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縁の迷宮と、邂逅と。  作者: 銀筆
第一章
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07:差

 スライムに襲われている少女を発見した。

 冷静になれ。スライムを見るのは初めてだが、魔族にとっては知らないものが居ない魔物なのだ。

 粘性で急所と言うものが無く、武器を使って攻撃しても効いているのか判断できない謎の多い魔物である。そのくせ、倒しても得られるものが無いのだ。特定の探索者は見つけても敵意を向けられないうちに避けて通ると言われている。

 討伐方法は高温で溶かすか逆に凍らせるか。油に余裕があれば、かけて火を放つことで倒せるらしい。だがそれをしたところで得るものが無いのなら、やはり避けて通るだろう。

 そこで魔族の出番である。自身の魔力を使って火を生み出すか、上級の魔法使いともなれば対象を凍らせることが出来るのだ。

 探索者パーティーに大抵一人は魔族が居るが、このスライムを倒せるかどうかで一人前かどうか評価される。

 果たして俺は魔族として一人前と言えるのだろうか。


 一度敵意を持ったスライムの厄介なところは、目に見えて俊敏になると聞く。今、目の前のもぞもぞと動く様子からは想像が出来ないが、両親に教えられた通りの動きをするならば決して油断できない。体の形を変えて槍のように突き刺したりするらしい。

 スライムに近づくのは悪手だ。その身体全体を捉えられなくなる。しかし遠隔で魔法をぶつけられるほど俺の魔力量は多くない。魔法の発動場所は自身の身体から離れるほどに必要な魔力量は跳ね上がっていく。大人の魔力量の最低ラインというのがスライムを安全域から倒せるギリギリのラインと言うわけだ。

 視線を外さずポケットに入っている銅貨を取り出し、熱を籠める。魔力で生み出した現象は魔力を制御中に限り使用者には影響が無いため、手が火傷することはない。魔力を高速で循環させると銅貨が徐々に柔らかくなってくる。


 スライムが動きをぴたりと止めた。と思った直後、ぎゅるんと身体を捻り上空へと高く飛んだ。それは放物線を描くように少女の方へと突き進む。


 反射的に体が動く。体をしならせ足を踏み込み目線は対象を捉えたまま大きく振りかぶって魔力を螺旋状に肩から腕手首手のひらへと流し込み破裂と同時に投擲。

 持っていた溶けた銅が魔力を纏って目に追えない速さでスライムに、


 ドバンッ!!


 直撃した。


 びちゃびちゃぼとぼととスライムの残骸が撒き散らされる。

 呆然とそれを見る少女と俺。

 俺自身も驚いていた。いつものやり方とほぼ同じの魔力の使い方だったが、一つだけいつもと違っていた。違っていたことすら投げてスライムが原形を無くすほどばらばらになってから気付いた。今気付いた。いつもなら最後は魔力を手のひらまで押し出すように流し爆発だったのだが、さっきはぐるぐると螺旋を描いて流し込んだのだ。おそらくスライムの動きを凝視していたせいで、スライムの渦巻くような突撃を模倣してしまったのだ。そしていつもなら溶けた銅が水弾のように高速で目標に向かっていくだけなのに対し、さっきのは溶けた銅が魔力を伴って円錐状の鏃のような形をしていたように思えた。一瞬だったから確証は無いが、あれは一体……。

 手のひらを見る。特に異常は無い。火傷も怪我もしていない。

 

 そうだ。


 あわてて襲われていた少女を見る。少女はこちらの視線に気付いたのか、散らばったスライムの残骸から俺の方へと視線を移した。


「大丈夫? 足、怪我はどんな状態?」

「え、あ、はい。こんな感じで……」


 そう言って靴を脱ぎ患部を見せる。足首辺りの一部が内出血なのか変色している。捻挫か? もしかすると時間が経てば痣が広がるかもしれない。改めて少女をみると、服全体のあちこちに擦り傷が出来ている。


