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縁の迷宮と、邂逅と。  作者: 銀筆
第一章
12/35

11:魔物

 期待して開けた宝箱には何も入っていなかった。空である。


「何も入っていないとか聞いたこと無いんだけど?」

「見えないだけで、実はあるとか?」


 中に手を入れて探ってみるが何も無い。


「こんな迷宮の入り口近くに宝箱って聞いた事ないから、それも関係しているのかな」

「はっ! この宝箱そのものがアイテムなのでは?」

「宝箱って持てないんだよね。地面とくっついてるんだ」


 そう言って持ち上げようとしてみるが、やはり地面とくっついているようで全く動かない。


「これが宝箱が迷宮の一部説の根拠だって」

「そうなのですか。壊して蓋だけ持って帰るとかは?」

「蓋だけ持って帰ってどうするんだ」

「迷宮産の不思議物体です。勿論研究ですよ」

「ふむ。なるほど確かに?」


 壊してみるか? なんとなく壊せる気がしないけど。……いや。


「魔物錬金術師さん説を推している身としては、こいつを傷つけたくないのだ」

「魔物なら良いのでは?」

「魔物でもアイテムをくれる良い魔物なんだ」

「くれていないのでは?」


 あ、今回宝箱の中身は空だったね。


「な、何か事情があるんだよ」

「……あ、はい。そうですね」


 ふと、ユカリさんの表情が優しくなった。なにその子供を見守るような目線? やめるんだ!


「よし。ここは先輩探索者である俺が、新人に経験と喜びを教えるために一肌脱ごうじゃないか」


 俺はポケットから銀貨を二枚取り出し、宝箱に入れて蓋を閉める。


「……あ! ユカリさん、宝箱あるよ!」

「……本当ですね! 何が入っているんでしょう? わっ。銀貨がありました! 嬉しいです!」

「……うん。よし、次行こうか」

「はい。まだ九箇所調べないといけないですからね」


 俺たちは最初の小部屋を後にした。



 その後順調に地図作成を進め六箇所目の小部屋の調査を終えた頃、魔力気配で魔物が近づいてきていることに気付く。


「ユカリさん、魔物が近づいてきている。どうする? 部屋でしばらく隠れる?」


 ユカリさんは少し考えた後、


「魔物の討伐を拝見しても良いでしょうか?」


 真剣な表情で聞いてきた。

 良い機会だと思う。勿論了承した。


 やってきたのは迷宮ウサギだった。そこそこの大きさがある。


「珍しい。普通は三階層以降にいる迷宮ウサギだ」

「あまり無いことですか?」

「うん。もしかしたら下の方で……と、先にこいつを倒すか」


 迷宮ウサギはこちらに敵意を向けている。討伐対象だ。

 迷宮ウサギは80cm程のウサギで、その強靭な後ろ足を使った突進で頭突きをしてくる。それをまともに食らうと大人でも体勢が崩れ、下手に倒れると即座に後ろ足で頭を蹴りつけられる。そして相手が気絶すると、前歯を使って動脈を刈りにくる。恐ろしいやつである。

 短剣を構え、相手の出方を見る。こちらが先に動くと機敏に方向を変え突撃してくるので、あわてず動かず、ユカリさんの方へは攻撃できない位置取りをする。

 真正面に突撃が来る。こいつの頭蓋骨は硬いので、ギリギリでかわしつつ首の横から後ろ足にかけて刃を流す。少しの傷でもこいつの機動力は大きく下がる。もう危険はないといって良い。

