08:巻き添え
魔族の説明をしつつ無理せず歩いて、迷宮を出られたのは陽が沈みゆく頃だった。
「空気がとても綺麗です……」
迷宮前の人でごった返している広場で深呼吸をするユカリさん。なにもここでとは思わないでもないが、ユカリさんの話を聞く限り仕方が無いことなのかもしれない。
「あの建物が治療院。足を診てもらいに行こう」
ユカリさんと治療院へ入る。受付は昨日見かけた女性だった。確かラキちゃんと呼ばれていたな。
「足を怪我したんで診てもらえますか?」
「はい。ギルド証はお持ちですか?」
ギルド証の提示を求められたので渡す。確認を終えると診察室へと案内された。
あまり混んでいないようで、すぐに診察を受けられる。
「捻挫も打撲もまだ軽いものですね。希樹液を浸した包帯を巻けば大丈夫ですよ」
診察と処方された希樹液の料金を支払い治療院を後にする。
「俺の泊まっている宿屋に行こう。あそこは人通りもここほどじゃないし、なにより希望の樹木で囲まれているからとても空気が綺麗だよ」
「そうなんですか! 早く行きましょう!」
閉塞間のある場所から出られた開放感からか、迷宮を出てから元気になったユカリさんと一緒に、寄り道をせずパルカの宿へと向かう。
「ここだよ」
「はぁ……とても良い雰囲気ですね」
希望の樹木に囲まれた宿屋の外観は清らかな趣がある。世界の多くの場所が大気汚染で過酷であることを考えると、この光景だけで多少の幸福感を抱いてしまう。
中へ入り、カウンターに居た店主に声をかける。昨日の線の細い男はここの店主だったようで、奥さんと一人娘に犬獣人のお手伝い一人を合わせた四人で経営しているようだ。
「まだ空きはありますか?」
「あるよ。ただ空いてる部屋はちょっと特別な部屋でね、他より高くなるよ。一泊朝夕の飯付きで2,500オーブだ。その分広いし、サービスとして飯を部屋まで持っていくこともできるぞ。二人で一緒に泊まるなら合わせて3,000オーブにまけよう」
「ふむ。じゃあそれでお願いします」
「え!?」
ユカリさんが驚く。そりゃいきなり一緒の部屋でと言われたら驚くだろう。でもそうじゃない。
「大丈夫、ここに知り合いが別の部屋で泊まってるんだ。そいつと一緒にその部屋に泊まって、今俺が泊まってる部屋にユカリさんが泊まれば良いよ」
「なるほど、そうでしたか」
ほっと一息するユカリさん。
「テンカは何日分払ってます?」
「5日分だね」
「じゃあ俺の払った分はそのままこちらの女性が利用するとして、その特別な部屋?をとりあえず9日分、テンカの残り4泊分3,200オーブをそっちにまわしてもらえます?」
「ああ、いいよ。そっちは連泊の値引きが出来なくて悪いが、9日分27,000に3,200を引いて23,800オーブだな」
「じゃあこれで」
銀貨24枚を渡すと、お釣りの銅貨10枚を受け取る。
「ありがとう。じゃあ部屋に案内するよ」
店主の後を追って部屋に向かう。途中俺の部屋の前に居たテンカと合流し新しい部屋に行く。ユカリさんも一緒だ。
「ここだ。二人でも十分広いし、何より窓からの景色が最高だぞ」
入った部屋はベッドが二つ置かれていてもまだ十分余裕のある広い部屋だった。入って左側に大きな窓がある。そこから見えたのは、
「うぉー! なにこれすごい!」
「ここに来れたのを感謝しないとな……」
「綺麗です……」
世界樹と聖域の森が一望出来るそこは、まさに特別な部屋と言えた。陽の落ちた世界樹は僅かにだが発光している。それが根元に広がる希望の樹木に近づくにつれ光は強くなり、どういうわけか希望の樹木も発光していた。他の場所にある希望の樹木にこんな現象は起きない。おそらく世界樹の周りにあることで起きる現象なのだろう。その美しい光景は、初めてきた時に高台から見下ろした森とは全くの別物であり、聖域の名に恥じぬものと言えた。
感動する俺達に一言声をかけ店主は退出する。部屋に残された俺達は、しばらく無言でその光景を楽しむのだった。
