18:始まり
迷宮入口近くの小部屋でテンカとフチの二人と別れる事にする。
「あの場所の件については私が迷宮ギルドと掛け合う。任せてもらって良い?」
「ギルドからの信頼度が一番あるのはお前だろうし、やってくれるなら助かるが」
「最低でも希望の樹木を得られるようにする」
あの場所を開拓しようとすれば大量の希望の樹木が必要になる。自分たちで見つける分だけで補おうとするとかなりの年月が必要だ。あの場所が開拓地として認められ、希望の樹木を回して貰えるようになれば、かなりの時間短縮になるだろう。だが新たな開拓地として認めてもらうには、当然迷宮ギルドから確認のための人員が送られるはずだ。邂逅のカードの事も話す事にはなるだろうが、迷宮ギルド自体がカードの秘匿を推奨しているのだ、おそらくなんとかなるだろう。
二人が部屋を出てから少し時間を置いて、俺とユカリさんは迷宮を出た。
正体不明との戦闘もありそこそこ疲れているので、寄り道をせずに宿屋に帰る事にする。
迷宮門から南下する大通りを歩いていると、ふと目の前を歩く女性の頭に見覚えがあることに気付く。頭というかその特徴的な耳にだが。そういや以前も治療院を出た後南に向かって歩いていたなと思っていると、その長耳女は突然立ち止まり振り返る。
「濃い希望の気配がします!」
視線を忙しなく移動させると、ピタリとこちらで止める。
「あのあの、何か特別な希望の樹木をお持ちではありませんか!?」
「え。いえ、持ってないです」
「ではでは、つい最近まで持っていたということはありませんか!?」
「んー? いえ、確か普通の希望の樹木だった、と思いますけど」
「そうですか……。突然申し訳ありませんでした……」
女性は残念そうにそう呟くと、背を向けて歩き出した。
突然の事に驚いた。ユカリさんと顔を見合わせる。何か言いたそうにしているが、長耳女がまだ近くに居ることもあり言葉が出ない。長耳だから聴力が優れているとかそういったことはあるのだろうか。
俺たちは少し速度を落としてみるものの、行く先が同じ方向のようで、長耳女がずっと視界にちらついている。宿屋へ続く小道へと曲がっていくのを確認。
「あの方は知り合いなのですか?」
「いや、初めて話したよ」
「そうなのですか。特徴のある耳をしておられましたね」
「おそらくだけど、長耳エルフと呼ばれる人だと思う。世界樹のすぐ側で産まれると、あんな感じの耳になるんだって」
「あの大樹の近くに出産する施設があるのですか?」
ユカリさんは壁の向こうに聳え立つ世界樹を見上げる。
「いや、たぶんここじゃなくてエルフガーデンの方だね」
「あ、知ってます。確か迷宮のない唯一の国でしたねっ」
「その通り」
よくお調べでいらっしゃる。
「近くに住んでいらっしゃるのでしょうか」
「あの先にも町は広がっているからね。たまたまだろう」
正直、ほんの少しぐらいは長耳エルフという存在に興味はあるのだけど。よく知らない存在の中に、魔力量を上げるヒントが隠れているかもしれないからね。長耳エルフはエルフの中でも特別扱いされていると聞くから、安易に声をかけるのも躊躇われる。
「それにしても、濃い希望の気配って。可能性としては昨日迷宮で見つけて古代遺跡近くに植えたアレのことかな」
「ぐらいしか思い当たりませんね。普通のものとは違ったのでしょうか」
「俺も苗木を見つけたのは初めてだったからなぁ。もしかして宝箱から得られる苗木は、迷宮に生えている物とは少し違うのかな?」
「なるほど。確かに可能性はありますね」
魔素収集装置という名の宝箱から得られるものだ、他のものとは多少違っていてもなんら不思議はない。『濃い』と言っていたぐらいだから、もしかすると普通のものよりも浄化力が強いのかもしれない。それだと嬉しいね。あの場所の開拓が早く進む。
「次行く時が少し楽しみだ」