「もしかして、どこからか落ちた?」

「は、はい。何か見たことも無いモノに襲われて逃げていたら足元の崖に気付かず……あの辺りなんですが」


 少女の指差す先を見ると、岩壁の上の方に奥に繋がるような場所があるように見える。

 あの先に何があるのだろうか。俺一人なら登ることは出来そうだが、彼女を連れては無理だな。


「とりあえず、あの向こうに行くのは今は無理だ。道具も手段もない。まずはその足の応急処置をして、俺の来た場所から迷宮の外に出よう」

「はい。え? め、迷宮ですか?」


 不思議そうな、驚いた表情を浮かべる少女。


「ん? なにか気になることでもあった? あ、足ちょっと失礼」

「あ、はい。いえ、その今、迷宮? とか言いましたか?」


 手持ちの道具で足の応急処置をしつつ、彼女が何か不思議そうに首をかしげ訊ねる。


「うん。迷宮って言ったよ。ここ、『時と縁の迷宮』の中だよ? ……たぶん」


 確かにこの場所に限って言えば自然の洞窟にしか見えない。もしかして迷宮はあの見えない壁があった部分までで、ここは迷宮の外側なのだろうか?


「め、迷宮って何のことですか? そんなものがこの辺りに存在しているのですか?」

「存在も何も、迷宮は世界中にあるじゃないか。なかったらとうに人類は滅びていたって言われる、人類の最後の砦の」

「ほろっ……び、ていた? 人類が……?」


 彼女は衝撃を受けた表情を浮かべると、なにやら小声で呟きながら考え始めた。

 足は治療院で手当てしてもらえば大丈夫だろう。骨に異常は無いと思う。彼女の意識がこちらに無いうちに、すばやく魔力を流して彼女の足に異常がないか調べるが、大きな怪我はしていないようだった。とりあえずはひと安心。


「あの、今、せぃ、えーと、何年ですか?」


 少し震えた小さな声は、どこか半信半疑な、冗談でも言うかのような微妙な表情から発せられる。

 ふと、テンカの顔が浮かんだ。彼との出会いや昨日交わした言葉がよみがえる。


「……今はフィーニス暦372年だね」


 表情が固まる。

 少しの静寂のせいで、自分の鼓動の音が大きくなったような錯覚をする。


「なるほど。わかり、まし……っ」


 突然、少女の瞳からぽろぽろと零れ落ちる涙。

 何か大切なものまで流れてしまいそうなそれを見て、俺は考えるのをいったん止めた。

 力になってあげよう。

 それだけでいい。今は、きっと。

 寂しげな手を掴み、ぎゅっと握る。


「大丈夫だよ」


 たぶん彼女はまだなにも窮地を脱せてなどいないんだろう。でも大丈夫。


「……はい。楽しみにします」


 少女は不器用な笑みを浮かべた。




 透明の壁は彼女も無事通過することが出来た。


「ここが迷宮ですか?」

「うん。基本はこういう人工物で出来ているみたい。まだほとんどが謎な存在だね」


 少女は興味深そうに壁や天井を見ている。

 一階層はほとんど魔物の気配が無い。彼女は怪我をしているので、魔物を回避できる道を選んで進む。


「あ! ごめんなさい。先程は助けていただき本当にありがとうございます!」


 突然思い出したかのように、そう言って頭を下げる。


「うん。なんとか無事助けれて良かったよ」

「はい。あの、いつもああいうのを退治しているのですか?」

「いやいや。実は俺、スライムを倒したのってさっきが初めてなんだよ。いつもはブタニクとかオオガエルとかそういうのをやっつけてるね」


 食料や素材にならない虫系の魔物はあまり稼ぎにならない。日銭を稼ぐなら素材として価値のあるものを優先している。


「豚肉?」

「ブタニクの肉は美味いよ」

「豚の肉ではなく?」

「ブタニクの肉だね」

「……なるほど」


 うんうんと頷いている少女。一つ一つ学習しているようだ。


「そういやまだ自己紹介してなかったな、俺の名前はアマツカ・ロウ。迷宮ギルドで探索者をやってるんだ」

「はい。私はユカリ・ミラネミスと申します。職業は環境調査員です。でした」


 しかし、どうも彼女は理解が異様に早いように思える。俺は邂逅のカードやこの迷宮の特性を僅かながらでも前知識と知っていたし、先日テンカに会った事で不思議なことに対する心構えは少しは出来ていた。だが彼女はどうだ? 察するに迷宮自体知らない状態で、なぜこちらの言い分を受け入れられる? なにかこちらを信じるきっかけのようなものでもあったのだろうか。


「あの場所に居たのはその仕事で?」

「はい。発見された洞窟の調査ですね。地上よりも空気が綺麗で、大気汚染の改善に繋がるヒントになるかもしれないと」


 大気汚染。そこは一緒か。


「大気汚染はどれぐらい酷い?」

「特に酷い場所、禁域に指定される領域が年々広がり、近隣は直に吸い続けると一時間もすれば身体が動かなくなり、半日ももちません。私が住んでいた場所は比較的ましな方ですが、空気清浄が働いている屋内での生活がほとんどですね」

