第十二話 街と団子
ぼんやりとしながら外を掃く。
この季節、掃くものなど何もないが。
ただ、掃いている。
あれから三日。
腕の痕は知らぬ間に消えていた。
白雨からは何もない。
言われないなら言われないで気持ち悪い。言って欲しいわけじゃないけどさ。
しかし、いい天気だ。
空は青々と澄み渡っている。
後で洗濯もするか、そう思った矢先だ。
「こよみっ」
遠くから呼ばれる。
振り返ると、夕立が凄い剣幕で近づいてくる。
(なっ何事だ?)
「坊ちゃんが風邪を引いたんだよ」
「白雨様が風邪を?」
あんな絶対零度みたいな人間が、体調を壊せるのか?
ああ、うっかりしてた。
あれは、あんなでも“人”だった。
「急いで街に行って薬を買って来ておくれ」
そう言い、お金を渡される。
街に!
しかも、一人で。
沈んでいた心がうきうきと弾み始める。
「白雨様の為なら、いくらでも薬を買って参ります!」
「そんなに買って来なくてもいいんだよ。いいかい、くれぐれも寄り道はするんじゃないよ」
「はい!」
「それと、これを被って行きなさい。お前は、そうだねぇ、目立つんだから」そう言い、薄紅色の頭巾を渡された。
作務衣と同じ布で設えた頭巾。
頭巾の後ろには小さく古神の紋が入っている。
見られても構わないが、見えない方がいいのか。奇異な目で見られるのに抵抗はないが、夕立に逆らうのは抵抗がある。
「では、早速行って参ります」
頭巾を被り、そそくさと夕立に頭を下げた。
ほら、これもと夕立から地図と書き付けを渡された。
正面の門扉をくぐり、傍らにある坂をまっすぐ降りる。
陽が注ぎ、木立に反射して煌めいている。
青々とした空を眺めながら心も足取りも浮ついた。
街までは半刻ほどだった。
木々の間を抜けると、目の前に大きな橋がかかっていた。
(これが街か)
橋の上から眺める。
行き交う人、人、人。
熱気と騒めき。
全てが初めてで圧倒され少し咳き込んだ。
(現実味がない)
まさか、街に来れる日が来るなんて。
夢みたいだ。
橋を降りた所で、地図を眺める。
あそこの角を曲がって、二つ目を右か。
よしよし。
道の両脇には店が軒を連ねる。
魚屋、豆腐屋、蕎麦屋。
角を曲がるとすぐ目の前に赤い布がはたはたと揺れていた。
書かれている文字を見てぎょっとする。
(団子!!)
暖簾には大きく水茶屋と書かれている。
これが茶屋。
ほんの少しくらいなら…
寄ってもいいんじゃないだろうか。
恐る恐る空いている縁台に腰を掛ける。
繁盛店なのか、昼前なのにたくさんの人が座っている。
と、同い年くらいの娘に声をかけられた。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「あの、だ、団子をお願いします」
「お茶と団子で一文。お団子は焼きと餡子で選べます」
「では、焼き団子で」
前茶を飲みながら、焼き団子を頬張る。
焼いた団子に醤油の香ばしさ。
(美味しい)
この世の物とは思えない美味しさだ。
縁台で団子を堪能していると、何やら外の騒めきが色濃くなる。道の奥を覗くと、人々が端によけ、きゃあきゃあと女性の嬌声が上がる。
(何だろ?)
ん…
んん!?
(何でこんなところに?)
団子が喉につっかえそうになり、慌てて茶を流し込むと、急いで奥の縁台へと移る。
(勘弁してくれ)
見つかれば面倒だし、何よりうんざりする。
せっかく、念願の団子を食べてるのに。
頭巾を目深に被り直した。
前の道を通り過ぎて行く、その足だけを目の端で追った。
「素敵でしたね〜」
と茶屋の娘が言う。
「今のあれ、の事でしょうか?」
「あら、あなた知らないの?籠神家の卯月様よ」
卯月は知っている。しかし、素敵なことは全く知らない。
「この街にいて卯月様を知らないなんて」と娘は驚いたような呆れた顔をする。
「いいこと、特別に教えてあげるわ。ここにはね、封神四家と呼ばれる一族が住んでるの。まずは東の国主様、南の加神様、北の古神様、そして西の籠神様よ」
(ほう。屋敷の位置そのままか)
団子を食べながら、適当にうんうんと頷く。
「それだけじゃあないのよ」
と得意満面に身を乗り出す。
「まず、東は光の君。この国に君臨する絶対的君主様。これは国主様ね」
娘は大きく息を吸い込み、前のめりになる。
「そしてそして、南は暁の君、眩い太陽のごとく輝く加神司様。
そして西は黄昏の君、夕焼けのように人を惑わせる籠神卯月様よっ!」
息継ぎもせず唱えあげた。
「でね!私の最推しは北の月下の君!」
さらに身を乗り出し、声を弾ませる。
「凍てつく月みたいな美しさなの!見たら震えるわよ。古神白雨様って言うんだけどね」
顔がぽっぽと上気している。
思わず、団子を落としそうになる。
普通に引く二つ名だ。
白雨を見たら震えがくるのは間違いない。
しかも、卯月が黄昏?
あれは、逢魔が刻だろ。
「私、三人は見たことあるの!とんでもない美しさなの!あなた、卯月様を見れるなんてとんでもなく幸運だわ」
娘は目を煌めかせ、ほうと溜息を吐いた。
なるほど。
私はずっと幸運だったのか。
高まったところ恐縮ではあるが、
「団子をもう一本お願いします」そう言うと、娘は急に怒ったような白けた顔をし、ぷいと奥へ引っ込んでしまった。
しまった!
二本にすればよかったか。
(しかし、人間っておもしろ)
団子の方がよっぽど美しいのにな。
さてと、薬を買いに行くんだった。
茶屋を後にし、目的地を目指す。
(ここか)
古い木造りの平屋には古めかしい木の看板がひっそりとかかっている。
「薬種 いわし屋」
引き戸を開ける。
がらがらと乾いた音が響く。
薬の匂いが鼻をかすめた。