ユカリさんも笑顔で同意する。次にあの場所へ行くのは迷宮ギルドの調査員と開拓地の確認に行く時かな。流石に頻繁に行くには距離があるし、危険もある。邂逅のカードが必要なために知る人も最小限に限られるだろうし、先は長そうだ。
宿屋へ帰るとミミルちゃんが出迎えてくれた。無事帰ってきたことに安心したようだ。
ユカリさんと別れてから部屋に戻ると、備え付けの机に向かう。テンカは戻ってきていないようだ。ギルドにでも行ったのだろうか。
(とりあえず、当面の目的でもまとめるか)
高い部屋だけあって机には筆記用具も置いてあり、それを使って頭の中を書き出してみる。
「……こんなものかな」
魔力量を上げることはわざわざ書くまでもないので、それ以外のやる事一覧が出来た。
『古代遺跡近辺の開拓。それに必要な希望の樹木探し。
魔力回復薬の作成実験。信用できる調薬師が居たら一緒に。
魔素収集装置の事。(これはフチが主導でやってくれるはず)
ユカリさんの迷宮一階層の地図作成。
邂逅のカードのレベルを上げる条件を調査。
資金稼ぎに魔物討伐。出来れば6階層以降へ行きもう一度スライムを倒してレベルがどうなるかを確認。』
(今出来る事はユカリさんの地図製作を手伝いつつ魔物を討伐して資金稼ぎかな? 疲れているだろうから明日は休みにして、あとは話し合って決めるか)
ギルドの依頼をこなしていけば、そう時間はかからず長期滞在許可も下りるはずだ。ユカリさんやテンカはともかく、俺はこっちにきてからほとんどギルドの功績になることをしていないしな。状況次第ではまたソロで迷宮に潜ることになりそうだ。
そういえば、ウルグスでの最後の一年は、ほぼ休み無しで毎日魔物を買っていたな。あの一年の事は正直ほとんど何も覚えていない。迷宮へ行って潜って敵を狩ってギルドに売るをずっと繰り返していた。そりゃ金も貯まるわけか。あの国を出てから随分とゆったりと過ごしている気がする。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけど、きっと俺は疲れていたんだな、色々と。
人目を気にせず町を歩き、誰かとたわいない会話をして買い物をしたり、迷宮を探索したり……。
俺も疲れてるのかな。欠伸が出た。ちょっと寝よう。
あれから六日が経った。
俺はユカリさんと共に行動を続け、迷宮へ行ったり都市を散策したりしていた。テンカは毎日ギルドの活動をしているようだ。迷宮で採集をしつつ開発局の研究所の方にも顔を出しているらしい。まだテンカの保証人の方と会えていないが、忙しい身の人なのだろうか。フチとはあれ以来顔を合わせてはいないが、テンカ伝いに報告は届いている。秘密にしなければいけないことが多いので、かなり限られた人達の中で話は進められたらしいがようやくまとまったらしく、そろそろ調査員を連れて古代遺跡へと向かうことになりそうだ。調査員の数は少人数になるだろうし、選ばれた人達はそれなりに影響力のある人になるだろう。
邂逅のカードを見る。残念なことに数字に変化はない。俺もユカリさんもこの数日で何体もの魔物を倒してみたが、どうもレベルが上がる条件に当てはまらなかったらしい。レベルの謎は深まるばかりだ。
今日は迷宮探索をせず全員別行動をとっている。と言ってもテンカはいつも通り採集でギルドの功績を積んでいると思うし、ユカリさんは迷宮ギルドの資料室で調べものだ。フチと一緒に何かを調べるらしい。
俺は魔物討伐局で依頼情報を確認した後、一度都市の外に出て北へと向かった。歩いて一時間もしない内に壁のような山の入山口へと辿り着く。
(この山を越えるのは一苦労だな。無理して向こう側へ開拓を進めないのも仕方がないのか)
