とある日
「セイさま!」
子供たちがわらわらと寄ってくる。
元の後宮を、身寄りの無い一族の子供たちの施設にしてから、数年が経った。
王のセスリムと呼ばれる、パートナーになったものの、男の俺には当然ながら子供は産めない。いや、女でも三十後半では考えるところだろう。ここは、医療の進んだ日本では無いのだ。
トレクジェクサ―――選ばれた民の国と呼ばれるここは、深い森に囲まれた、渓谷の向こうにある砦のような小国だ。
といっても、俺の世界のことでは無い。いわゆるところの異世界と云う奴だ。
「セイさま。今日は、どのくらいいられますか?」
聞いてきた最年長の少年は、金色の髪と金の瞳を持っている。そういえば、ここのところ、ゆっくり子供たちの様子を見たことなど無かったな。
アデイール王は、今日は確か遅くなる筈だ。ゆっくりと子供たちの相手をしてやってもいいだろう。
「今日はゆっくり出来るぞ」
「じゃ、書き取りみてください!」
「あ、ずるい。セイさま、新しいゲームを考えたんです。一緒にやりましょう!」
我先にと殺到する子供たちを、俺は順番に並べて、一人ひとりの意見を聞いてやる。
俺を王様に見立てた、謁見ごっこだ。
懐かれるのは悪い気はしない。特に、年長の少年たちの様子には目覚しいものがある。
王の跡継ぎと、その片腕としての教育は、正直、重さに潰される子がいるのでは?と危惧もしたが、子供たちは皆、伸びやかに育っている。
「グレイル、どうしたんだ? 遠慮せずに来い」
遠慮がちに遠巻きにしている金髪の少年を、俺は手招いた。
「セイさま」
はにかんだ様に、俺の前に立つ少年は、俺が育てた中では、一番の素養を見せている。理知的で聡明な良い子だ。
「勉強ばかりしてるんじゃないだろうな? 身体も鍛えろよ?」
「大丈夫です。エドバンズさまに剣を教えていただいています」
「そうか」
近衛隊長に教えてもらえる腕なら、そう心配することも無いだろう。
俺は、グレイルの金色の髪を撫でた。目を細めて、気持ちよさげにその手に頭をゆだねる様は、まだ、子供のそれだ。思わず、ぎゅっと抱きしめたくなる。
腕を伸ばそうとした時、扉が乱暴に開いた。
「セイ!」
「アデイール?」
「王!」
子供たちがその場でぱっと平伏する。俺の膝に甘えていた子供まで、飛びすざって、頭を下げた。
金色の髪と瞳の若い王は、わき目もふらずに、俺の腕を捕らえ、そのまま引きずるように部屋を出て行く。
あまりの勢いに、俺は呆然とそれに従った。
「おい、痛いって、アデイール!」
我に返って、アデイールの腕を振りほどくと、何故かアデイールは、ひどく傷ついたような顔で俺を見る。
「何が、不満だ? 何を恐れている?」
俺はそっとアデイールに口付ける。想いの丈を込めて。
アデイールは、無言のまま、口付けを深くしていった。
「セイは、グレイルが可愛いのか?」
口付けが離れた途端の、すねた口調に、俺は思わずぷっと噴出してしまう。
「可愛いに決まってるさ。お前と育てた子だ。しかも、お前と同じ髪と同じ目の色だ」
一族であるからには、遠い何処かで血のつながりはあるのかもしれない。何処と無く顔立ちも似ている気がする。
「まだ、子供だぞ」
アデイールの不安を、俺は笑い飛ばした。だが、アデイールはますます、不安を増した顔つきになる。
「子供というが、セイが俺のセスリムになったときには、俺はグレイルより、年下だった」
「だが、グレイルのセスリムは俺じゃないさ。安心しろ」
確かに俺が、アデイールを選んだとき、俺は大人で、アデイールは、まだ少年だった。
だが、今のアデイールは立派な大人の男だ。
その男を納得させるには、髪をすいたり、頭を撫でたりすることは無意味だ。
俺は誘うように、アデイールの背に、腕をまわす。それに、若い王は逆らわず、深く唇を重ねてきた。
大人の時間は、まだまだたっぷりとある。
<おわり>
これにて終了です。
もうひとつの後日談はムーンライトノベルズにてUPします。