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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
最終章 秘密の恋は、誰かの隣で

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第76話 スキャンダルは自分から



「え、待って。拓也、小晴ちゃん落としに行ってない?」

「元カノは?」


 賑やかな会場の中、今まで遊びに興じていた誰かがふと気がついた。

 部屋の隅のテーブルに少しずつ視線が集まり始める。一つのテーブルを挟んで対峙する男女は、どう見てもただの先輩と後輩ではなかった。好奇心から様子を伺う人もいれば、ソワソワと落ち着きなく見ている人もいる。


「え…。うわ、まじ?」


 丁度飲み物を受け取っていた隼は、思わず独り言を呟いた。周囲の変化にいち早く気がつき、注目されてる先を視線で追って愕然とする。小晴が拓也を好きそうだとは思っていたが、こっちのパターンは失礼ながら全く想像していなかった。


(いや、ワンチャン遊びの可能性もなくはないけど…)


 まさか、本気?


(いやいや、だって。拓也さんだぞ?)


 目の前で起きているにも関わらず、すんなりと飲み込むには衝撃的すぎた。でも、あれは完全に狙って落とそうとしている男の空気だとなんとなく伝わってくる。


(てか、あの人のこと本気で好きな人わりといなかったっけ?)


 少し離れたところにいる美沙が目に入った。拓也たちがいるところを凝視したまま固まっている。その顔は、説明なんていらなかった。いつも小晴と一緒にいるメンバーは、まるで空気を読んでいるみたいに近づこうとはしない。なんだか最初から、自分の方が盛大な勘違いをしていたんじゃないかと隼は思った。








 すでに誰も入れないような二人だけの世界がほぼ完成していた時だった。


「小晴さん!」


 世界に亀裂を走らせるような声が響いた。先に反応したのは、拓也だった。小晴を背後に隠すように体ごと声の方を振り返る。


「なんか用?」


 言外に良く邪魔できたな、と闖入者に告げていた。一度、隼に制止されたにも関わらずこの場にやってきた遥生は、拓也に真正面から警戒され一瞬動揺を見せた。


「……いや、拓也さんじゃなくて小晴さんに何ですけど」


 どうにか威勢を立て直し、拓也の向こう側にいる小晴を見ようと視線を逸らす。拓也は、空気を読まない後輩に舌打ちでもしたそうに険しい表情を浮かべた。それからおもむろに小晴のそばに寄り、肩を引き寄せた。まるで自分の立場がわかっていない、目の前の後輩に事実を見せつける様に。


「え、た、拓也さん?」


 小晴の慌てた声と周囲のざわめきが同時に起こる。彼女の微かな抵抗も、拓也はさらに強く抱き寄せることで黙らせた。それから頑張って自分を見ようとする小晴に笑いかける。


「ダメ。小晴は俺の彼女だから」


 拓也の何気ない宣言に、近くで二人のやりとりを見ていた遥生は絶句し、周りはどよめいた。まさか宣言されるなんて思っていなかった小晴も目を限界まで見開き、言葉になっていない言葉未満の音を何度か紡ぐ。


「な、なんで?」


 やっと言葉に出来たのは、その三音だった。


「なんで?」


 拓也は、小晴の疑問を繰り返した。


「俺超我慢したよ。もうよくない? 隠さなくて」


 小晴に向けるものは、全てが甘ったるい。見ているほうが胸焼けを起こしそうなほどだ。


「で、でも」


 尚も言い募ろうとする小晴を拓也は待たなかった。


「周りに俺がフリーって思われるのも、不安にさせる要素が残ってるのも嫌だから。それにさ、俺だって小晴がフリーだと思われてるの無理なんだけど。流石にもう許容範囲外。まさか、まだこいつのこと“ただの後輩”って言うの? 俺が嫉妬深いの、知ってるよね?」


