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縁の迷宮と、邂逅と。  作者: 銀筆
第一章
18/35

17:正体不明

 起きた時間は少し遅かった。交代時間が少しだけずれたためだろうか。夜に不測の事態が起こることも無く、睡眠時間は十分だ。


「おはよう。今日はレクラースに帰るだけだけど、何かしたいことある?」

「何もないなら、魔素の先が気になる」


 フチが答える。


「あの分岐場所の?」

「そう」


 他とは雰囲気の違う場所だった。迷宮のように明るさがあったのが怪しすぎる。間違いなく何かあるのだろうが。


「魔物の気配がないなら、少しは」

「オレも気になる」


 テンカは乗り気だ。


「ユカリさんも大丈夫?」

「はい。皆さんが居るので心強いですよ」

「そっか。何か出てきてもこのメンバーなら逃げることなら出来るはずだ。何かあったときは任せたテンカ」

「オレか。まあ大丈夫だ。任せとけ!」


 心強いお言葉をいただく。

 俺の場合、魔力量と体格の関係で短時間なら対処できるとしても長時間になると役立たずになる可能性が高い。魔力に頼らなくても身体的に強いだろうテンカが頼りになる。フチの実力は相変わらず不明だし、ユカリさんはそもそも専門外だろう。


 準備を終えて出発する。

 洞窟内は一本道というわけではない。狭い脇道などに生物が居ないか警戒をしながら進む。洞窟の入り口付近は希望の樹木のおかげで大気汚染が改善され生物が住めるようになっていた。その割にはあの一帯に希望の樹木以外の植物がほとんど無かったし、上空山側から何か生物がやってきて住みついたという形跡もない。迷宮から自然洞窟へ入ってここまで、生き物といえばユカリさんとスライム以外に出会っていない事となる。ユカリさんが遭遇したという正体不明の生物も、既に死んだか居なくなっている可能性のほうが高い、と考えられるが。どうもしっくりこないな。

 やはりというか、何事も無く三時間程かけて例の分岐場所まで辿り着く。一度通った道なので昨日より時間が短縮できた。


「魔物の気配は感じられないな」

「うん」


 魔族が二人確認して漏れが出るという事はほとんどないだろう。


「行こう」


 明かりのある空洞へ入る。今来た道を含めて四つの道へと繋がっている。一つの道からもう一つの道へと魔素が流れているのを感じる。一つが迷宮へと続く道で、もう一つが今から調査する道だ。