 危なげなく最初の一撃を入れた後は、逃げ出す前に早めに仕留めた。初心者でなく相手も単独ならこんなものだ。


「迷宮ウサギは毛皮と食肉になる。頭蓋骨は硬いが利用用途が少ないから捨てられることが多いかな」


 倒す時につけた傷を利用し、傷口を広げて内臓を取り出す。そしてここからが魔族の得意分野だ。

 魔法を使い、ウサギの体内に残った血液を外に流す。普通の血抜きより短時間で綺麗に仕上げることが出来る。


「あとは冷やして包んで持って帰る、と」


 迷宮ウサギを素材用カバンに入れると、ユカリさんが聞く。


「こういう細かいところでも魔法というのは便利ですね。他の魔族の方も同じように?」

「どうだろう? 他の魔族と迷宮に入ったことが無いから分からないな。たぶん同じようにしてるんじゃないか?」


 と言うか、しない理由がない。


「そうなのですか。この魔物はあまり強くないのでしょうか」

「うん。初心者パーティーでも倒せるよ。慣れないうちは大怪我することもあるだろうけど、一人じゃなければ危険はほとんどないね」


 ユカリさんは頷き、また先程とは別の紙に色々書いている。これも調査の一環なのだろう。


「それにしてもこのウサギは普通の動物とは違いが大きさぐらいしかわかりませんね。魔物とは一体」

「魔物は人類を見ると無条件に敵意を持つ生き物の総称だね」

「迷宮だけではなく地上にも居るのですか?」

「大気汚染、環境変化に適応した一部の生物がそう呼ばれているね。地上の生き物は一度ほとんど居なくなったと言われててね。例えばこのウサギだけど、地上のウサギは一度滅びたみたいだね。それが迷宮内でこいつが発見され、こちらに敵意を向けてこない一部の迷宮ウサギが生きたまま捕獲され、それを地上に持ち帰って繁殖させて、今の地上に住むウサギが居るんだ。そしてそれらは地上で野生化しても人類に敵意を向けてこないらしい」

「迷宮内にも敵意を向けてこないものも居るんですね」

「稀だけど居るみたい。俺は出会ったこと無いけど」


 そうやって繁殖させ地上に復活した生き物は多く居る。迷宮は人類の希望どころかあらゆる生物にとっての希望なのかもしれない。


「さて、獲物も狩れたしちょうど良い時間だ。今日はそろそろ帰ろうか」

「そうですね。この調子なら明日には地図作成に必要な調査を終えられそうですし」


 小部屋十箇所までの作成のうち六箇所まで調査は終えている。半分以上は進んだとみて良いだろう。今日無理に続ける必要も無いので引き返すことにした。

 無事迷宮を出て倉庫に向かい素材を売る。迷宮ウサギは大きいので一人では一度に多く売ることは出来ないが、利用価値は高いので効率的には悪くない素材だ。今日は色々買ったので出費のほうが多いが、二匹狩れれば宿代を払ってもお釣りがくるぐらいにはなる。ユカリさんが迷宮調査部としての依頼をこなせるようになれば、維持していく分には心配がなくなるだろうか? あとはテンカがどうなるかだが、あの能力を使ったら一番稼ぎそうなんだよなぁ。

 少しざわついていた室内を横目に倉庫を後にした。



 その晩、宿屋でテンカの本日の報告を聞く。ユカリさんは自室で地図作成のための情報をまとめている。


「えー本日めでたく私黒渦天下は迷宮ギルドの正式なギルド員となりましたことをここにご報告いたします」

「あ、はい」


 ギルド証を見せてもらう。確かに。


「これで依頼をある程度こなして評価を上げたら長期滞在資格を得られるね」

「それもあるが、早く稼いでせめて自分の生活費だけはなんとかしたいところ」

「あせって失敗したら大変だからね。まだ二ヶ月はこのまま暮らしていけるだけの蓄えはあるから」


 ウルグスでのソロ生活でそれなりの蓄えはある。この一年ほどは迷宮奥の魔物素材をソロで得て売っていたからだ。数はこなせなくとも売却金まるまる懐に入るのは大きい。利用していた宿屋もお手ごろ価格だったし。あとは他の種族に比べて装備品にあまり金がかからないからだろうか。


「無理はしてないさ。それに迷宮探索って楽しいんだ。実は秘密にしているんだけど、浅い階層でも役立ちそうな素材が見逃されていたりするんだよね」

「そうなの?」

「パーティーの人たちに隠れて鑑定を使ってみたんだ。たまに苔が生えているだろ?」


 ここの迷宮の一階層にもあまりみかけないが水路が通っている。その側には苔が生えているのを見たことがある。


「あるね。昔は研究もされていたらしいけど、活用法を見つけたとは聞かないな」

「あれ、一定の条件下で他の素材と調合すると、魔力回復薬になるみたい」

「!?」


 魔力回復薬? そんなの聞いたことがない。魔力は自然と回復するものだ。それ以外に回復する手段があるなんて聞いたことがない!