 拓也が言い切ると、小晴は黙って俯いた。髪の隙間から覗く肌が、熟れた林檎のように赤く染まっている。腕の中で大人しくなった小晴にやや満足しながら、拓也は視線の先を変えた。何も言えなくなってしまった小晴の代わりに、生意気な後輩に終わりを告げる為だ。


 まだ目の前の男が気丈に振る舞おうと頑張っているのは、透けていた。いつもの優しい拓也であればそこで引いてあげただろうが、流石にこの状況で引く気はなかった。


「ってことで君には悪いけど、小晴は俺の彼女だから。諦めて」


 にっこりと温度が伴っていない笑顔を向ける。目の前で彫刻のように固まってしまった遥生やざわつく周囲を一瞥し、拓也は小さくため息を吐いた。


 こんなつもりではなかったが、仕方がない。結果オーライだとも思えるから、まあいいやと考えるのをやめた。視界の端で、美沙が会場の外に出ていくのが見えた。悪いことをしたと思いつつ、拓也の関心はそこまでだった。すぐに腕の中の小晴に目を向ける。


「ちょっと、外でよっか」


 このまま自分の可愛い彼女を大衆の目に晒す気にはならなかった。小晴の手を引き、外へと向かう。背中にみんなの視線が突き刺さったが、知らないふりをして会場を出た。







 会場の外、人目のつかない裏階段まで手を引かれた。非常階段の扉を閉めた拓也が、不安そうな目で小晴を見つめる。壁に寄っていた小晴に近づいて、拓也は自分のテリトリーの中に囲んだ。


「勝手にバラして怒った?」


 覗き込むように顔を見られ、小晴は心臓を煩くさせる。


「お、怒って、ないです」


 近すぎる距離は、未だ慣れない。それを拓也はわかっていてやっているように思うのは、思い込みなのだろうか。


「良かった…。嫌われたらどうしようって思った」


 それでも、心底安心した顔を見せるから分かってやってるだろうズルい拓也を見なかったことにしてしまう。彼の言っていることに嘘は混じっていないと伝わってくるからかもしれない。