山頂に近づくにつれ急勾配になるのを確認する。ここを頑張って越えた所で待っているのは人類の生きていけない汚染された大地だと思うと、後回しにする気持ちもよくわかる。今居る山の麓は希望の樹木に溢れており、酪農を営む者達の住まいがぽつぽつと点在している。都市の壁の外ではあるが、開拓地に比べれば十分に住みやすい環境だろう。以前孤児院が経営している飲食店で食べたチーズもここで生産されたものだろうか。確か『リズの店』という名前だった気がする。
レクラースの宿屋に戻って昼食をとる。せっかくなのでこの部屋の特典を利用し、飯を部屋に持ってきてもらう。ドアがノックされ、ミミルちゃんが入ってくる。
「失礼します。お食事を運んでまいりました」
「ありがとうミミルちゃん」
テーブルに配膳を終え、お辞儀をして一歩下がる。……出て行かないのか。そういえば。
「ミミルちゃん、俺とテンカが一緒に居る時は顔を見ない気がするけど、気のせい?」
「えと、あの、あの方は大きいので……」
困ったようにミミルちゃん。
「……俺は?」
「大きくないですっ」
嬉しそうにミミルちゃん。俺はね、繊細なんだよミミルちゃん。
「あー。大きい人が苦手なのかな?」
「は、はい。その、昔から大きい男の人が怖くて」
「そうなのか。それは、苦労するね」
特に人の出入りの多い宿屋で娘という立場だと、手伝いにも支障が出る。それでもこうやって頑張っているんだから偉いな。
「あ、ありがとうございます。ですがその、初めて大きくない大人の男性だったので、私嬉しくて」
あー。なるほどなるほど。
「そっかぁ。俺は怖くない?」
「全然平気ですっ」
「うんうん。じゃあ俺きっかけで、少しずつでも大人の男性に慣れたら良いね」
「慣れるでしょうか……」
原因によるけど、ただ自分の解らないものに対する恐怖のようなものなら、大人の男性と会話を続けていけば少しずつ慣れていくだろう。俺が大人の男性かどうかは正直微妙な所だが、ミミルちゃんが俺を大人の男と認識していることが大事なのだ。
「慣れたらラッキーぐらいの軽い気持ちでも良いよ」
「良いのですか?」
「良いよ。でも早く慣れないと、先に俺が大きくなっちゃうね」
「え、大きくなってしまうんですか!?」
俺の背が伸びることに対してそこまで悲しそうな反応をする人に出会ったのは初めてだよ。
「なるなる。俺はそのために迷宮に潜っているからね」
「そうだったのですか……」
「いつになるかわからないけどね。それまでなら、ミミルちゃんが平気なら会話するぐらいならいつでもいいよ」
「ありがとうございます。お願いします」
目標はテンカと話して平気になるぐらいかな。テンカは気さくだし、身長も高いので丁度良さそうだ。
ミミルちゃんはもう一度お辞儀をしてから退室した。配膳された昼食を改めて見ると、いつもよりも量が多い気がした。
午後は情報屋を探していくつかの情報紙を購入した後、迷宮ギルドの資料室へと向かった。
本部の資料室は隣に大図書館があるにも関わらず広い。大図書館は入館許可が必要になるとはいえ、こちらにこれだけ資料があるのならここで調べ物が済んでしまう者の方が多いのではなかろうか。俺は邂逅のカードの手がかりとなりそうな資料を探す。この都市の迷宮だけあって時と縁の迷宮に関する資料は多くあり、その中から二冊手に取り席へ向かう。ユカリさんはいつもの場所に居た。黙々と調べ物をしているようだ。昼食はちゃんととったのだろうか。
「調べ物は順調?」
「ロウさんもこちらへいらしたんですね。調べ物の方はなかなか思うようにはいっていないですね」
ユカリさんは古代遺跡に関する事を調べると言っていた。この前見つけた場所でなくとも、他の場所にある物が自分の知識とどれ程の差があるかを確認するのだろう。順調でないのは古代遺跡に関する情報が少ないからかな。
「ユカリさんの居た頃は地上のほとんどの場所はまだ行くことができたんだっけ」
「はい。迷宮を出た時の空気の綺麗さから、地上は大分改善されたと思ったのですが、まさかこんなに部分的だとは。初めてこちらで資料を見たときは驚きました」
