31:デリンの孤児院
ガバルト邸を後にし孤児院へとやって来た。木造二階建ての孤児院はそれほど大きな建物ではないが、十人ぐらいなら十分余裕を持って生活できそうだ。孤児院前を掃除している二十歳ほどに見える金髪の女性へ、ガバルトさんは挨拶をする。
「元気そうだねエクセア。これからお邪魔させてもらって良いかな」
「まぁエクス。勿論良いけど、最近あまり顔を見せて無かったわね、相変わらず忙しいのかしら」
「最近は研究成果が出なくてね。方々へ頭を下げて回っているんだ。はは」
それ笑い事じゃないです。
俺達も二人に近づく。
「あら、お客様かしら?」
「彼らはガバルトの客人としてこちらへ来てもらったんだ」
「初めまして。アマツカ・ロウといいます。迷宮ギルドで探索者をしています」
俺に続いて二人も挨拶をする。
「これはご丁寧に。私はデリンの孤児院で院長をさせてもらっていますガバルト・エクセアです」
ガバルト? デリンの孤児院だからガバルト家が受け継いでいるのか。ガバルトさん、二人ともガバルトだから名の方で改めるか、エクセアさんはエクスさんとも子供とも歳が離れているから親戚だろうか。名前が似ているから歳の離れた兄妹かもしれないが。……ん? あれ? 魔力の気配がある。
「あの、すみません、もしかして魔族の方ですか」
今まで気付かなかったほどに魔力の気配が薄い。魔族で間違いはないだろうけど、隠しているのか? 安易に聞いてしまってからその可能性に気付いた。しまった。
「あら、よくお気付きになりましたね。ええそうよ。私もあなたと同じ魔族。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
魔力の隠蔽は今まで色々試したが俺には出来なかった。何か秘密があるのだろう。既にやらかしてしまったが、今後は失礼のないように気をつけよう。
「エクセア、彼に関して大切な話があるんだ。あの部屋に案内してもらえないか?」
「あの部屋に? まさか」
「ああ、それも着いたら話そう」
「分かったわ。皆さん、こちらへどうぞ」
孤児院の中へと案内される。
孤児院はエクセアさん含めて主に三人の大人で面倒を見ているらしい。今、一人はリズの店に、もう一人は子供達と一緒に出かけているとのこと。他にも臨時で迷宮ギルドの人が手伝いにきてくれるらしいが、基本はこの三人という話だ。エクセアさんは既に結婚されていて、旦那さんは探索者をしているそうで、今も迷宮に居るらしい。
子供達の居ない孤児院はとても静かだ。子供達が騒いでも大丈夫なように防音がしっかりしているのだろう。入って直ぐの場所には子供達が描いたのであろう沢山の絵が飾られていたし、小さな庭には綺麗な花が見えた。温かい場所だ。
孤児院の奥に進むと鍵のかかった扉があり、開けて中に入ると正面と横とに二つの扉が見える通路に出る。真っ直ぐ進み正面の扉へ、そこにも鍵がかかっており、鍵を開けて見えた中の部屋は五人が入るには狭い空間だった。窓ガラスもなく、通路に掛けられたランプの明かりだけが暗さを際立たせる。
「アマツカ君。さっきの手紙をみてごらん」
エクスさんに言われ、持っておくようにとポケットに入れていた手紙を取り出し見る。エクスさんが床を指差し、そこに描かれた模様を見ると、手紙に描かれていた絵と部分的に似ていることに気付く。
エクセアさんが口を開く。
「孤児院の院長になった者はその場所の開け方を教わるのよ。中を掃除しないといけないですし。ただし院長以外の立ち入りは禁じられているわ。例外は、その手紙を持って自ら開ける事が出来た者ね」
床に描かれた模様は、一見既に完成されていておかしいところはない。手紙に描かれた絵を参考に壁の一部を押すと、床の模様がある部分に魔素の流れが発生し、その箇所が床ごと上昇を始める。俺の胸辺りの高さで止まると、模様は縦横四マスずつの十六枚に分かれ、そのうち右下の一つだけが欠けて十五枚の石板となった。
「十五パズルだな」
突然の魔素の発生から一連の動作に驚いていると、テンカが目の前に現れたものを指して言う。
「空いた所に周りの石板を移動させていって、目的の形にするんだ」
魔素の気配が消えた石板を触ってみる。一枚の石板を外そうとしてみるが、何かに引っかかって取れない。空いた箇所へ隣の石板をずらすことは出来た。
「迷宮の奥にあった仕掛けを参考に作られたそうですよ。初代の方が作られたそうです」
迷宮の仕掛けを再現したのか。初代の人、この孤児院を創設した人だよな? すごい人だ。