 キスでもされそうな距離で無言のまま見つめ合う。絆されていく自分を感じながら、小晴は困ったように眉を下げた。


「でも、さっき言ったこと全部ほんとだよ。まじで俺、今まで何回嫉妬したかわかんないから」


 最後の決め手みたいに心を曝け出され、抵抗なんかできなかった。僅かな空気の変化に、小晴は瞳を閉じた。唇に柔らかな感触が落ちる。


 たぶん、自分は最高に悪い男に捕まったのだろう。そして何よりそんな人に愛されることを望んでいる自分がいる。

 溶け合っていた唇が離れ、乱された息を整える。


「今度の休みうち来ない? いまみんな旅行行ってんだよね」


 学祭が終わったらという約束が蘇る。小晴は少し驚いて、照れたように視線を伏せてから恥ずかしそうに小さく笑った。それから、控えめに頷く。


「楽しみだね」


 小晴の髪を撫で、拓也が嬉しそうに笑う。はやくその日になれと彼が思ったことをたぶん小晴は知らない。



 *



 会場から消え去った恋人たちを見送った代表組たちは、今見た光景を信じられないと思いながら涼しい顔をしている悠真を振り返った。


「なあ、もしかしなくても。俺、結構余計なこと拓也に言ってた?」


 苦笑いを浮かべた圭太が口を開く。


「今頃気づいた?」


 悠真が軽く笑うと、苦笑いが引き攣った笑みに変わる。


「うわあ、まじかよ」


 たぶん囁かれていた噂話を情報として提供してしまった日のことを思い出しているのだろう。遅すぎた気づきと後悔に顔を歪めた後、圭太は悠真に視線を戻した。


「つか、知ってたなら言えよ。俺、小晴ちゃんに恨まれてねえよな?」


 その場にいたくせに何も言わなかった悠真も同罪と言わんばかりの目をしている。


「ないない。小晴はそんな女じゃねえよ」


 圭太の意味のない心配を笑い飛ばす。


「え、え。なにその言い方。もしかして、お前もワンチャン狙ってたりした?」


 今まで黙っていた隆哉が、半分冗談でそんなことを言った。


「さあ。どっちだろうねえ」


 肯定も否定もせず軽く流すと、二人の目の色が変わる。


「いやいやいや。それはガチじゃん。うわあ、ちょっと椿さんを見る目変わっちゃうかも」

「やめとけよ。拓也に睨まれるぞ」


 隆哉のあまりの身の代わりの速さに悠真は呆れた視線を向けた。


「確かに。あんな激重拓也初めて見たわ」

「流石に一年にあれは、酷すぎるよな」

「だろ。まじで本気のあいつ、くそこええよ」


 そう言いながら、悠真は少し遠くを見る様な目で二人が消えて行った方向を見つめた。あの場で後輩を相手に諦めろと言いつつ、また別の人間にも向けた言葉だと知っている悠真は、「本当、怖いんだよな」と心の中で独りごちるのだった。







 苛烈な独占欲を見せつけられ、やや呆れていた陽介は一人取り残されてしまった可哀想な後輩に目を向けていた。石になってしまったかのように動かない遥生が居た堪れなくて、同情心から近づいた。


「遥生くん」


 小晴と仲が良く噂の対象にもなっている自分が声をかけたら、遥生に再度注目を集めてしまうことをある程度理解しながらも、彼をそのまま放置する気にはなれなかった。


「そんなとこで突っ立ってないで、こっち来なよ」


 陽介を見た遥生は、道に捨てられた子犬のように不憫な顔をしている。カウンター席に座らせ、ノンアルコールの飲み物が入ったグラスを持たせた。大丈夫かどうかを聞くことも、慰めの言葉を伝えることもせず、ただ自分用にと用意したジュースを一口飲んだ。


「…いつからですか?」


 やっと口を開いたかと思えば、主語のない質問だった。


「なにが?」

「あの2人です」


 聞き返すと、簡潔に言葉が返ってくる。


「うーん、夏頃くらいって言ってた気がするけど」


 聞かれたからには返さないわけにもいかない為、事実を伝えた。


「……、なんで陽さんはいいんですか?」

「えー…」


 急に牙を向けられ、陽介は返事に迷い困った顔で笑ってしまった。


「ズルいっすよ」


 不貞腐れてる後輩を若いなあと思う。たった一つしか変わらないのに、そんな風に人を見てしまう自分の鼻先の高さを同時に自覚して、今度は自分に対して子供だなあと思った。


「そんなことないよ。たっくんと付き合ってから、わりと距離感あるよ? 僕ら」

「そうは見えないですけど」

「でも、そうなんだよなあ」


 軽やかに笑うと横目で睨まれた。

 まだ落ち込んでいる最中みたいだが、最初より元気は取り戻せたみたいで良かった。陽介を睨みながらも立ち去らないのは、もう分かっているからだろう。拓也の独占欲の深さというやつが。


(はるちゃんも大変だ)


 でも、なんとなく小晴が拓也と対等になれる未来がやってくるような気がするのは、彼女の芯の部分が自分と似ていると思っているからかもしれない。「頑張れ〜」と、心の中でエールを送って、陽介はまだお酒の匂いがしない飲み物を口の中で転がした。



 *



 時間の経過とともに場の混乱がなかったことになり、裏側がどうであれ表面上は楽しい会に整った打ち上げの終盤、悠真がふらりと陽介のところへやってきた。一人でいた陽介の背後に忍び寄り、グラスをわざと頬に当てた。陽介は、わっと声を上げ驚く。


