を渡すから」
「本当にいいのか?こよみ、使用人なんだろ?」
「大丈夫。渡せないなら約束なんてしない」
母が亡くなった時、家名以外の財は譲り受けていた。籠神の当主の座さえ奪えれば、他の物など取るに足らないことだったのだろう。
「こよみ、入るよ」
夕立がお茶と菓子を卓の上に置いてくれる。
「正吉と言います」
そう言って正吉はぺこりと頭を下げる。
「ゆっくりしておいき」
夕立は優しい目で正吉にそう伝え、部屋から出て行った。
正吉の前に座り、帛紗で包んだ三貫を正吉の前に置く。
「本当にいいの?」
「勿論だ。鶏を貰ったんだから」
「ありがと」
正吉は少し遠慮しながら、そっと袂に帛紗を入れた。
「あのさ、船宿のお兄さんとは会ったんだよな」
「うん、会った」
そう言えば、あの男からニ貫もらってなかった。すっかり忘れてた。
「伝言、頼まれたんだ」
「誰に?」
「船宿のお兄さん」
あの男がわざわざ伝言だと?
「教えて」
思わず前のめりになる。
正吉は伝言の言葉を確かめるように一拍置いて言った。
「『ご褒美は、独り占めするもんだ』ってさ」
ご褒美。
あの黒い玉のことか。
独り占め?誰にも渡すなと?
「それだけ?」
「うん。昨日の夕方、帰る時にたまたま道端で会ったんだ」
「そうか。なぜ正吉に伝言を?」
「鶏を持ってたからさ、こよみに会ったんだねって、おいら話しかけたんだ。それで、明日屋敷に会いに行くんだって、つい言っちゃって…」
正吉は気まずそうに下を向いた。
「そんなの言ったって構わない。気にするな。ところで、あのお兄さんのこと、本当に何も知らない?」
「知らない。鶏を探さないかって、街で声を掛けられただけなんだ」
「あのお兄さん、名前なんて言うの?」
「こよみ、名前も聞かなかったのか?普通聞くだろ?」
本当にそうだ。何で聞かなかったんだろう。
「正吉は知ってるの?」
「実はおいらも知らないんだ」
正吉は軽く舌を出す。
「聞いたんだけどさ、気付いたら他の話になっちゃって」
あの男らしい。
言いたい事だけ言って、こちらの問いには答えない。
「あのお兄さん、怖くなかった?」
正吉は不思議そうに首を傾げる。
「何で怖いんだ?面白いお兄さんだったよ。いっつも楽しそうでさ」
あの男はどこでも楽しそうにしてるんだな。まるで悪戯を思いついて喜ぶ子供のように。
あの屈託ない美しい笑顔。髪の隙間から覗く伽藍洞のような眼。
背筋がぞっとする。
「そうだ。これから西に帰るから、鶏はもう探さなくっていいよって言われたんだ」
西に帰る?東国の人間じゃないのか。
火事はもう起きない、か。
白雨の言葉が脳裏をよぎった。
「そうか。また戻るとか言ってた?」
「ううん。話してる時に誰か来てさ。じゃあって、そのまま一緒にどっかへ行っちゃった」
他にも仲間がいるのか。
いや、仲間とは限らないな。
「後から来た人はどんな人だった?」
「黒い頭巾みたいなのを被ってて、よく見えなかった」
「男の人だった?」
「なんかさ、掴みどころがないって言うか。ぼんやりしててよくわからなかった。すぐどっか行っちゃったしさ」
ぼんやり?
なんだそれ。人なのか?
正吉は「うーん」と少し悩んだ素振りをしたかと思うと、そのまま視線がお菓子へ移る。
これ以上は聞いても仕方なさそうだ。
「正吉、お菓子を食べてもいいんだよ。せっかくだし持って帰る?」
「いいの?じゃあもらってく。姉ちゃん、甘い物が好きなんだ」
「あのさ、もしまたあのお兄さんを見掛けたら教えてくれない?」
「いいよ」
正吉はお茶を飲みながらけろりと答えた。
小さな背中を見送りながら、あの男の伝言の言葉が頭を巡る。
ご褒美を独り占めだと?
まったく、人を食ったような伝言をしてくれる。
しかし、あの玉はなぜご褒美なんだ?
あの男は母を知っていた。
あの玉が母と関係している可能性もあるんじゃないか?
いや。あの男は私を試しているのかも知れない。
死神の娘なんだから、一人で辿り着いてみろ。古神の息子に頼るな。そう挑発されているようにも思える。
あの黒い玉の正体は、私が必ず突き止めてやる。
そして、ニ貫払わなかったツケを払わせてやろう。
気は乗らないが、まずは古神の屋敷からだな。
拝借した家記帳、あれをもう一度見るか。