「……っ! まって、その鑑定の負荷は大きかったんじゃないのか!?」


 以前俺の知らないもの、おそらく一般に認識されていない物を鑑定しようとした時の負荷は大きかったはずだ。


「あ、ああ。いや、この前鼻血が出た時ほどではなさそうだったから試したんだよ。いや、うん、確かに結果的に負荷がかかって鼻血でたんだけど」


 ごめんなさいと頭を下げる。いや、俺に謝られても、テンカの身の問題なのだ。


「体調不良とかは」

「それは本当に大丈夫。鼻血もすぐに止まったから。他の人には鼻が弱くてたまに血が出てしまうってごまかしたら心配されちゃったけど」

「そっか……正式とはいえギルド員になったばかりでまだ単独でここの迷宮には入れないんだ。パーティーを組んでくれた人はテンカの保護者のような立場だからな、心配するさ。気をつけなよ」

「うん」


 まぁ、一緒に組んでくれている人たちが親切そうで、そっち方面では安心したが。


「で、その魔力回復薬? 本当にそんなものが出来るのならかなりの大事だよ?」

「あれ? 魔力回復薬って存在してないの?」

「俺は聞いたことがない。もしかしたら一部の人たちの間では知られているのかもしれないけど、薬として普通に販売しているところは見たこと無いな」

「じゃあ今まで魔力を使い切ったらどうしてたんだ?」

「普通は使いきる前にある程度回復するまでその場で休憩だね。さっき言っていた特定の条件下?と他の素材は解ってるの?」

「ああ解ってる。魔力を使ってある程度魔素のある環境にして、迷宮の水と塩と砂糖と一度乾燥させ粉にした迷宮苔を70度の温度で混ぜる。その液体を使い希望の樹木の枯れ葉を煮詰めたものを濾したのが魔力回復薬だって。苔を手に入れた階層や枯葉の量で魔力の回復具合が変わるみたいだよ」

「なんだそれは……いやそれ以前におかしなことを言わなかった? 魔力を使って魔素のある環境にする?」

「え? うん。あ、魔法って事ね」

「それはわかってる」


 魔族は魔素をある程度感知できる。魔素自体は迷宮に多く流れ、時には魔素溜まりという特異点も発生する。だがそれが一体どういうものなのかという研究は成果をあげていない。魔素を感知できるのは魔族だけなので必然的に研究するのは魔族だけとなるが、魔族の研究者は過去の事もあり数が少ない事も原因だろうか。未だに解明されていない魔素だが、それを魔法で生み出すことが可能かどうか……研究していた者なら試していても不思議ではない。俺が知らないだけで既にあるのかもしれない。ただ生み出したところで今は意味が無いから広まっていない可能性が高いか?


