第十六話 鬼火の始末
「なぜ…ここにいるんですか?」
「それはこっちの台詞だな」
白雨はそれだけ言うと、こちらも見ずにすたすたと歩き始めた。急いで後を追いかける。
「さっきの船宿は火事が起きるはずの場所だった。まさかお前がいるとはな」
「ちょっと色々とありまして…」
「首を突っ込むなと言ったはずだ」
怒っているのか。
横目でちらりと見るが、相変わらずの澄まし顔だ。感情はどこからも覗かない。
「ですが、どうして船宿で火事が起きるってわかったんですか?」
「火事が起きていた場所には共通点がある。どこも人死にや事件が起きていた。船宿も店主が客に刺されて亡くなっていた」
「不幸があった場所、と言う事ですか?」
「そうだ。それに、火事が起きた場所は円を描くように並んでいる。地図を見たら一目瞭然だ」
そうか、一目瞭然だったか。
気付かなかったけどな。
「けれど、蕎麦屋の女将は一膳屋で不幸があったなんて言ってませんでしたよ」
「聞いてないからな。あそこは半年前に拐かしがあった。普通、火事と拐かしを結びつける者はいない」
半年で拐かしに火事か。
不幸ってのは単独では来ない。
いつだって重なって現れ、あっという間に日常を攫っていく。
「不幸ってものは扱いやすい」
白雨はこちらも見ず淡々と続ける。
「さっきのあの男は、その不幸に付け込んだんだろう」
「見たんですか…あの男を」
白雨はいつから見ていたんだ?
「あの男が窓から出て行く時、俺に気付いて手を振っていた。楽し気にな」
白雨はおかしそうにふっと笑った。
「で、あの男と何を話した?」
会話の内容を聞くって事は、腹のよろづ様を使ったところは見られていないようだ。
ならば、それだけを伏せて話そう。
「あの男が鬼火を起こした張本人でした。ただ、火事が目的ではない、恐れを集めていると。そう言ってました」
「だろうな」
「わかっていたのですか?」
「わからなかったのか?人為的だと言っただろ」
「それ、説明になってませんよ」
普通、わからないだろ。
「大枠はこうだ。まず、人目が多いところへ鬼火を出す。朝だったのはそのためだ」
白雨は歩調を緩めず話し続ける。
「短い間に火事と鬼火が続けば、恐れの感情が街に蔓延る。不幸があった場所なら、なおさらな」
恐れと不幸は相性がいい。
重なり合えば際限なく膨れ上がる。
やがて取り返しがつかないほどに。
「けれど、それがどうだって言うんです?」
「そうした感情が一気に積み上がると」
白雨は初めてこちらへ目を向けながら言った。
「人為的なよろづ様が生み出せる」
「そんな馬鹿なこと…」
「そう思うか?」
そんな話聞いたことがない。
「よろづ様は人の感情が積み重なって形となる」
白雨の口元がわずかに緩む。
「実に合理的だ」
まるで、その理屈自体を面白がってるみたいだ。
白雨の話を頭の中で組み立て直す。
確かに、条件さえ揃えばよろづ様を作り出せる。
理屈は通っている。
前例がないだけだ。
人為的なよろづ様。
ならば、私の腹にいるものは、一体どこから来たんだろう。
「あの男は体に、よろづ様を入れていました」
船宿での感覚が一瞬蘇りぞわりと鳥肌が立つ。
「鬼火を操るんだ。当然と言えば当然だろうな」
「驚かないんですね」
「禁忌にか?」
「はい。見つかれば極刑です」
自分で言ってて耳が痛い。
改めて禁忌だった事を思い出す。
「百も承知だろ。あの男は禁忌を喜んで犯しそうだ」
確かに、禁忌など意にも介さないって感じだったな。
でも、なぜだろう。
白雨とあの男は気が合いそうだと、ふとそんな気がした。
その時、不意にあの男の言葉が頭をよぎった。
これは黙っていようと思ったが…
やはり聞こう。
白雨なら知っているかもしれない。
「そう言えば『死神の娘』って聞いたことありますか?」
「それも、あの男からか」
ほんの一瞬だけ、白雨の顔が曇った気がした。
「そうです。知ってるんですか?」
「よろづ様を使う一族を死神と呼ぶ者達がいる」
「なぜ、死神なんですか?」
「神を死なせた、という蔑称だ」
「使う事で神威を削いでいると?」
「そんなとこだな」
「そう考える人達もいるんですね」
「ああ。神様は祈るものだからな」
死神は母のことだ。
ならばあの男は母と会った事がある。
母とあの男。人為的なよろづ様。
この三つはどう繋がる?
「この件は終わりだ。火事はもう起きないだろう。目的は果たされただろうしな」
「あの、もう一つ聞いてもいいですか。なぜ私は連れ出されたんでしょう?」
「俺一人で充分だったが」
白雨の視線がちらりと腹を見た気がした。
「最初に言っただろ。暇そうだったからだ」
暇じゃないんだけどな。
屋敷の灯りが見えてきた。
気付けば辺りはもう暗い。
屋敷の灯りが見えてほっとするなんて、妙な気分だ。
袂にある黒い玉を思い出し、話そうと思ったその時だった。
「今度こそ、このまま屋敷に戻れ。俺はまだやらなければならないことがある」
そう言い踵を返した。
送ってくれたのか。
いや、見張られてた、の方がしっくりくる。
暗がりに沈んでいく白雨の背中を見ながらそんなことを思った。




