16:大気汚染
明かりが見える。少なくとも陽の光は届いているようだ。
大気汚染で光が届かないほどの場所だったら、何も出来ずに引き返すところだった。
今のところ空気に穢れは感じない。
「ユカリさん。空気が綺麗だったのは洞窟に入ってすぐ?」
以前、洞窟の空気が綺麗だったので調査を進めたと言っていた。それはどの辺りから変化を感じていたのだろうか。
「聖地と呼ばれる古代遺跡の中へ入ってからがらりと変わりましたね」
「結構広いんだっけ?」
「そうですね。迷宮ギルド本部ぐらいはありました」
「それは大きいな」
洞窟を出た先に見えるのは人工の壁だ。今度は俺が偵察に出てみる事にした。
洞窟から出ると、正面方向に大きな建物が見えた。洞窟の入り口とその建物を繋ぐ道の両脇は壁で囲まれた広い空間となっている。洞窟から建物までの距離は50m程だろうか。囲んでいる壁の高さはそれ程でもない。3m程だろうか? 魔族や一部の獣人なら簡単に飛び越えられるだろう。魔物の気配もない。それよりも。
「皆、ここは大丈夫だ」
三人をこの開けた空間に呼ぶ。
それを見て、ユカリさんが驚いた表情で言う。
「これは、希望の樹木っ!?」
この空間の彼方此方に希望の樹木が生えていた。そのおかげで、少なくともこの場所の空気は綺麗だ。
「前はなかった?」
「はい。ここにあったのはその、お墓だけだったはずです」
四人で警戒しつつ辺りを探る。確かに壁の近くには墓らしきものが沢山あった。
「古代人の墓と言われています。まだこのように立派に残っているとは……」
古代語が書かれた墓は、ボロボロでありつつもまだしっかりとその形を残している。テンカの近くへ寄り、小声で聞く。
「読める?」
「……ああ」
墓を一つ一つ確認していく。手入れされなくなってどれほどの時が過ぎたのだろうか。昔は何か供えられていたのかもしれないが、今は何もない。
「知っている名前はなかった」
雑草の無い不思議な空間を見渡していると、確認を終えたのかテンカが言う。
「この場所に心当たりは?」
「全くないな」
「そっか」
さて、次はあの建物だ。
ユカリさんが古代遺跡と呼んでいた場所の扉の前まで来る。
「開けるよ」
罠はないそうだが、今は分からない。慎重に調べてから開ける。隙間から空気が漏れる。
「少し、汚れているか?」
「あまり長居は出来なさそうですね。前よりも酷いです」
扉を一旦閉める。
「フチ、壁の向こうを確かめよう」
「わかった」
建物に入るのを止め、回りを囲う壁を上がってその向こう側を確認することにした。
壁を傷つけないように、魔法で一気に壁の上縁へ立つ。
「……これが、浄化されていない大気汚染」
壁の向こうは暗く濁った空気が満ちた世界だった。視界が霞む。奥に行くほどに暗く、おそらくあの大地には陽の光が届いていないのだろう、大地は荒廃していた。生き物の気配もない。見ているだけで寒気がする。
よくこの環境で残っているものだ。古代遺跡に視線をやり、そう思う。
これ以上得られるものがなさそうなので皆の元に戻る。
「フチの方は?」
「駄目」
「そうか」
希望の樹木を見る。
「希望と呼ばれるだけはあるな」
「うん」
俺とフチの会話に、ユカリさんとテンカも神妙な面持ちになる。
「短時間なら建物内の探索も出来るだろうけど、どうする?」
「お願いできますか」
「オレも、もう少し調べてみたい」
フチに目線をやると、頷いて応える。
「十五分ぐらいか?」
「マスクをしているなら大丈夫だと思う」
想定はしていた状況だ。勿論、少しでも調査できるように汚染嵐の時などに使われるマスクを用意してある。別れて探索するのも危険なので当然一緒に行動する。
「ユカリさん、探索箇所は任せるよ」
「わかりました」
ユカリさんは俺と、テンカはフチと並び、扉を開けて中に入る。
建物内は明かりがあり視界には困らなかった。
「この明かりは」
「外の明かりを取り込む工夫がされているようです。窓は頑丈に塞がれているようですね」
外の空気を出来るだけ取り込まない用にだろうか、窓の数も少なく、その全てが塞がれているようだ。