「大気汚染の原因は?」

「解明されていません。皆必死に対策を立てているのですが……」


 空気を綺麗に出来る何かはあるのか。どれほどの効果があるのかはわからないが、屋外とはっきり差が出来るほどには効果があるのだろう。


「……大気汚染はいつ頃から?」

「百年程前と言われてますね。はっきりとした時期は判らないのですが、最初の禁域が指定されたのが70年前です。大気どころか環境そのものが悪化したと言われる場所ですね」


 禁域というのは俺たちが死の大地と呼んでいる場所のことかも知れない。この世界の大気汚染は、俺の知る限り始まりはわかっていない。前時代、人類が滅びる寸前まで地上は汚染されていたという記録があるぐらいだ。逆に言えば、今が歴史上で最も環境が良いといえる。全ては時代の転換期、希望の樹木の発見より始まった。希望の樹木は定期的に迷宮から発見され、地上に植えられる樹木の数は増え続けている。


「古文書の解読に一部成功し、そこに書かれていたことを頼りに調査した結果、先程の洞窟を発見したのです」

「古文書? そこには何て書いてあったの?」

「環境を変質させるモノから元に戻す力を探る。手がかりは見つけた。かの洞窟にて研究を続ける」


 環境を変質させるモノ。それを大気汚染の原因と仮定したのか。


「他の断片的な記述から水辺近くの洞窟を調査し続けたのですが、ある山の麓にある洞窟の空気が他とは違うことに気付いたのです。まだ発見したばかりで、先行調査として少人数で来たのですが」

「そこで何かに遭遇したと」

「はい。逃げる途中で他の方とはぐれてしまい、彷徨っているうちに時間も経っていたので、あれから一体どれだけあそこに居たのかわかりません」

「そっか。まぁその、災難だったな」

「ふふ。そうですね」


 なにが可笑しかったのか、小さく笑い声がこぼれる。


「それにしてもロウさんはお若いのにすごいですね。今も慣れたように迷宮を進んでいますし、なにより先程の魔物? を倒した時の技術ですか。あんなのこれまで一度も見たことも聞いたこともありませんでしたよ」

「まぁこの仕事を始めてもう5年は経つからな。さすがに少しは慣れるよ。あ、でもさっきの俺の攻撃方法は秘密ね。ちょっと模索中の技なんだけど、まぁ色々あって」

「なるほど。わかりました」


 ソロで潜ることがほとんどの現状、同業者へは少しでも優位に立てる武器になるものが欲しい。力押しではどうやっても他の魔族には勝てないのだから、俺はその使い方で差を埋めようともがいているのだ。

 一応ヒントは判り易くあった。男女の大人として認められる必要な魔力量の違いだ。男女で身体のつくりが違うのは当然としても、体格差があるのに求められる魔力量の基準が男性の方が多い。しかし実際魔力を使った際、160cmの男と150cmの女ではその威力にそう違いは無いのだ。10cm差である。見た目の体格には結構差があるのにだ。なので昔から魔族は男より女の方が魔力の扱いが上手いと言われている。それはつまり、魔力の扱いが上手ければ体格差、つまり魔力量差は補えると言うことだ。俺にとっては魔力量という壁が巨大で頑丈すぎるようなので、魔力の扱いの限度と言う壁をぶっ壊す方向で頑張っている最中なのだ。ソロで迷宮探索を続けられていることから、少しは結果が出ているはずだ。


「そっちも、ミラネミスさんも色々としっかりしている割にはとても若く見えるけど」

「いえいえ、ロウさんに比べたら私なんてもう18ですよ。あ、それと私のことはユカリと呼んでください。ミラネミスは家名なので。あれ? もしかしてロウさんはアマツカの方が家名なのですか?」

「ああ、アマツカが姓でロウが名だ。今までどおりロウの方で呼んでくれると助かる。それと俺はこんな見た目だと判別が難しいだろうけど、21になったよ」

「えぇ!?」


 驚きすぎじゃない? 傷つくんだけど?


「魔力量が少ない魔族だからね」

「え、ま族?」

「そう、魔族」


 ユカリさんはふんふんと頷くと、首を捻る。


「ま族とは?」


 おや? 魔族、知らないの?


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