「というわけで、こちらがミラネミス・ユカリさん。訳あって出来る限り力を貸そうと思っている」
「初めまして。ユカリ・ミラネミスです。ロウさんに助けていただいております」
テンカに丁寧に頭を下げるユカリさん。テンカも合わせて頭を下げる。
「初めましてユカリさん。オレの名前は黒渦天下。オレもロウに世話になってばかりの身だ。今は迷宮ギルド員になるための活動をしている。出来る事がどれだけあるかわからないけど、オレもユカリさんの力になるよ」
「はい。ありがとうございますクロウズさん」
互いの簡単な挨拶を終える。
「じゃあとりあえず報告会は荷物を移してご飯の後かな?」
「了解。私物は今日買ったものだけだからすぐ持ってくるよ」
「ユカリさんがこれから泊まる部屋に案内するね」
「はい。ありがとうございます」
俺も部屋に置いていた荷物はまとめてあったために時間はかからず、食事と風呂も済ませて再び集合、とはならず。
「安心できたのなら良かったよ」
風呂上り、包帯を巻くのに慣れていなさそうだったので代わりに巻いてあげているとユカリさんはウトウトとしだした。疲れが出たのだろう。今日は早めに寝ると良いと部屋に送った後、テンカと二人で新しい部屋へと戻ってきた。
「初日からイベント起きたんだな」
「いべんとが何かはわからないけど、そうだね、想定外の事がおきたね」
「前からの知り合いって感じでも無かったよな?」
「うん。迷宮で出会った人だよ」
「迷宮ってそういう事よくあるの?」
「どうだろう? 迷宮に一人で潜ること自体あまり無いことだからね。一人だけ助けるっていうのは少ないかな」
誰ともパーティーを組んでもらえないなどという事態に陥らなければ俺だってパーティーを組んで探索したい。迷宮探索の難易度や素材を回収できる量を考えれば、一人で迷宮に潜る利点など無いのだ。俺のように迷宮に潜ること自体が目的となっていない限り、普通は一人で潜らない。迷宮内でパーティーと逸れるような事態になれば別だが、そういう話もあまり聞かないな。少なくとも浅い階層では聞いたことはない。
「ところでテンカ。一つお願いがあるんだけど?」
「おう。一つでも二つでも、オレに出来る事なら何でも良いぞ」
俺は迷宮で手に入れたカードを見せる。
「これ、無理しない範囲で鑑定をお願いできるかな?」
未知の物を知ろうとするほど危険が増すはず。テンカ自身は鑑定を使用する際にある程度危険かどうかは判ると言っていた。さてこれは大丈夫なのだろうか?
「ちょっとでも危険ならしなくて大丈夫だからね。これが何か解らないだけで、今必要って物ではないから」
差し出したカードを受け取ると、テンカは表と裏を確認し、書かれた古代文字を眺めている。左目は輝いていないので、能力は使っていないみたいだ。危険なものなのだろうか?
「これは……」
「これは?」
ごくり。
「『邂逅のカード』じゃないか」
あ、やっぱりそうだったのか。
「て、あれ? 能力使った?」
「いや、使ってない」
「え、じゃあ何を根拠に?」
「いや、だって書いてあるよ。ここに」
古代文字を指でなぞる。
「は?」
「え?」
不思議そうな表情のテンカ。
「読めるの?」
「読めるが……え? 読めないの?」
「ヨメナイヨ」
テンカの左目が光る。今! 何故!?
「やっぱり邂逅のカードだ。間違いない」
カードの鑑定を行ったらしい。そしてやはり邂逅のカードに間違いないようだ。
テンカはカードに書かれた古代文字を俺に見せ指でなぞる。
「ここ、この一番上に書かれているのが『邂逅のカード』」
「ふむ」
「次に書かれているのが『主・アマツカ=ロウ レベル10』次の行が」
「ちょっと待って、10? そのカードに書かれているのは7と1じゃないの? って、あれ? 本当だ、10に変わってる……」
最初に見たときは確かに7と1だったはずだ。書かれていた文字が変わった? そう言えば手に入れたとき、光っている部分を指で撫でたら文字が変わった気がする。このカードは書かれていることが変わっていくのか?