注意深く辺りを確認しながら進む。物が散乱しているといった様子はない。いつからこの状態なのか、風化したのか邪魔になるような物もなく、調査できるような物も無かった。
「何もないな」
「外に比べたら随分と空気がまともというぐらいかな?」
「そんなにヤバいの?」
「では入口へ向かいましょう。外の様子もそこから確認したらわかりやすいかと」
屋内の探索はほどほどにし、入口へと向かう。
「あそこが入口ですね」
広い間取りの入口だ。重そうな扉で閉められている。
「どうやって開ける?」
「大抵他に勝手口がありそうだが」
「こちらですね」
脇に個人用の扉がある。
「開くかな。試してみるから少し離れてて」
皆が離れるのを確認し、扉を開けてみる。頑丈そうな扉で、大きなハンドルが付いている。回そうとするが固い。鍵がかかっているような感じでもないので、魔力を流して原因を探る。汚れか何かが詰まっていたようで、それを魔法で除くと、ハンドルが回り始める。半分ほど回したところで変化を感じる。後は押すだけで開きそうだ。ゆっくりと押して外の様子を伺う。
先程壁の上から見た光景より酷く感じた。空気の流れが一定でないのか、遠くでは大気が不穏な音を轟かせている。空気は少し吸い込んだだけで汚染されていることが分かる。危険を感じ扉を閉める。
「そうか、空気がこちらへ来ないように魔法を使えば良いのか」
今更それに思い至る。しかし長時間は無理だ。ユカリさんとテンカが外を確認するぐらいなら可能か。フチに頼めばもっと余裕があるだろうし。
三人に状況を話す。
「わかった。やってみる。二人とも来て」
ユカリさんとテンカがフチの側に寄り、フチが魔法を発動させる。
「一定空間の空気を循環させる。側から離れないで」
「はい」「わかった」
三人は扉を開けて向こう側の光景を目にする。十秒ほどだろうか、扉を閉めて魔法を解除する。振り返ってこちらへ向けた表情は暗かった。
「戻ろうか」
あまり長居しないほうが良いだろう。
三人は頷くが、ユカリさんがふと慌てて鞄に挿してある物を見せる。
「この希望の樹木をこの外へ植えることは出来ますか」
希望の樹木を植樹するのは開拓地で慣れている。ただこの環境でそれが可能なのかどうか。特別な木なので、普通は苗を安定するように挿すだけで良いのだが、ここの土は大分固そうだ。魔法を使って少し柔らかくする必要があるだろう。
「すぐ側に植えるか?」
「駄目」
「え、無理そうか?」
フチから即拒否を受ける。何か俺の分からない部分でそう判断したのだろうか。
「植えるなら、もっと奥」
「確かにその方が広い範囲を浄化できそうだけど、この状況だしまずは入口から少しずつ浄化していくのも悪くはないんじゃないか?」
そうなるとその分時間もかかってしまうのだが、元々汚染地を浄化するのは時間がかかるものなのだ。希望の樹木の確保にも課題が残っているし。
「私とロウが協力すれば大丈夫」
希望の樹木の浄化範囲は結構広い。フチが言うなら試してみるか。
「わかった。ユカリさん」
ユカリさんから希望の樹木の苗を受け取る。その瞳には涙が浮かんでいる。
「お願いします」
「任せとけ」
テンカにこの場を任し、俺とフチは外に出る。フチの魔法のおかげでさっきよりは随分と楽だ。中に外の空気が入らないようすぐに扉を閉め、植えるのに良さそうな場所を探す。
「あの辺りが良いか」
「駄目。もっと奥」
「奥過ぎたらあの建物が浄化範囲から外れるぞ」
「大丈夫。あっちは洞窟側の希望の樹木の空気が循環している。まだもつ」
「じゃあどの辺りが良いんだ」
すでに大気汚染で視界が悪い。30m先が見えるかどうかだ。
「魔法で調べる」
そう言うと何かの魔法を発動したのか、一瞬背筋がぞわっとする。
「あっち」
「急ぐぞ」
フチの案内した場所は古代遺跡からおそらく100m以上は離れた場所だった。周りに何もない、荒廃した場所だ。
「これでも混沌は起きていない。まだマシな方」
「確かにな」
魔法で土を柔らかくすると、持っていた苗木を慎重に挿す。斜めにならないように気をつけるが、それは気持ちの問題だ。しっかりと回りの土を圧着させる。
「これで良さそうか?」
「大丈夫。たぶん」
