29:評価
結局あれが一体なんだったのかはヒントすら掴めなかったが、発生条件と行動範囲の情報は得ることが出来た。次回以降、何度も試す事でその情報精度は上がっていくだろう。
迷宮に向かって進み、崖を降りた所でもう一度振り返る。
「ここの危険度が低いのなら、階段でも作った方が良いだろうな」
現在ここを通過するには、上から垂らしたロープと壁に作った窪みを利用して昇り降りしなければならない。単純に手間だというのもあるが、これから何度も資材を運んだりする事を考えるとこのままだと不便だ。
「ここは迷宮の壁とは違って、簡単に傷つけられますし修復もありません。それを利用できれば少しは上りやすく出来ると思います」
「少し試してみても良いでしょうか?」
フチの言葉に局長は頷く。フチはそれを確認し、近くの壁に近寄る。右手を壁に当て魔法を発動すると、壁の一部が綺麗な長方形のブロックに切り取られる。
「出来た。これを積んで魔法で固めれば階段を作れる」
「ふむ。どれぐらいの時間で出来る」
フチの視線が一瞬俺の鞄を見る。おそらく魔力回復薬の事を考えたのだろう。
「切り出したブロックを運ぶのに時間がかかるので、魔力の消費なども考えると丸一日かかるかと」
「最後に魔法で補強されるのであれば、臨時で組む階段よりは耐久性も高いだろう。それを考えれば十分に早い。頼めるか」
「はい。任されました」
今日は時間も遅いので、その作業は翌日以降にする事にした。
迷宮へ戻ると、例の再生の大樹が見つかった部屋に先に戻っていたユカリさんと研究者の二人が居た。ガバルトさんが局長に話しかける。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、報告通りだったよ。気をつけさえすれば危険度は低いな」
あれは突き当たりの壁に触れるまで姿を現すことはなかった。魔族である俺とフチには目視できるようになる前に魔素の動きで察知できたが、テンカが壁の前で立ち止まった時の魔素の様子から、壁に触れるまでは姿を現さないだろうと確信が持てる。ならばあの場所に行きさえしなければ、安全に古代遺跡まで行くことが可能だという事だ。あの空洞に不定期に現れるなどという事態にならないようで良かった。
全員揃い一息つけたし、レクラースへと帰るかという所で、俺だけ局長に呼び止められ他の人たちを先に帰そうとする。
「噂の事だ」
そう言えば帰る時に教えてもらえるんだったか。とりあえず今回の調査は合格点に達したらしい。その言葉が聞こえたのか、部屋を出ようとしたテンカが戻ってきて俺に聞く。
「オレも一緒に聞いて良いかな」
言葉は軽いが、その表情は何処か困ったような、心配するようなものだった。
「テンカも一緒でいいでしょうか?」
「アマツカが大丈夫なら構わんよ」
今から聞く事は俺に対する悪評だ。その内容が真実かどうかは別として、周りからそう見られているというものなだけに、それを聞かれるのは辛くもあるのだけれど。それでもここで、迷宮で活動をし続けていればいずれ耳に入る事だ。テンカ達のおかげで話を聞く余裕が生まれたのだから、テンカが気になるのなら隠さずに知ってもらおう。
部屋に三人だけとなる。
「クロウズに言っておくと、今から話すのはアマツカがこの五年、迷宮ギルドの魔物討伐員として迷宮で活動してきた間に、アマツカに対して生まれた噂と評価だ」
「噂と評価。評価の方は迷宮ギルドからのものですか?」
「そうだ。噂はその人物像を知るための手段の一つだな」
組織として、自分の部下の情報を集めるのも大事な仕事の一つなのだろう。
「先に、私の耳に届いたアマツカの噂がどういったものかを言うと、『アマツカ・ロウという魔族は努力をしないから魔力が低い、協調性がないから味方が居ない、問題行動を繰り返すから誰ともパーティーを組んでもらえない』だ」
……ふぅ。まぁ、そんなとこだろうとは思っていたけど。改めて他者からそれを言われると、怒りよりも、悲しさがくるなぁ。
テンカは目を瞑って聞いている。何を思っているかは分からない。
「努力をしない奴も協調性がない奴も、勿論問題行動を起こす奴も少なからず居る。だから噂だけならそんなものかと気にも留めなかっただろう。せいぜい問題児として注意喚起をするか、酷いようだと迷宮ギルド員の資格を剥奪するか程度だ」
問題を繰り返すようになったらそうなるのも当然だ。組織としても支障が出る。
「だが迷宮ギルドの実績としての評価は違った。依頼の素材を定期的に納品し、単独で迷宮深部の素材まで手に入れている。実際に対応している迷宮ギルド員からの評判は悪くなく、何か事件を起こしたという話も聞かない」
