15:苗木
今度の宝箱は空じゃなかったぞ!
「運が良いですね。欲しいと思ったばかりでしたのに」
「うん。本当だね」
俺はテンカとフチに視線を送る。
「二人にお願いなんだけど、この希望の樹木の苗木を売らずに確保しておきたいんだ。いいかな?」
二人は頷いて良いよと言う。
「ありがとう。……ところでこれ、希望の樹木の苗木だよな? 開拓地で見たものと似ているし」
フチを見る。テンカの瞳が僅かに輝く。
「ん? あれこれって……っ」
「私が知っている希望の樹木の苗木」
フチがテンカの口を塞いで答える。
「何してんの?」
「なんでもない。それ、いつも見ているから間違いない」
「そ、そうか。間違ってないならいいんだ。ちょっと空気を浄化したいとこがあって」
「ん。なんなら故郷で植えてもいい。記念になる」
「確かに。問題なければそうするのもありだな」
洞窟を抜けた先がすでに大気が浄化されているか何も無い場所だったならそうするのもありかもな。記念すべき最初の希望の樹木だ。
「にしても、やっぱり普通の宝箱だったね」
「でも確かに今も魔素を吸い込んでいる。魔素収集装置というのも間違っていないのかもしれない」
「今まで誰も気付かなかったのか? アルティマさんがすぐ気付いたなら、他にも気付いた魔族の人が居ても不思議じゃないと思うんだけど」
「俺の場合は能力が劣っているのもあるんだけど言われないと気付かない程度のものだ。普通の魔族は気付かなくても不思議じゃない」
「居てもおかしくはない。ただ、そういうものだと思うだけでわざわざ報告していないか、理由があって秘密にしているか。私もこれまでは、宝箱へ魔素が流れ込んでいる、止まりだった。そういうものだと思っていた」
宝箱である、という前提条件が勝っていたのか?
「情報、どうする?」
「正式名称は能力で知ったものだから当然秘密だけど、宝箱が魔素を収集しているという部分か……。気付いたのはテンカとフチの力によるところが大きいけど、テンカが報告するには能力を隠した状態だと疑問をもたれるか、フチが報告するか?」
「戻った時に改めて宝箱の情報を調べてみる。どこにも記載されていないようならその時に考える」
「私も一緒に調べます。そういう作業には慣れていますので」
「わかった。ミラネミスさんにもお願いする」
「はいっ」
宝箱改め魔素収集装置の件は一先ずこれでいいか。
「それにしても苗木ってそこそこ大きいんだな」
大体50cm程か?
「オレがこのまま持っておこうか?」
「戦闘になったときに邪魔にならないか?」
「ああ、そっか」
「私が持ちます。魔物が現れた時に咄嗟に反応できませんし」
俺もテンカも場合によっては即座に行動に移るから、その邪魔になりそうなものはなるべく持っておかない方が良いだろう。フチは分からないが、俺はユカリさんを守るように動くだろうからちょうどいいか?
「じゃあお願いできる? 重さはどうだろう」
「問題ないです。思ったよりも軽いです。これはこのまま持っていても大丈夫なんでしょうか?」
ユカリさんがフチに訊く。
「大丈夫。その状態で一ヶ月以上何もしなくても枯れたりする事はない。鞄に挿しておくといい」
「わかりました。不思議な植物なんですね」
ユカリさんの準備が終えたところで本来の目的地の方へと向かう。
「こっちの壁も魔力を流す?」
「……いや」
ふむ。なんとなく予想はしていたが、他の人にはこの道が見えないのか。道理で地図に何の記載も無かったわけだ。さて、となるとどうすれば見えるようになるんだろうか。
道の方へ手を伸ばす。
「ちょ!? どうなってるんだ? 手が壁の中に入ってるんだけど」
テンカが驚く。なるほど壁は消えていないのか。
「同じようにやってみて」
テンカは頷いて手を伸ばすが途中で止まる。俺に見えない壁があるらしい。
「か、鑑定していいか?」
「いいよ」
瞳が輝き能力の発動を確認するが、テンカには壁としか解らなかったらしい。それ以上知ろうとするとちょっとヤバそうらしい。
「なら、これか」
邂逅のカードを取り出す。ここで手に入れたものだ。やはりこれが鍵となるのだろう。テンカとフチの二人に邂逅のカードに触れてもらう。