「美人がひとりでいると思ったら、陽ちゃんじゃないの〜。黄昏ちゃって、失恋でもした?」


 わざと口説くような言い回しで話しかけ、陽介の顔を覗く。


「悠真くんこそ、暇なの?」


 すぐに驚きは冷め、陽介は冷ややかな目で隣の悠真を見た。「別に」と、悠真は陽介の視線は横へと流して、空いた席に腰を下ろす。


「可哀想な後輩回収してた可愛い弟の様子でも見にきたところ」

「え、僕って可愛い弟なの? わーい、嬉しい。ありがとう」


 悠真の弟発言を目を丸くして受け取った陽介は、仕返しとばかりに半分わざと幼く喜んで見せた。芝居がかったリアクションを前に、今度は悠真が黙る。けれど彼の視線はどこか観察でもするみたいで、陽介はわざと作った空気をすぐに引っ込めた。


「なに? なんかあったの?」

「いんや。ただね、なんて言ったのかなって思って」


 不思議な質問に、陽介は首を傾げた。


「なんてって?」


 陽介が本気で分かっていない顔をするから、悠真は瞳を細め口角を上げた。全くもってけしからん、色気に溢れた笑みだった。


「躾のなってなかった子犬パピーちゃんに?」


 あまりに酷い例えに、陽介は吹き出してしまった。


「なにそれ、悠真くん最低だよ」


 なんて言いながら、これ以上ないくらいにピッタリな言葉だとも思った。それから黙って陽介の笑いが去るのを待っている悠真に気付き、ふざけた空気を少しだけしまう。


「別になにも。悠真くんが期待するようなことは言ってないよ」


 彼が待っているだろう言葉をやっと紡いであげる。悠真は、「へー」と短い相槌を打った。


「あ、信じてない」

「別に信じてないわけじゃない」

「じゃあなに」


 別に、これ以上伝えることなんか何にもない。


「あー、いつからお前、気付いてたん?」


 少しの間、言葉を選ぶような時間があって、今度は別の角度から質問をされた。


「……いつからってのは別にないけど。危ないかなあって思ったのは、はるちゃんがちゃんとし始めたあとくらいかなあ」


 独り言のように呟いて、悠真を見た。


「ていうか、悠真くんもでしょ?」


 人にばかり暴露させたがる男を陽介は小さく突いた。


「さあな」


 やはり最後までズルくいたいらしい男をクスクスと笑う。


「たっくんに告げ口してたの悠真くんのくせに」


 そして、言われたくないだろう言葉を添えておく。隠してるつもりだろうけど、ちゃんと見ているという陽介なりの意思表示でもあった。


「悠真くんはどうすんの? ちゃんと失恋するの?」


 陽介の見透かした瞳に晒されて、悠真は参ったと言わんばかりに表情を崩した。


「あんなん見せつけられたらなあ。望みはゼロだわな」


 それからやっと、本音らしい本音が聞けた。


「じゃあ、ちゃんと失恋しなきゃね」

「お前は?」

「だから、僕はずっと友だちだってば」


 陽介はからりと笑った。一瞬落ちる沈黙。


「拓也はお前が一番嫌だと思うわ」


 思ったことを隠そうともせずに、悠真は嫌な顔をした。


「かもね」


 否定することもなく頷くと、さらに顔が歪む。


「うわ、ほんとやだ。お前」


 悠真の率直な感想に失礼だなあと心の中で呟きながら、誰に否定されようが自分の中の当然の事実は変わらないから言い訳は要らなかった。


「でも、しょうがないじゃん。友だちなんだし」


 事実、小晴はずっと陽介にとって、恋愛的に好きな相手とか、どうこうなりたい相手とか、片思いをしているだとか、そんな存在ではない。ただ大事にしたい友だちの一人というだけだ。それに、「そっちが先に間に入ってきたんでしょ」とは、心優しい陽介は流石に言葉にすることはしなかった。ただ笑って、しようがないことなんだと伝える。


「はいはい。そうね。なんか俺、拓也が不憫に思えてきた。御愁傷様だわ」


 だいぶ投げやりになった悠真に、陽介は「なにそれ」とだけ笑った。



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