 静かに近づいて奥を覗く。暗い。この先は迷宮ではなさそうだ。


「私が先行する」


 この場所に興味を示していたフチが立候補したので任せる。フチがカンテラを手に先行し、俺達は少し離れて後をつける。

 しかしこの魔素はどこに流れているというんだろうか。迷宮内では巡回しつつ奥へ流れるか外へ向かっていくかだが、もしかして別の出口にでも繋がっているのだろうか。


「行き止まり」


 辿り着いたのは特に何もないように思える行き止まりだった。


「魔素は、この壁の中? ……いや、足元にも?」

「どうしたんだ皆。ここに何かあるのか?」

「分からない。ただ魔素の流れが不自然だ。隠し通路なのか?」


 フチも魔素の流れを調べているようだ。ユカリさんも壁を調べている。テンカは不思議そうな顔を浮かべている。


「先には行かないのか?」

「? 行き止まりだけど」

「え」

「!? 退避っ!」


 フチの言葉に反射的に元来た道へと走る。

 テンカが聞く。


「どうした?」

「魔素が渦巻いている。濃い。意思を感じる」


 俺には意思は分からないが、急激に魔素が濃くなった。


「あの場に居たら魔素障害に罹るかもしれない」

「魔素溜まりってやつか」

「うん」


 ただ、魔素溜まりが出来る場面なんて初めて見たが。


「逃げた方がいい」

「わかった……っ!」


 何かが飛来し、反射的に魔法を纏った手で落とそうとしたが、手が抉れる。


「ロウ!」

「ユカリさんを守りながら逃げて!」

「オレが壁になる!」


 ユカリさんをフチに任せ、その間にテンカが俺と何かの間に立つ。俺は怪我した手に魔力を集め、一瞬頭痛が走る。


「その手、大丈夫なのか?」

「大丈夫、俺にも奥の手はある」


 元通りになった手を見せる。魔法を使ったのだが、この治癒魔法は扱いが難しく、怪我をした直後でないと効かない。魔力消費も激しい。


「奥の手早過ぎないか?」

「出し惜しみは危険だからね」


 ゆっくり後退しながら魔素溜まりを警戒する。あれが何かは分からないが、ここから離れたら攻撃が無くなってくれると良いのだけど。


「何か気配がするな」

「魔素を感知できるようになった?」

「たぶん違うな。来るぞ」


 増大した魔素が凝集され、徐々に人型となっていく。


「よし逃げるか」

「そうだね」


 たぶんあれヤバい。

 ユカリさんとフチが全力で逃げて、出来ればあの崖を越えてくれたら助かるが、流石に距離がある。

 後方からさっきのが追ってきているのがわかる。俺とテンカは空洞に出た。


「一度だけ受けてみる」


 テンカが迷宮へ続く穴の前で足を止める。ユカリさん達が逃げる時間稼ぎか。あれの情報を得る目的もあるだろうけど。


「さっきの攻撃は立ち位置が悪かった。オレにくるなら一発ぐらいは何とか」


 何かはこちらが足を止めるのと合わせる様に速度を落とし、ゆっくりと出てくる。

 真っ黒だ。人の形、短髪のような頭部に衣服を着た男の体形。服はローブのようなものなのか、裾が広がり僅かに揺らめく。背の高さはテンカが勝るように見える。


 新種の魔物、か?


 テンカが構える。何かもそれに合わせる。


「嫌な感じだ」


 テンカの呟きとともに、何かが先に左の拳を突き出す。テンカの体が一瞬ぶれる。直後には突き出された左の拳はテンカの右手の甲によって外に逸らされた形をとっていた。


「確認、もう一発」


 牽制するように右手をすばやく相手に突き入れるとすぐに引っ込め受ける様な体勢に、何かはそれに反応して右の手の指を伸ばした状態で突き刺してくる。それを、


「ほい」


 あっさりと左手で掴んだ。だが、直後にそれはどろりと溶けるように形を崩すと、テンカから離れて再び元の形へと戻る。

 スライムなのか?


「攻撃が通っている感じはないな」

「魔法を試す」

「オレは?」

「もう一度攻撃を防いでくれる?」

「了解っと」


 何かから飛来してきたものを半身引いて避ける。俺は銅貨を取り出し魔力を循環させながら壁に当たった何かをちらりと見て確認。壁に穴が開いているが、そこから魔素が漏れ出ているだけで他には何もない。さっきのは魔素の塊なのか? 考えてみれば目の前の何かは魔素が凝集して形となった。テンカが攻撃を弾いたり相手の腕を掴んだりできるのだから不思議ではないのか。


「よくかわせるね」

「ロウもできるだろ?」

「不意じゃなければね」


 魔素の弾、魔弾とでも呼ぶか、それは連発できないのか、何かは先程のようにテンカに拳を突き出す。今度は後ろに下がってかわす。何かは一歩踏み込むとそのまま蹴りを入れてくるが、テンカは同じく蹴りで止める。勢いを止めるとすぐに足を戻し、残っている何かの足に素早く手刀を入れる。


「手応えなし」


 俺は溶けかけた銅貨を持つ右手を何かに向け、その甲に左手を当てて両肩から魔力を流す。


「俺の後方に!」「了解!」


 テンカは蹴りを何かの胴体に入れ反動を使って素早く敵から離れると、そのまま俺の背後に回る。俺の構えを見て、何かも同じように両手を突き出す。止めようとでもいうのか?