「「!?」」
「見えた?」
「道ができた。ここが例の場所か」
「そうだ。だけどこれに触れないと通れないんじゃ不便だね。ギルドへの報告も一旦保留だ」
邂逅のカードはできるだけ秘匿したい。
「ユカリさんはこれに触れなくても見える?」
「ええ、見えています。ロウさんも同じかもしれません」
テンカにカードを渡してみるが、確かに道は見えたままだ。
既にカードから手を離したフチを見る。
「今は見えてる?」
「見えてる」
「一度認識すれば大丈夫なのか。じゃあ見えない壁の方はどうだ?」
テンカに見えない壁があったことを話し、その場所を探ってもらう。
「何もないみたいだ。普通に通れる」
テンカは歩いて奥へ進む。フチとユカリさんも続き、最後に俺も通る。
「一度認識さえできれば問題ないのか。最初だけが問題だなぁ」
前に一度テンカはこのカードに触れている。けれど今回この道は見えていなかった。おそらくこの場で邂逅のカードに触れていることが条件なんだろう。
「それ、邂逅のカード?」
「そうみたい」
邂逅のカードをじっと見る。
「ギルドでも邂逅のカードは秘匿を推奨している。私も秘密にする」
「そうか。ありがと」
この道の事も後回しになるな。
「進むか」
皆は頷き、さっきまでより少し緊張した様子で自然洞窟の奥へ歩き出した。
ここまで来たのだし、フチにはもう少し事情を話しておこう。
「ここにスライムが」
「ああ。この迷宮だと六階層までは出ないと聞いていたから、ここは特殊な場所なんだろう。些細なことでも気付いたら教えてくれ」
「わかった」
スライムと戦った場所まで来る。特に変化はないようだ。スライムの残骸は放っておいたら一日もすれば消えてなくなる。
魔物の気配も感じないが、一応フチにも確認を取る。
「大丈夫。何も居ない」
ユカリさんも辺りを見回しているが、特に何もなさそうだ。
「あの崖の向こうだな」
「そうだ。俺が先に上ってロープを掛けてくる」
「あの崖をどうやって上るんだ?」
「魔族だから。方法はあるよ」
俺は魔力量が少ないから魔法を遠くへ発動することができない。なので手の届く範囲での魔法技術を高めた。他の魔族が遠近と魔法の腕を磨く間、俺は超近接の魔法のみを研磨し続けたのだ。
壁の前に立ち集中、全身の魔力の流れを意識する。魔力で足の筋力を補強するように、手を包むように風を生み出し渦巻かせる。準備が完了したらまずは最初に足が引っ掛けやすそうな高さに手で切れ込みを入れてみる。成功。よし。
壁に手を突き刺しながらほぼ垂直の壁を一気に駆け上がっていく。
「ふぅ。これぐらいならなんとかなるな」
崖の上に上った俺は魔法を解き、ロープを引っ掛けるのに良さそうな場所を探す。が、そんな所が無かったので諦めて魔法で作った。ロープを下ろす。
「これで上れそう?」
下の三人の様子を見る。テンカとフチは大丈夫そうなので、ユカリさんがまず挑戦してみるようだ。道具を買う時に確認はしてあるから大丈夫だとは思うけど。
「なんとかなりました」
ユカリさんは危なげなく上りきった。あとの二人も問題なく上る。
「よし、一先ずここまでは問題なしだな。本番はこれからか」
未知の領域となる洞窟の奥を見る。だんだんと暗くなっており、先はよく見えない。
「やっぱりもう迷宮の外みたいだね」
「そうなのですか?」
「迷宮内だとあそこまで暗くならないんだ。ここみたいに仄かな明るさがある」
買っておいたカンテラに明かりを点す。
「ユカリさんはここまで真っ暗な中走ったの?」
「いえ、これを使っていました」
鞄から何か薄い円形の物を取り出す。
「これにエネルギーを溜めると丸一日ほど光を放つんです」
テンカも横から興味深そうに見る。
「エネルギーって電気のこと?」
「んーおそらく違うものですね。私も詳しくは知らないのですが、大気中にある成分から抽出したものらしいです。前に居た研究所の装置で溜めることができたんです」
大気中の成分……?
「それって魔素のこと?」
「魔素……なるほど、可能性はありますね」
この前テンカが魔法で魔素を作り出せると言っていた。試すか?
誰も居ない方を向いて、手のひらに魔素が出来る様に念じる。……難しい。出来るのか?
