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縁の迷宮と、邂逅と。  作者: 銀筆
第一章
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幕間:理不尽

幼馴染。物心付いた頃には彼の後を追っていたように思う。

どこか能天気で、ロマンチストな彼が私は好きだった。

別に異性間のものというわけではない。一緒に居て楽しいから好き、そういうもっともありふれた分かりやすい好きだ。


ある時から幼馴染に対して、善くない感情を抱くようになった。原因に心当たりなどない。私が彼を追い越し成長していくにつれ、どんどんとその気持ちは強くなる。私はそれを理不尽だと思った。

ふとした拍子にそれが零れ出る。気を張り詰めると表情が険しくなる。感情を抑えようとした。

それはきっと彼を傷つけるものだから。

未熟な私は距離を置くしかなかった。


周りの人の私を見る目が変わる。あれが羨望なのだろう。

私はちっとも嬉しくなかった。

だってあれは私が彼に抱く感情と同じだ。これまで一緒に築いた楽しい思い出を全部置き去りにして、勝手に湧き出てくるものだ。

両親にこの感情の事を聞いても、当たり前の事だと言うだけで求めるものは何も得られなかった。

そして、彼と付き合うのは止めるようにと言われた。

皆が自由に感情を表に出せる事が悲しかった。


彼が村を出て行くのは当然の事だろう。

私は以前から推薦を受けていたこともあり、迷宮ギルドに所属することにした。開拓村にはない膨大な資料に片っ端から目を通し、知識を蓄えていくことで少しずつ彼への感情が和らいでいった。無知は恐怖だ。原因を少しずつ解釈していくことで、私は少しずつでも彼に歩み寄る。


ウルグスという国は駆け出しの探索者が集まる。だがそれは言ってしまえば未熟者たちだ。自己が確立せず同調圧力が強くなりやすい。少しでも自我を保とうと自信の無い者ほど当たり前を持ち出し異端者を排斥する。結果、何か劣る点のある者は悪とされ、自称正義の者達の餌食となる。自己の無い正義の者達は言い訳するようにそれが悪だと風評し、都合の良い情報だけで同意を得るとそれを己の自信とする。自分達だけが攻撃したわけではないと非難を恐れて周りを煽り、対象を追い詰める。一人の悪を作り、皆でそれを非難することにより仲間意識を得る。次第に仲間の数で正しさを語り始める。そして恐ろしいことに、本人たちが自信をつける頃には本当に自身が正しいのだと確信しているのだ。愚かな未熟者の末路なのだろうか。

彼はその犠牲となった。

彼の言葉は信用されず、自信満々に嘘を並べる有象無象の言葉が信用された。本人達に嘘の自覚はない。自身の理屈では正しいことなのだろう。

彼が他者の言葉に耳を傾けなくなるのは当然だったとも言える。


私が彼にかけられる言葉は何一つ思い浮かばなかった。

私にあるのは、彼に対する申し訳なさと、嫌悪と、楽しかったはずの過去の記憶だけだ。

私の好きはどこに行ってしまったのだろう。

私の好きは、どこに行ってしまったのだろう……。


彼がこの国を出るまでの最後の一年の活動は、ほとんど死を望んでいるかのような毎日だったように思う。一人で迷宮に行き、最深部の魔物の素材を得て帰ってくる。早朝に潜り深夜に帰ることも多い。心配しているのはごく一部の者達だけだ。一度彼を非難したものは、決して彼を肯定しない。歪な生活にそれも悪だと非難は増す一方だ。賛同者の多くも娯楽のように非難を続ける。

つまらない毎日になってしまったものだと思う。

知識を得ている時だけは穏やかで居られたのに、ここではもう得るものが何もない。


彼はこのまま死んでしまうのだろうか。

ふとそう思ったとき、唐突に酷い不快感がこみ上げてきた。


そうだ、どこか違う国へ行こう。

ここは停滞している。

彼を無理にでも連れ出して。


意を決して彼の元へと向かうと、唯一彼に友好的に接している魔族との会話が耳に入る。彼は何処か憑き物が落ちたような表情で話していた。

私は偶然、彼がこの国を離れることを知った。

すぐに迷宮ギルドへ行き本部からの引き抜きを受けることを伝え、準備を済ませる。

彼の泊まっている宿屋の店主にも挨拶をしておく。私の言葉を信用して、彼に優しくしてくれていた。

彼が無事に町を出られたことを確認すると、私は魔法でレクラースへと向かった。


私が引き抜かれた先は迷宮ギルド本部の監察局だ。どういうわけかギルド内での信用度が高く、職務も苦にならなさそうだったので受けることにした。

提出を求められていたウルグスの調査書を渡すと、監察員の証と擬装用のいくつかのギルド証を受け取る。大図書館への入館許可を願い出ると、あっさりと許可が下りた。


数日経って彼は到着した。その彼の後ろを謎の男がつけている。

誰? あの男。

ウルグスには居なかった男だ。怪しい。動作がどこか精錬されており、目つきも鋭い。しかしどうにも悪意といったようなものは感じられない。覚えておこう。

それはともかく、彼が早速魔族に絡まれていた。ウルグスでも見た顔だ。私は彼の元へと向かった。


一日空けて、再び彼が迷宮ギルドへやってきた。その後ろには知らない女性、少女が居る。

誰? その女。

彼との微妙な距離感に、知り合ったばかりだということは判る。一緒に行動しているのだから何か理由があるのだろう。

丁度別れて行動するようだったので手助けをする。

軽く話してみたけど害意は全く感じられなかった。まずはひと安心。


次はあの男だ。

最近迷宮ギルド探索局の採集部へと入ったようだ。彼と親しそうに会話しているのも確認している。話しかけると気さくに応じてくれた。

彼はどうも迷宮に用があるらしい。これまでの目的とは違う何かがあるのだろうか。

興味が出てきたので同行を願い出る。二つの質問に答えたところ、快く許可を得られた。この男も彼のことを心配しているようだった。


迷宮で彼と会話をする。

他の二人の影響か、以前のように明確に嫌な気持ちは沸いてこなかった。


私はあの日、彼の背を追い越した日から少しずつ湧き上がる感情に負けそうで、彼との会話に怖さを感じていた。

本能が私の意に反しているのなら、理性でそれを上回らなければならない。理性は知識によって育てられる。知識を得れば少しは抑えられる。結局のところ、私も未熟者なのだ。

あれから今まで、私はどれだけ理性を育てることが出来たのだろうか。

わからない。

けれど。


私は彼との会話を重ねる度に、懐かしい感情に触れることが出来るのだ。

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