「続けるぞ? 次に書かれているのが『対象・ミラネミス=ユカリ レベル1』だな。伝説の通りならやっぱり二人が……」
ユカリさんの方の数字は変わっていないようだ。
「そして次は『窮地難易度 レベル7 完遂』か。窮地って事はユカリさんと出会った時に何かあったって事だよな。怪我してるようだったから何かあったとは思っていたけど」
テンカに迷宮内でのことを話す。
「なるほど。大変だったんだな。二人とも無事で本当に良かった」
安心した表情のテンカに、こちらも少し嬉しくなる。最近は心配してくれる人が少なかったので。
「カードの続きな。最後の行にはこう書かれているぞ。『出逢えた二人に力を授ける 幸あらんことを願う』」
「力?」
「これは、誰に願われているんだ……?」
二人して首をかしげる。
「そういやさっきから言ってる、いや書かれている『れべる』っていうのはなんだろうか」
「レベルって言うのはこう、段階とか水準とかって意味があるはずだけど、このカードの意味合い的には力の指標? たぶん人物の横に書かれている数字は大きくなるほど強いって意味で、窮地難易度の横に書かれているのがその窮地の困難さって意味だろうね」
つまりカードを手に入れたときの俺の強さは7で、あのスライムを倒す困難さが同じ7の難しさだったのか。そして今の俺の数値は10。
「つまり俺はこの数時間で3段階も強く?なったのか」
「たぶんそういうことだと思う。このカードがそれをどういう仕組みで感知し表しているのかはわからないけど、二人の名前が書かれている事から信憑性は高いと思う」
「ほう。ほうほう」
「……なんだ突然ニヤニヤして」
「ほら、つまり強くなったって事は? それってつまり俺の魔力量が上がったかもしれないってことじゃないか? 寝て起きたら念願の高身長になれるかも!」
可能性は否定できない。
「魔族って一晩寝ただけでそんなに一気に成長するのか?」
「可能性は否定できない」
そんな事聞いた事がないだけで、ないとは言い切れない。
「いや、明日起きてロウがでかくなってたらびびるんだけど?」
「俺は一刻でも早く高身長になりたいの! おやすみ!」
ベッドへ飛び込む。今日は気持ちよく寝れそうだなぁ。
「あまり期待しすぎないようにね。おやすみ」
「おやすみ!」
俺は熟睡した。
「あの、どうしたんですか?」
ユカリさんが心配そうに声をかけてくる。
ぐぬぬ。
「1センチも伸びてなかったんだ」
「……あ、はい」
察しがよくて助かる。
さて、本日の予定は特に決めていなかったので、せっかくなのでユカリさんとこの街を見て回ろうと思う。
テンカは年上だし一人でも十分やっていけそうだったから別行動の方が良いだろうと別れているが、ユカリさんはそうはいかない。年の割には十分しっかりしているのだが、それだけではどうしようもない状況であるのだ。俺もこの街の探索は全然していないのでちょうど良い。日用品も買い揃えないとな。
「足は大丈夫そう?」
「はい。もう痛みはありません。あの希樹液ですか? すごい効き目なんですね」
「希望の樹木の樹液だからね。薬はここ数百年でどんどん良くなっているみたい」
まさに人類の希望と言える。
「今日は一緒に街を見て回ろう。俺もここに来たばかりで日用品も揃えられていないんだ」
テンカもまだほとんど物を買っていないので部屋に私物がほとんど無い。
「クロウズさんも一緒なのですか?」
「テンカは別行動だね。さっそく仮ギルド証を貰えるみたいで、上手くいけば迷宮に潜るかもと言っていたよ」
「そうなのですか。わかりました」
宿屋を出て、人通りの少ない小道を歩く。
「一応昨日言ったけど、魔族の特性上同属には嫌悪されててね。魔族の人たちから不快な視線を浴びるかもしれない。直接危害を加えられたりとかはしないんだけど、気分はよくないと思う。ごめんね」