「察した」
「何をだよ」
「魔素」
そうだけど。
フチが指を一本立て、そこをじっと見る。特に変化はない。
「……そろそろ行くか」
「わかった」
カンテラを持つ俺が先頭に、続いて警戒をするテンカ。ユカリさんを守るように最後尾にフチといった並びになる。
今日はまだそれ程時間が経っていない。焦らず慎重に行こう。
念の為、日を跨ぐ準備はしてきている。気持ちに余裕を持たせるためだ。
ユカリさんに事前に聞いていた情報だと、ユカリさんの居た調査隊は事故に遭うまでかなり時間をかけて奥まで進んでいたそうだ。もし見覚えのある場所まで出ても、そこから外に出るまではかなり距離がある。地図を作成しながらの調査で、作成途中だった地図は紛失していたが、ユカリさんと出会ったその日の夜には記憶にある限り復元したらしい。
「逃げていた時間がどれほどだったか覚えていないのですが、そろそろ見覚えのある場所に出てもおかしくありません」
「ユカリさんの記憶にある風景とこの明かりで見える風景とじゃ結構違いが生まれそうだけど分かるかな」
洞窟の中に判り易い目印とかもないから、さっきから同じような光景が続いている。
「少なくとも何かに遭遇した場所は判ります。広間のように空洞になっていて、四つの道に繋がっていました」
「それは確かに分かりやすいね。と、もしかしてあの先かな」
進む先に広そうな空間が見えた。足を止め、確認を取る。
「さて。何故あの場所には明かりがある?」
「そういえば、確かにあの場所には明かりがありました。部屋全体がうっすらと明るかったんです。原因を探ろうと調査を始めようとした時に私たちが来た通路とは別の穴から何かが……」
ユカリさんの表情が強張る。
「それじゃまるで迷宮みたいだ」
「別の迷宮?」
「それかさっきまで居た所と繋がっているか。そもそもまだ迷宮内だったか」
「先輩」
「なんだよその呼び方」
唐突にテンカに言われたので訊く。
「迷宮探索者として大先輩だからね、探索者としてのロウに聞こうかと」
「そ、そうか。なに?」
「オレがあの場所を見てこようか? 何かに襲われた時にすぐに対応できる自信はある。勿論無理はしない。慎重に探ってくる」
自信があるのか。無謀かどうかの判別はつかないが、もしユカリさんが言っている奴が出てきたとしても、ユカリさんが逃げ切れるぐらいの余裕はあるか? 今のところ魔物の気配は感じない。フチも同様だ。
皆で話し合い、テンカが様子見してくることになった。
「行ってくるよ」
「気をつけて」
静かに空洞へと向かう。テンカが中に入るが何も変化はない。しばらくしてテンカが戻ってくる。
「ユカリさんの言っていた通り、四つの道へ繋がっているみたいだ。明るさの原因はたぶん迷宮と一緒だね。何も居なかったよ」
「そっか。ありがとう」
礼を言い、俺たちもそこへ向かう。空洞から見える場所に目印代わりに杭を打っておく。
馬車が五台分は優に入る程度の広さの空洞に出た。壁全体がうっすらと明るさを持っている。確かに迷宮と同じように思える。もしかしたらテンカは既に鑑定済みかもしれない。
空洞の中に目立ったものはなかった。
「無くした物とか落ちてない?」
「ありませんね。私たちが来た方向はあちらです」
ユカリさんの指す穴は真っ暗で、おそらく普通の洞窟だ。そこから外に繋がっているのだろう。だが。
フチが話しかけてくる。
「気付いた?」
「ああ、魔素が一つの穴にだけ流れている。外に流れていたわけじゃないのか」
外へ出る穴でも俺たちが来た方向でもない方へと魔素が流れているのを感じる。
「すぐにここを離れたほうが良いか」
「そうですね」
この場所は落ち着かない。何が起こるか分からない。俺たちはすぐに外へ向かう穴へと向かった。
「ここから外までどれくらいかかりそう?」
「来る時は調査しながらでしたので……これまでの速さだと、四時間程でしょうか」
「わかった。ありがとう」
それからしばらくは無言で歩いた。俺達にとって、ユカリさん以外の人にとっては未踏の地とも言える場所を歩く緊張、ユカリさんも地図を確認しながら頷いて進むその表情から強張りが取れない。今一番複雑な感情を抱いているのはユカリさんだろう。俺と会うまでの記憶と今の状況とを繋ぐ場所なのだ。
「これ、は」
少し広めの場所に出たので昼食をとっていると、ユカリさんが岩の陰になっていた場所に落ちていた物に気付く。
「随分古いものみたいだね」
紙の束のようにも見える。随分ボロボロで、何が書いてあるかを調べるのは無理そうだ。
「とても、丈夫だと言われている紙、ですね。このような環境で、まだ形が残っているのはそのため、でしょうか」
「細菌や虫に食べられずに残っている……ここには居ない?」
そういや虫を見ない。自然洞窟など色んな生物が居そうなものだが。
「ふぅ……死に絶えたのでしょう。大気汚染によって」
「なるほど。なるほど? いやそれなら今俺たちがここで異常なく居られるのは無理じゃないか?」
「環境が改善されたのではないでしょうか。どこかの時点で」
「……つまりそれは、それ以前の代物だと」
静かに頷くユカリさん。それは僅かに読める文字から読み取ったものからなのか、見覚えのある物だったからか。
「この速さだと、あと一時間程で外へ出られるかもしれません」
まだ日が高いうちに外へ出られるようだ。
「外の様子が確認できるくらいにはマシな環境であってほしいね」
俺は開拓地出身だが、環境がある程度改善された風景しか見たことがない。酷い光景といえば汚染嵐の時のものぐらいだ。改善の全くされていない大気汚染地がどれほどのものかは知識としてしか知らない。
少しだけでも調査できると良いんだけど……。
洞窟の入り口が見えたのは、ユカリさんの言っていた通り半刻が経とうという頃だった。