黙々と迷宮の魔物を狩っては売りを繰り返していたからな。問題を起こす余裕すらなかったとも言える。
「どうも噂と実績に乖離があるようなので、同じ魔族としての意見を副局長に聞いてみたのだ。あいつは『運がない』と言っていた」
「運、ですか。それは魔力量の成長のことでしょうか」
「選んだ迷宮がウルグスだった事がだそうだ。あそこには魔族の本能に抗えるほど理性のある者が少ないのだと。近隣の迷宮探索初心者が集まるからな」
初心者向けだったから俺もなんとか単独で探索を続けられたと思っていたが、人という環境面では良くなかったのか。
あの頃を思い返してみる。確かに全体的に若者の多い場所だった。
「つまり迷宮ギルドは、ロウの事を正しく評価しているということですね」
「そのつもりだ。最初に言ったが、噂は所詮噂に過ぎんのだろう。役に立つ事もあるが、今回の事のように全く当てにならん事もある。私はこれまでのアマツカの実績と、今回の調査で見たものを信じるよ」
「……ありがとう、ございます」
何を言って良いか言葉が思い浮かばなくなったが、それだけは言い頭を下げる。
「それにな、迷宮探索を続けていれば嫌でも分かる時は来るのだ。努力をしたからといってどうにもならない事など……むしろそちらの方が多いのだ」
最後はどこか少し悲しそうな声だった。これまでに色々あったのだろう。
だがやめて欲しいのだけれど? 俺は全然諦めてないのだけれど?
「これからも魔族との関係は大変だとは思うが、諦めなければ理解してくれる者も増えていくだろう。アルティマのような者も居るのだ。これからも安心して迷宮を探索し、人類に貢献してくれ」
確かに、フチはともかくウルグスにも一人、俺の事を応援してくれた魔族も居るんだ。迷宮ギルドが俺に対して悪い印象を持っていないと知れただけで十分救われる。俺の肩にテンカの手が置かれる。
「オレも一緒に居るんだ。一人で背負い込む事なく気楽に行こうぜ」
「はは。頼りにしてるよ、ホント」
鑑定の能力にな! ……助かるよ。
先を進んでいた人達と一旦合流し、夜番の時と同じ組に分かれる。下層に行っていないため気付く者は居るだろうが、一応バラバラに迷宮を出る事にする。局長とフチの二人が先行し、半刻ほどずらし俺とユカリさんが、最後のテンカと研究者の組はゆっくりと出る事になった。局長達が急いで行ったのなら、俺とユカリさんは急がず普通に歩いて出れば良い。テンカ達は一階層を少し調べてから出ると言っていた。一階層にも水路はあるので、マナさんが研究用に持ち帰るらしい。これまで迷宮に流れる水に外の物との違いは見つかっていなかったが、実際魔力回復薬という物を確認したマナさんにとっては再度研究するに足るものだ。
迷宮門内にある素材買取場で昨日局長が狩ったオオネズミを売ってから外に出る。
「今回も随分と歩いたし、疲れたよね」
俺は慣れてるから大丈夫だけど、ユカリさんはそうでもないだろうし。歩いている場所が洞窟や迷宮といった閉塞感のある場所だから、そういった部分でも疲れると思う。
「はい。ですが前にも言ったように、こちらへ来てから随分と体調が良いんですよ。これも世界樹のおかげなのでしょうか」
「かもしれないね。良い方に変わるなら問題もないし」
迷宮カードの一文が頭をよぎる。何かしら力を与えられているらしいが、それの影響だろうか。確かに俺も魔力を効率的に使えるようになったのもあれからだし、スライムや螺旋だけの影響ではないのかもしれない。ただしユカリさんのレベルは1のままだけど。
世界樹、再生の大樹は地上の大気汚染を浄化するという事と希望の樹木を繁殖させる事、それとすぐ側で生まれた子供が長耳の人族になる事は確認されているが、まだまだ謎は多い。樹液も魔素障害を治す力があるし、そう考えると希望の樹木すら無い環境で育ったユカリさんの身体能力が向上していても不思議ではないのか? もしくは元々ユカリさんの体が大気汚染によって蝕まれていたのが癒されたか。どちらにせよ体調が良いのは喜ばしい事だ。
宿に帰り、日が落ちてきた頃に帰ってきたテンカと合流してから明日の予定を話し合う。明日はユカリさんとテンカとの三人でガバルトさんの家に行く事になっている。ユカリさんは俺の邂逅のカードのパートナーという事で、テンカも協力者という事とガバルトさんが保証人になっている事から一緒にという訳だ。
明日は俺の知らないリズミエラの事を教えてもらえるわけだけど。
今日手に入れた邂逅のカードを見る。
この人は、魔族にとって許されない物を生み出した人でもあるのだけど。それと同時に、俺と同じ悩みを持つ人のはずなんだよな。