「一割もないからね。局地的な改善だけど、少しずつでも広がっていってるから気は楽だよ」
「そうですね……。私たちは全体的にじわじわと汚染が酷くなり、その改善方法がわかっていませんでしたから、先の見えない恐怖が常にあったと思います」
想像はしてみるが、そう簡単に理解できる心情ではない。ただ、今のユカリさんの表情から、今が決して悪い訳ではない事に安心する。
「そう言えば、世界で初めて希望の樹木を発見した人は謎が多いのですね」
「ああ、確か迷宮ギルドの創設に関わっているとかも聞くね。大図書館になら詳しい情報が残っているかも」
「開拓されて物語になっている方は多いのに。歴史の転換期の中心人物であるこの方は、そういった個人の物語にはなっていないのでしょうか」
「本人が名前以外の情報がほとんど無いというのが、そういった物語を作りにくくしているのかな?」
「年齢も性別も、種族もわかっていない。知られているのは『希望の樹木を発見し地上に持ち帰った』『迷宮ギルドを創設した』ですか」
もしかしたら、その当時は人類的にも相当な窮地だったわけだし、そういった記録を残すという事さえままならなかったのかもしれない。必死で迷宮を探索し希望の樹木を見つけ、僅かな土地を浄化し続ける時代。皆が皆、すべき事に必死になっていたのだ。他人の記録を残している余裕すら無かっただろう。口伝で名前だけは残された、とも考えられる。当時の記録が残っていたとしたら重要な物だし厳重に保管されているはずだ。それがあるとすれば、やはり大図書館か、迷宮ギルドの人の立ち入れないような場所だろうか。
「あと知っているのは呼ばれ方ぐらいだね」
「『救世主ノア』ですね」
背後から何者かが頭に手を置く。
「そう呼ばれた時には必ずこう返したらしい。『救世主は私ではなくこの希望の樹木だよ』と」
「フチさん。もういいのですか?」
俺はもう振り返らないぞ!
「その件で。丁度良かった。二人とも一緒に来て」
「どこに行くんだ?」
「新しい開拓地の話。出発前に顔合わせをする。クロウズさんはさっき捉まえた」
「わかった」
手にした本を開くことなく元の場所へと戻す。二人と資料室を出るとテンカが待っていた。久しぶりに四人揃った。一度しかパーティーを組んでいないはずなのに、すでに懐かしい。
「テンカは採集してたの?」
「午前中はそうだな。午後からは個人的な調べ物をね。名前の由来をちょっと」
「前言ってた魔法とか魔力とかの?」
「ああ、どこが始まりなんだろうって。あとはまぁ、どうしても違和感があるんだけど」
テンカは周囲を確認した後、不思議そうに言う。
「『魔』という言葉に対する認識がね。魔物はいつからそう呼ばれているのかな、と」
ん? え、あれ?
そういや魔法魔力からの魔族なんだから、魔物もそうなのか? 魔法を使ってくる魔物には出会ったことないけど。そう言えばこの前遭遇した正体不明の奴は魔素が集まって出来ていた。……『魔』の言葉はどこから来たんだ。
頭が混乱してきた。
フチに連れられ、普段は立ち入らない上層階へとやってくる。階下にはない調度品等が置かれており、心なしか全体的に品があるように感じられた。思考を切り替える。自然といつも以上に背筋が伸びた。一つの扉の前で立ち止まる。
「中は偉い人ばかり。失礼の無いように」
フチの言葉に無言で頷くと、それを確認してから扉をノックする。
「どうぞ」
「アルティマです。三人を連れてまいりました」
フチに続いて入室する。中には優しそうな表情を浮かべる年配の人族の女性、真面目そうな40代ぐらいの狼人族の男性と、同じぐらいの歳に見える陽気そうな人族の男性、それとこちらへ向けて土下座をしている長耳の女性が居た。
ここで一章はおしまいです。ここまで読んでいただきありがとうございます。
幕間を一つ挟んでから二章に入ります。
二章からの更新速度は下がってしまいますが、引き続き読んでいただけると嬉しいです。




