30:ガバルト家に伝わるもの
レクラースは世界樹を中心に丸く広がった形の都市だ。世界樹の立つ場所は元々は大きな湖だったらしく、その中にあった小島へと世界樹が植えられ育っていくにつれ、今のように湖の中にある小さな森のようになった。そのため湖だった頃は迷宮の入り口が湖の西側にある関係上、現在のレクラース西側に当たる場所が都市の中心部になり、今も迷宮ギルド本部があるなどその名残がある。世界樹が育つにつれ、それを取り巻くように都市は広がっていったのだ。
ここでの俺の行動範囲は迷宮門と迷宮ギルド、迷宮門から少し南下した場所にあるパルカの宿を主にしているため、ほとんど都市の西側の一部しか知らない。一応ユカリさんと一緒に散策して一度だけなら行った場所は多いが、それぐらいだ。ちなみにデリンの孤児院も宿屋から近い。孤児院が運営している『リズの店』が迷宮門から宿屋までの道の途中にあるが、その近くにあった。
招待されたガバルト家の邸宅もそんなレクラース西側の一角にあった。迷宮ギルド本部を少し南下した場所には希望の樹木が多く植えられた広場があり、そこに面して建っている家の一つがそうだった。この辺りにしては随分敷地面積のありそうな立派な邸宅だ。
「よく来てくれたね。歓迎するよ」
ガバルトさんに招かれ屋内へと入る。ご家族の方を紹介され、簡単な挨拶を交わす。十歳に満たない子供が二人、男の子と女の子が居た。男の子の方が年上のようで、研究者の子供らしく言動の節々に年齢にそぐわない知的さが垣間見える。ガバルトさんの奥方は明るく活発そうな印象を受けるが、この方も研究者なのだろうか? 紹介の際には妻とだけ言われたし、違うかもしれない。印象的には探索者の方が合っていそうだ。
ご家族の方と別れ、書斎へと案内される。ここにリズミエラに関する資料があるのかなと思っていたら、書架の一つが横に移動し、奥にある部屋と繋がる狭い通路が現れる。隠し部屋だ。
「秘密にしておいてね」
楽しそうにそんな事を言うガバルトさんの後に続いて隠し部屋へと移動する。ランプに照らされた中の部屋は通路の狭さとは対照的にそこそこの広さがあるようだった。壁際にはぐるりと書架が並び、中央には書斎机。しっかり掃除しているのか埃っぽさはないが、紙媒体の物が多く空気はやや乾燥している。
「まぁこの部屋自体は子供達でも見つけられるぐらいだからね。本題はこっちだ」
書架の一つの側面を弄ると、側面の一部がコトンと手前に倒れ、そこにいくつかの鍵が収まっていた。一つの鍵を手に取ると、それを使ってこの部屋の中央にどんと構える書斎机にある一番下の引き出し開ける。その引き出しの中の物には手をつけず、引き出しの奥に手を入れて何かを取り出す。
「これはガバルト家に伝わる手紙なんだ。リズミエラが帰ってきた時に読むようにと言われている。だけど皆の知っての通り、リズミエラは二百年も昔の人だ、帰ってくると言われても何の事だか分からなくてね。父も祖父も一応言いつけを守って保管はしていたようだけど、あまり気にしてはいなかったよ」
「邂逅のカードの可能性は考えていなかったのですか」
テンカの問いに、ガバルトさんは面白そうに答える。
「時を越えて出会えるってやつだね。流石に本当の事だとは思わなかったな。物語の創作だと思っていたよ。邂逅のカード自体は存在が何度も確認されているようだけど、どういうものなのかの情報はほとんどないからね。今回のアマツカ君やテンカ君のカードに関しての情報も秘匿されるだろうから、積極的に公表するようなことが無ければ部外者が知ることはないだろう。僕達もまだ君達の手に入れた邂逅のカードがどういったものなのかはほとんど知らないしね」
今、俺とテンカ、ユカリさんとフチ以外に知られている情報は、邂逅のカードの入手方法と、邂逅のカードに触れると隠し通路を認識し通れるようになる事、所有者の名前と対象の人物の名前が表記されていることと、窮地に陥っている場合の挑戦がどうこうといった事ぐらいか。レベルの事と対象を助け出した際に力を授けられることは話していない。ただ俺自身もこのカードの全てのことを知っているわけではないし、ほとんど分かっていないのは俺も同じなのだろう。
「中身が何かは確認されたのですか?」
「はは、研究者だからね。皆一度は確認していると思うよ」
俺に手渡される、ガバルト家に伝わる手紙。
「拝見します」
手紙に書かれていたのは短い文と何かの絵だ。
『もしリズミエラが帰ってくる事があれば、どうかガバルト家で保護してもらいたい。彼女に関する悪い情報が広まっており、もしも彼女のことを信用できないようであれば、デリンの孤児院に行き下に記した場所にあるデリンの書記を見て欲しい。』
絵はデリンの書記の在り処を示したものだったようだ。
「ここに書かれた書記や孤児院の名前からして、デリンというのはガバルトさんのご先祖様ですか?」
「僕の先祖の兄に当たる方のようだね。家系図にあるよ」
「ガバルトさんはこのデリンの書記を見たのですか?」
