*Ⅶ*
「○○様へ。
〇〇様、お仕事お疲れ様です。最近は過ごしやすい日和となってきましたが、急に寒くなることもあるので、お体を大事になすってください。昨今の情勢をニュースで見る限り、まさに激動、の一言に尽きるこの頃ですが、〇〇様の存在はそんな荒波の中を行くための確固たる方位磁針であると信じております。この国の未来を、よろしくお願いいたします。
今回私がお手紙を書いたのは、遺書であります。この手紙を貴方が読んでいる時には、私はもうこの世にはいないでしょう。これは、生きたくないから死ぬのではありません。生きるために、死ぬのです。私は今現在の世界の未熟さ、空虚さ、実体の無さというものに、絶望はしておりました。それは反戦でも軍拡でも政治でもSNSでも生活でも仕事でも娯楽全般でも、今ここにあるありとあらゆるもの全てです。私はその中で酩酊しておりましたが、一つの兆しを見ました。それが血です。貴方は見たことがありますか。皮膚を切れば出てくる赤い赤い血を。腹を裂けば出てくるはらわたのその生きている熱を。あらゆる未熟さ、空虚さ、実体の無さの中で世界が形作られようとも、人は血をもて生きているという、当たり前の原理原則は、変わるはずがありません。人は生きているんです、血が通っているんです、私はそんな当たり前の、そして人として最も大切な原理原則に立ち返って欲しいと思っています。今日は何十百人が亡くなったとか、相手を出し抜くためにこうしようとか、自分の面子や名誉地位を保ちたいとか、その下に生きる人々にも、血があるんだということを、忘れないでいただきたい。その確固たる血の原理原則に立ち戻りたいのです。その時にこそ、私は本当に生きられるのだと考えます。メメント・モリ、死を忘れるな。ということでしょうか。つまり私の死とは、生きるために死ぬという逆説的なものなのです」
ウィルはまだ日の昇らぬ青い世界の中、校門の前に立つ糸目の姿を見た。
“本当にいいのか? 引き返すなら今だぜ。"
ウィルが言った。
"何を今さら。これが俺の本望だ。お前こそビビってんじゃねえぞ。"
糸目が笑った。