改めて手紙に描かれた絵を見る。最初に床に描かれた模様は規則正しく上下左右対称のものだったが、手紙の絵はそうではない。この絵柄に合わせるのか。石板を移動させていく。
「うーん? 難しいな」
部屋に居るのは俺とエクセアさんだけだ。狭いからな。石板を手紙の絵柄と同じにしようと動かしていくが上手くいかない。
「面白そうですね」
苦戦している俺の隣にやって来たユカリさんが、楽しそうにそれを覗き込む。
「……やってみる?」
「いいんですかっ」
ちらりとエクセアさんを見ると、優しげな表情で頷いてくれる。
「どうぞ」
「わーい」
ユカリさんは俺から受け取った手紙の絵柄を見ながら石板を動かす。
「これがこうなって、これがこうですね……こうなるから、こう、でこうして、こうかな?」
迷う素振り無く石板を動かしていく。段々と手紙の絵柄に近づいていく。ちらりとテンカを見る。
「人には向き不向きというものがあって……」「出来ましたっ!」
ユカリさんの言葉に合わせて、再び石板に魔素が流れ始める。絵柄は無事完成したようで、今度は完成した模様ごとどんどん沈み、最終的には地下に通じる階段となった。
「おめでとう。ここから先に、あなた方が求めるものがあるわ」
エクセアさんはエクスさんへと振り向く。
「で合ってるわよね?」
「ああ、合ってる」
気の抜けるやり取りを終え、エクセアさんに先導されて地下へと進む。最後尾についたエクスさんが、最後に部屋の扉を内側から閉めていた。
地下への階段を下りると通路は折り返しとなり、道は孤児院の中心に向かう。その先にある立派な扉を開けると、中はガバルト邸にあった隠し部屋より倍ほど広く見える場所だった。エクセアさんが魔法で部屋の中のランプに明かりを点ける。明かりに照らされた室内には、いくつもの書架や中央には数人で話し合えそうな大き目のテーブルがあり、ギルドの資料室を髣髴とさせた。
「ここは初代の院長、ガバルト・アルフが集めた、リズミエラとガバルト・デリンの研究成果に関する資料が保管された場所よ」
研究成果!?
「ここにリズミエラの毒薬の製法が!?」
「ええ、あるわ。魔族にとっては天敵の薬ね」
エクセアさんは一つの書架へと歩み寄り、一冊の本を取り出す。
「他の魔族から狙われ失われたものは複製本。こちらがオリジナルみたい」
どこか自慢げに本を掲げている。今までここの院長にしか存在を知られていないものだ、ようやく秘密を共有できる者と出会えて嬉しいのだろうか。だけどそれはかなり危険な物のはず。
「それは、あってはいけないものでは?」
「そんな事ないわ。なくなるとまた偶然生み出されてしまうかもしれないけど、知っていれば生み出すのを防ぐことが出来るもの」
あ、ああ、そうか。た、確かにそうだ。当たり前の事だ。作り出される物が俺にとって天敵すぎて、感情的に判断してしまっていたのかもしれない。
「ここにこんな場所があったのか。てっきりデリンの書記だけが保管されているものとばかり」
エクスさんは部屋中にある資料の多さに、少し興奮気味に見える。研究者にとっては宝の山に見えるのかもしれない。おや? ユカリさんも興味津々のようだ。だが今は他に優先すべきことがある。
「目的の物を探しましょう」
「デリンの書記よね。それはここにあるのだけど」
エクセアさんはそう言って、部屋の端にある机の引き出しから一冊の本を取り出す。
「そろそろ私にも今の状況を教えてもらえない?」
その言葉にエクスさんが正気に戻ったのか、今の状況を説明する。邂逅のカードについてはこの人になら問題ないだろう。今までこの部屋の秘密を守り続けてきたのだ。口の堅さには信頼がおける。
「そうだったの……。もしよければ、その邂逅のカードを見せてもらえないかしら?」
デリンの書記を机に置いたエクセアさんに、俺は問題ないと邂逅のカードを取り出して渡す。
「ここに彼女の名前が……」
じっとカードを見つめていると、その相貌から涙が零れだす。
「あら、ごめんなさい。少し彼女に感情移入してしまっていたのね」
カードを俺に返してから涙を拭う。
「エクスも彼女の事はよく知らないでしょう? 帰ってきた時のためにも、アマツカ君達と一緒に彼女の事を知りなさい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
デリンの書記を手に取り、中央のテーブルへと着く。俺の両隣にユカリさんとテンカ、向かいにエクセアさんとエクスさんが並んで座る。リズミエラの邂逅のカードを持つ俺が代表してデリンの書記に目を通すことになった。