「いえ、大丈夫です。種族の特性では仕方の無いことですし、私はロウさんの味方です。なんなら私がロウさんの盾になりますよ!」
「ははは、それは心強い。ありがとう」
「はい」
まぁ、身長的に本当に盾のようにして隠れられてしまうのだが……。彼女の身長は160cm程だろうか。ちゃんとは聞いていないが。聞くつもりも無いが。聞くとしても身長が高くなってからだが。
大通りに出ると迷宮門とは逆側方向へと歩いていく。街の様子を眺めながら店を探し、まずは衣料品店で替えの衣服を揃える事にした。俺はいくつか持ってきているが、彼女は調査に来たときに巻き込まれていたので肌着の替え位しかないはずだ。
入った店の品揃えは今まで見た中で一番豊富だった。時と縁の迷宮の広大さが迷宮素材の豊富さに直結している。値段も手ごろで、出会った二人の事もあり貯蓄が気になり始めたところだったのでほっとする。
「何着か買って良いよ。必要なものだからね」
「ありがとうございます。必ず返しますので」
ユカリさんは礼を言ってから商品を見て回る。楽しそうだ。
俺も自分用のを探してみようかな。そういやテンカは替えの服は買ったのだろうか? 一応一着ぐらい買っておこうかな。ふふ、背の高い服を買ったことは無いからな、予行練習だな。俺も近いうちにあれぐらい高くなるしな。近いうちにな。
結局悩んで、テンカ用にはサイズの幅に余裕のある上着を一着買った。勿論俺自身の分も買った。別にお揃いではない。全く別のデザインのやつだ。
ユカリさんの服も数着買い終え、店を出る。
「目新しいデザインのものが多くあって、ずいぶん悩みました」
「確かに色々な種類があったね。迷宮から衣服が見つかることもあるんだって」
「そうなんですか? 迷宮とは一体」
「古代の失われた技術が眠っているって聞いたことがあるよ」
「もしかして古文書に書かれた時代のものなのでしょうか。興味深いですね」
すぐ近くには日用品を売っている店もあったので、そこでもまとめて色々買い揃え、一旦宿屋に荷物を置きに戻った。
「何処か行きたいところはある?」
「そうですね。迷宮ギルドというところに行ってみても良いでしょうか?」
とりあえず目先に必要な物は買ったので希望を聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
「いいけど、あそこだとちょっと直接絡んでくるやつが居るかもしれない」
先日のことを思い出す。初日に早速目をつけられたからな。油断は出来ない。
「でも確かに悪くないか。あそこの資料室を利用すれば、気になる知識も得られるだろうし」
「いえ不快なのでしたら大丈夫ですよ?」
「俺は慣れてるから平気だよ。ただユカリさんが目をつけられてしまうと、今後他の魔族と上手く付き合えるか……」
「ロウさんと付き合っていくのですからその辺りは大丈夫ですよ。種族の問題なのであれば、私から敵意を向けさえしなければおそらく問題にならないかと」
他の魔族を思い出す。前の国では色んな噂が流れはしたが、一緒に居た者に対して危害を加えてくるようなことはしなかった。善意で口出ししてきたものと口論になったりはしたが、わざわざ他種族を煽ったりはしていなかったはず。先日の言葉から他種族に思うところもあったようだが、それでもそれを表に出していなかったことを考えると、確かに口を挟まなければまだなんとかなるか? どのみちユカリさんとはこれからどれぐらいになるかは判らないけど行動を共にしていくんだ。いつまでも避け続けることは出来ない。
「わかった。もしかしたらテンカも居るかもしれないし、いざとなったらすぐ逃げよう」
「はい」
俺たちは宿屋で昼食をとってから迷宮ギルド本部へ向かうことにした。
「あぁ? てめぇまたこんなとこ来てんのかよ?」
早速絡まれた。