 外回りに螺旋を描き掌に到達とともに手を開くと爆発。魔力を纏った銅貨が何かの両手に当たると、そのまま貫通し突き抜けて身体の中心に穴を開けた。普通なら即死だが。


「無理だ逃げよう」

「わかった」


 何かに魔素が流れ込んでいくのを感じ、手応えのなさに戦闘を諦める。削いだ分の魔素を充填するまでは動けないのか、それは追ってこない。ほとんど姿が見えなくなるほど距離を離すとテンカは振り返る。


「最後に一応」


 瞳が一瞬輝いたかと思うと、そのままどさりと倒れる。


「テンカ!」


 意識を失ったらしい。ただでさえ距離が開くと鑑定が難しいとはいえ、こんないきなり倒れるとは、間違いなくアレのせいだろう。

 残った魔力を使い筋力を魔法で補助してテンカを担ぐ。


「行けるとこまで行くか」


 俺は急いでそこから離れた。



「ロウ!」

「フチ。ユカリさんは」


 全力で駆け続け、そろそろ魔力が尽きようかという所で引き返してきたのだろうフチと合流する。


「この先に居る。休憩を兼ねて」

「そうか。さっきのは追ってきていないようだな」

「倒せてない?」

「方法が思いつかないな」

「そう」


 フチは担いでいたテンカを俺の代わりに両手で持つ。俺は魔法を解き、魔力低下状態で気持ち悪くなりながらもフチとともにユカリさんのもとへと急いだ。


「ロウさん! クロウズさんは大丈夫なのですか?」


 心配そうに俺たちを見比べている。


「たぶん、大丈夫。さっきの何かの攻撃のせいじゃなくて、テンカの能力を使った反動だろうから」


 大丈夫だよね? 出血とかしていなさそうだし。フチが魔法を使う。


「大丈夫。損傷は見当たらない」

「そうですか。良かったです」


 フチも治癒魔法を使えるのだろうか?

 治癒魔法は存在しているが使い手はかなり少ないと言われている。フチは天才と呼ばれるほど魔力の扱いが上手いので使えても不思議ではない。俺はソロで迷宮に挑戦していた時に魔法で出来る事を色々模索していた。その際偶然に使えるようになったが普通の魔法と違うのかかなり扱いが難しい。治癒魔法が使えることは当然秘匿している。魔法で目立つと余計な事に巻き込まれるだろうからだ。少なくとも身長が伸びるまでは隠しておこうと思っている。

 フチが俺の方を見る。


「さっきロウが使っていたのは」

「秘密だぞ」

「うん。けどあれ、なに?」

「あー、まあその、見てしまったものは仕方がないから言うけど、秘密だぞ」

「うん。口は堅い」


 ここに居る人は共有している秘密が既に多い。知られている事を隠す必要もないか。


「あれはお察しの通り治癒魔法だ」

「違う」


 フチさんの即否定。


「違うって何が」

「あれは治癒魔法なんかじゃない」

「いやいや、どう見ても治癒魔法だろ。一瞬だったからわかりにくかったか?」


 俺がソロでやってこれたのはこの治癒魔法があったからだ。偶然使えるようになっていなければ、下手したらウルグスの最下層辺りで死んでいたかもしれない。そんな治癒魔法を否定されても困るのだけれど。

 フチは俺をじっと見ている。嘘じゃないよと見つめ返す。


「そう。でも私も治癒魔法は使える」

「なんとなくそうかなとは思ったが、言って良いのか?」

「皆になら良い」


 フチはユカリさんに視線を向けると、ユカリさんはコクコクと頷いた。


「私のは間違いなく治癒魔法だと言える。だからこそロウのは違うとわかる」

「そんな事言われましても」

「ロウは人体の事どれだけ解ってる? 怪我をしたときどういう仕組みで治っていくか説明できる?」

「人並み程度には知っていると思うけど、詳しく説明は出来ないぞ」


 両親から教わったものや迷宮ギルドの資料室、初期にパーティーを組んでいた探索者たちから教わった程度だ。応急処置に必要だからな。


「やっぱり。それは人前では絶対に使わない方が良い」

「元からそのつもりだよ。さっきのは非常事態だったので」

「うん。ならいい」


 少しの休憩を終えて迷宮へと急ぐ。迷宮に入ってしまえばまだ安全な気がしたから。

 迷宮へと辿り着くと、希望の樹木が見つかった元隠し部屋に入り再び休む。洞窟の方を警戒しているが、やはりさっきの何かは追ってきてはいないようだ。携帯食を摂りながらユカリさんに聞く。