どちらも親の手伝いをしてはいたが、最終確認は親がしていた。問題ないとは思うが。この場所を頼む、と苗木に祈る。
「急いで戻ろう」
「うん」
方向を間違うことなく古代遺跡へ戻り、扉を閉める。
「無事植えてきたよ」
「良かったです。お二方ともありがとうございます」
「どういたしまして」
フチはそう言って頷く。
「こっちは何も無かった?」
「はい。この入口に書かれた古代文字が少し分かっただけで」
そう言って視線をテンカに向ける。
「ああ。読める部分だけな」
「なんて書いてあるんだ」
「開なんとかなんとかエネルギーなんとか研究所」
「エネルギーの部分は以前書かれてあったのですが、今はほとんどかすれて読めなくなっていました」
「この古代遺跡、研究所だったのか」
「そうみたいですね」
「ロウ、早く戻ろう」
「ああ悪い、そうだな。よし戻ろう」
急いで希望の樹木がある洞窟入り口まで戻ってくる。
「今日はここで一晩過ごすか」
陽も落ちてきた。洞窟内で寝るかここで寝るかだが、希望の樹木の側の方が疲れが取れやすいと聞く。これだけ生えているし大気汚染の被害に遭う事もなさそうだ。
三人とも異論はないようで、木の近くで野営の準備をする。布とロープで簡単な天幕を張り、その下で二人ずつ寝ることにした。夜番は男女と魔族という事で、俺とユカリさん、テンカとフチで分ける事となった。
携帯食で腹を満たし、魔法で身体の汚れを落とす。魔法って便利だなと言われた。
夜番の順は俺とユカリさんが先となり、テンカとフチはすぐに寝た。寝つきの良い二人だ。
「希望の樹木が自然に生えてくることなんてあるんですか?」
「迷宮外では聞いた事ないかな」
星の明かりに照らさる希望の樹木を見る。
「ここに植えた誰かが居るのでしょうか……」
「居たとしても大分前だろうね。どれもかなり育っているし」
「そうなのですか」
「この大きさになるまでには少なくても10年はかかると思うよ」
故郷での経験則だが。
「誰かが迷宮から希望の樹木を見つけてここに植えた?」
「もしくは昔迷宮ギルドの開拓団がこの山を越えて植えていったかだね」
俺たちが出てきた洞窟の背後には角度の急な山がある。おそらくここはレクラースから北に見える山脈を越えた場所だ。レクラース周辺を開拓し終えた後に誰かが挑戦していても不思議ではない。
「ですがギルドの記録には何も残っていませんでした」
「理由があって戻れなかったか、ギルドがこの場所を秘匿しているか。けどもし戻れなかったとしたらその人たちは何処に行ったんだろうね」
人骨のようなものは見かけていない。まだ古代遺跡を全部見たわけではないので確証はないが、人の居た気配すら感じなかった。
「ここから洞窟へ入っていったとか」
「なるほど。確かにこんな場所にある洞窟は気になるね」
洞窟前に希望の樹木を植え拠点を確保してから挑戦したか? いや木の成長時間的に拠点というわけではないか。山を見ても、あれを越えるのはなかなかに厳しそうだし。
ユカリさんを見る、何か言葉を探しているようだった。目が合う。
何か、気を紛らわしているのかな、と思った。なんだろうと、今日の事を振り返ってすぐ、その理由に気付く。
……そうか。
立ち上がって、ユカリさんの隣に座る。
「じゃあ、出会った時の続きでもしようか」
「続き、ですか?」
我慢しているのだ。
「ユカリさんのこと教えてよ。……両親のこととかさ」
顔は見ない。見られたくないかもしれないから。
少し間があって、今度は俺の手が握られる。以前とは逆だなと思った。側に寄ったのか、右腕が少し触れる。
壁のすぐ向こう側はあんなに汚染されているのに、この希望の樹木がある一帯の空気は綺麗だな。少し目線をあげると星空が見えた。
握られた手を握り返す。
「両親は、研究者でした。父が鉱物の、母は考古学ですね。とても、とても、大事に育てて、もらいました」
ぽつぽつと話すユカリさんのこれまでを聞く。とても温かい話だ。少し寒い夜にはちょうど良い。
一つ一つ忘れないように、返事をしながら、ゆっくりと聞く。
この星空のような思い出だ。
相槌を打つように流れ星が落ちた。