「それは見てないね。あまり軽い気持ちで見るものでもないと思ったんだ」
手紙には彼女のことが信用できないようであればと記されている。わざわざこんな遠回りな方法で残しているのだ、確かに興味本位で調べるようなものではないか。
「ただ、推測は出来るかな。僕にとってそこに書かれたデリンの書記を見る事は答え合わせに近いんだ」
「何か他にも情報が?」
「僕の直接のご先祖様が書いていた日記にね。当時は酷かったらしいんだ、魔力量の少ない魔族への迫害が」
「それは、リズミエラの毒薬が生まれて以降の迫害の事ですか?」
「いや、それが生まれる前さ」
「それ以前に、すでに迫害があったのですか?」
俺の知る限り、魔族内の迫害はリズミエラの毒薬開発を原因として起こったものだけだ。今でも魔力量の少ない者に対する当たりは強いが、迫害と言う程のものじゃない。俺だって探索者をせず開拓作業をしていればそれ程悪く言われることはなかっただろう。たぶん。
「リズミエラの薬以降の迫害の際に、意図的に変えられたみたいだけどね。確かにあったとご先祖様は記録している。一番酷い時だと、命の危険さえあったと」
「そんな時代が……」
だが、だとするとリズミエラがその薬を生み出す動機も理解できる。リズミエラも低魔力量の魔族だ。迫害により命を狙われたのだとすると、その復讐を考えても不思議ではない。だがもし復讐心に囚われた状態なのだとしたら、やはり救出するのは躊躇われる。そんな状態の人に何か出来るほど、俺は優れた力も知恵もないのだから。だからと言ってこの状態のまま放っておくのも気が引けるんだけど……。
「ですが、それではリズミエラさんの薬は迫害を助長してしまったのでは? 命の危険すらあった迫害です、犠牲となった方も多く居るのでしょうか」
ユカリさんの言葉はもっともだ。迫害対象が新たな害を為す存在だと分かれば、状況はさらに厳しくなるだろう。俺の調べた資料では迫害に近いものがあったと記されていたが、実際は迫害そのもので犠牲者も多く居たのかもしれない。
「どうだろう。それまでにあった迫害とリズミエラの薬が原因となる迫害の間には空白期間があってね。一度、魔族の迫害は止まったようなんだ」
「止まった?」
「止まったと言うか、止められたか。迷宮ギルドの介入によってね。そしてその主導者となったのがガバルト・デリンだ」
迫害への介入について、その詳細は書かれていなかったらしい。しかし実際に迫害は無くなり、虐げられていた者達は安全に暮らせるようになったという。だがそれからしばらく経ってから、今度は迷宮ギルドの資料にも書かれてあった迫害が始まったと言う。ガバルトさんのご先祖様は、ある魔族の扇動によるものだと考えた。その魔族というのはリズミエラの毒薬の被害者なのだろう。
「それに対しては迷宮ギルドやデリンさんは動かなかったのですか?」
「迷宮ギルドの思惑に関しては分からない。デリンに関しては、その時には既に居なかったんだろう」
「それは……デリンさんは高齢だったのですか?」
「ご先祖様の記録では、ガバルト・デリンは四十の頃に失踪とある。これは僕の憶測だけど、彼はリズミエラの後を追ったんじゃないだろうか」
資料室で得た情報の中にはリズミエラは魔族によって粛清されたとある。けど今日聞いた話はリズミエラが帰還する可能性を示している。リズミエラは毒薬を開発して以降の記録が無い。
「リズミエラも何処かへ失踪したと」
「デリンはその行き先を知っていたのかもしれない」
「けれどここに帰ってくるかもしれないと、ガバルトさんのご先祖様は考えたのですよね」
「デリンにお願いされたみたいだけどね。本人も同じ気持ちだったらしいし。この手紙が書かれたのも、デリンが失踪してから何十年も後なんだ」
結局二人は帰ってこなかったから、今もこうして手紙が受け継がれているのだろう。そしてリズミエラは見つかった。俺の邂逅のカードの相手として。
「リズミエラは迷宮へ隠れたということでしょうか」
「カードのあった場所を考えると、山を越えた可能性のほうが高いね」
確かにあの場所へ迷宮経由で行くにはユカリさんとの邂逅のカードが必要だ。他の邂逅のカードから繋がる道もあるかもしれないが、山を越えて古代遺跡側の入り口から向かった方が、まだ可能性は高いか。
しかしそうまでしてリズミエラの後を追うとは。ユカリさんも同じことを感じたのだろう。
「デリンさんにとってリズミエラさんは、とても大切な方だったのでしょうか」
「おそらく。デリンに結婚暦は無いし、もちろん子供も居ない。失踪前に一人養子にした子がいるけどね」
「養子が居るのに失踪したんですか?」
テンカの疑問はもっともだ。養子にするという事は、何かしら責任を持って引き取ったということだろう。失踪してしまってはなんのために養子に迎えたのかわからない。
「その辺りの事も含め、これから確認しに行こう」
手紙を見る。そこに書かれたものを確認すれば、その答えは分かるのだろうか。