「さっきの、ユカリさん達が遭遇した奴?」

「どうでしょうか。姿をはっきり見たわけではないので確証はないですが、現れたときの感じは似ているかもしれません」


 そういや攻撃があった後すぐに逃げてもらったんだった。姿が定まったのはその後か。


「全身真っ黒の男性の形をとっていたよ。短髪でローブか何かを着ているような」

「では違うのでしょうか……私が遭遇したのは獣のようなものだったはずです」

「そっか……いや、違うとも言い切れないか。あれは魔素の集まりで形作られたものだったから、姿は変化させることが出来るのかもしれない」


 魔弾なんてものを使ってくるんだ。それぐらい出来ない方がおかしいぐらいの存在だったように思う。

 先程の戦闘の詳細を話す。


「魔素そのもの?」

「今まで迷宮の魔素に敵意を向けられたことなんてないからな。迷宮の魔素とは別で考えた方が良いのか」

「迷宮以外では魔素は無いのですか?」

「あるけど、薄い?のかな。俺だと感知が難しいぐらいなんだ」

「私でも難しい」

「そうなのですか。やはり先程の場所は迷宮に関係しているのでしょうか」

「そういう時は逆かもしれないぞ」

「テンカ!」


 気を失っていたテンカが起き上がって申し訳なさそうな顔をする。状況は察しているのだろう。


「悪いな。世話をかけてしまったみたいだ」

「全然そんな事ないよ。助けてもらったって方が大きい」


 実際俺一人じゃアレの相手は出来なかったと思う。テンカが注意を引き付けてくれたおかげであの魔法の準備を整えられた。それ以外だと魔力量の関係上近接戦しか出来ないし、アレの近接戦闘技術は高そうに思えたので俺には分が悪い。魔力切れで逃げることも出来なかったかもしれない。


「逆とは」

「ああ、あの場所が迷宮に関係しているんじゃなくて、迷宮があの場所に関係しているって理屈だな」

「な、なんだって」

「というのが映画や小説によくある展開ってな。すまん。冗談みたいなもんだ」

「いえ、ちょっと興味深いと思いました」


 謝るテンカをフォローするユカリさん。優しい。でも確かに言われなければそうだ。迷宮は俺が産まれた頃から当たり前にあり、今の人類にとって希望となる場所だ。対してさっきの場所は聞いた事がないような珍しい場所。比べると自然に迷宮が主軸となる。さっきの場所は迷宮から繋がる何かだと考えてしまっていたが、成る程それは早計だったか。


「さっきの奴、あれも魔物と言っていいのかな……」

「何か見えた?」

「一瞬だけ、な。見間違えじゃなければあれは……『守護者』だ」


 何か思うところがあるのか、テンカの表情がどこか浮かない。


「守護者。何かを守っている?」

「あの場所は行き止まりのように見えましたが……」


 フチと俺には魔素の流れに違和感があったという他には何もわからず、ユカリさんにも普通の行き止まりに見えたようだが。


「行き止まりって言うのは黒……そこの壁みたいに自然の?」

「そうだけど」

「そうか。変な事聞いたな」

「それはいいけど」


 テンカには何か違うものが見えていたのか? それもあの左目の力だろうか。


「次、あの場所に行かなければアレと遭遇しない事を祈ろう」

「あの行き止まりに着くまでは魔素に変化は無かったからね」

「私が遭遇した時も、もしかしたら他の方があの場所に行ってしまったのかもしれません」

「なるほど。ある程度逃げたら追ってこないみたいだし、絶望的な状況というわけではないか」


 あの古代遺跡の場所にはまだ用がある。希望の樹木を見つけ次第あそこに行く事になるだろう。開拓村出身としても、あの場所には興味がある。


「開拓する?」

「ああ、するさ」


 フチが頷く。


「よし。じゃあ帰るか」

「そうですね。色々考えるのも落ち着ける場所が良いですし」


 テンカも起きて昼食も済ませた。とにかく今は帰ろう。

 


すみません。『11:魔物』の中で、魔物は迷宮内に居る人類に敵意を向けてくる生物、地上には居ない、と説明してしまっていましたが、話に矛盾が出てしまっているので修正いたしました。この作品における魔物の定義は『人類に無条件に敵意を抱く生物』となります。申し訳ないです。

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