「魔素の事はまだよく解っていない、はず」

「魔族の人たちが感知できるってぐらいなのか?」

「そうだね。あと、魔素の濃い場所に居続けると魔素障害に罹る、くらい?」

「ふーむ。一つ疑問なんだけど」

「なんだい」


 不思議そうな表情でテンカは聞く。


「誰がそれを魔素って名付けたんだろうか」

「名前の由来? ちゃんと調べたことがないけど、たぶん一般的には魔族が感知できるからそう名付けられたと思われているんじゃないかな」

「魔族の名の由来は魔法が使えるからだっけ?」

「そうだね。魔法、魔力を扱える一族だから魔族」

「魔法、魔力の名の由来は?」

「……それは、聞いたことないな」


 それは調べたこともないし、そもそも調べられる場所が限られる。ウルグスの迷宮ギルドにある資料室ぐらいでは調べられないだろう。


「俺も大図書館の入館許可を貰おうかな」

「お、良いんじゃないか? 大図書館ならまだ試していない魔力量を増やす方法を見つけられるかもしれないし」

「! 確かに!」


 魔力量を増やす=迷宮の図式で固まってしまっていた。大図書館の情報量ならいくらでも可能性があるじゃないか。ユカリさんも大図書館には興味あるだろうし、皆が入館許可を得ることが出来たら一緒に調べ物もできるね。


「それはそれとして、魔力回復薬は公表するにはあまりにも危険だと思う。間違いなく混乱が起きる。段階が必要だ」

「そうだね。確かに存在していないとなると、逆に何故それの作り方を知っているのかってなるもんね。あったなら成分を分析したところ似たようなものがなんとかかんとかで誤魔化せそうだけど」


 正直それもどうかと思うが、無いものを作り出すよりかはまだましか。偶然で済ますには魔法で魔素のある環境を作り出すという部分が不自然すぎる。迷宮で作ったら偶然の方向から魔素の必要性に気付く流れがいいか? 苔を乾燥させ粉末にする過程が厳しいか……。


「あると便利だから欲しいけど、うーん、まずは本当に作れるか試す?」

「オレも完成品を見てみたいしな。研究員に知り合いでも居たら……あ、オレの保証人研究所の人だった」

「駄目だよ。まずは俺たちだけで作ろう」

「わかった」


 テンカは信用できるまで話せない要素が多すぎる。個人的にも研究所や調薬師の人との繋がりは欲しいが、まずはもっと安全そうなものを使って研究所に伝を作ろう。


「テンカは明日も迷宮?」

「どうしようかな。今日の人達もこの前の人達も明日は迷宮に行かないみたいなんだよね。三階層にボスが現れたから様子見だって」

「ああ、なるほど」


 迷宮ウサギが一階層に居たのはそのためか。迷宮には定期的にボスと呼ばれる魔物が現れる。その階層に居る魔物と同じ系統で危険度の高い魔物だ。昔は迷宮の管理者と呼ばれていた。いつから呼び名が変わったかは忘れたが、確か転生者絡みだった気がする。そのボスだが、現れると一時的にその階層の魔物が浅い階層に逃げるように流れ込む。それはまるで危険を知らせる行動のようにも思えた。そのためその階層には居ないはずの魔物が現れると、無理をせず一時的に休みを取る探索者は多い。嬉々として挑むのは魔物討伐局の冒険者の方々ぐらいだろう。浅い階層なので、すぐにでも討伐報告が出るはずだ。


「ロウはユカリさんと今日の続き?」

「うん。そのつもりだよ。三階層のボスなら俺一人でもなんとかなるしね。どっちにしろ一階層の浅いところを回るだけだから大丈夫だよ」


 買ってある迷宮の地図を見ても一階層は全体で百を超える部屋が存在している。試験内容の十箇所など一階層の一部分でしかないのだ。調査部として最低限の技量があるか試す目的だからだろう。


「オレも興味あるけど単独じゃ入れないからなぁ」

「そうだね。せっかく別行動をして結果が出ているのに今やめちゃうのはもったいないよね」


 宿屋の外では俺達は軽く話はするがそれだけに留めている。他の魔族の目を不必要にテンカに向けさせないためだったが、今はユカリさんが居る。テンカをこちらに引き込んだほうがユカリさんは安全かもしれないが、せっかくテンカは俺とは別の人との繋がりを構築しているのだ、そこを邪魔するのも気が引ける。


「別々で入って中で合流できたら良いんだけどね」

「信頼できる人が居ないと実現できないな」


 そもそもこっちへきてから他の人と積極的に交流してなかった。


「テンカが信頼できると思った人ができたら紹介してね」

「ああ勿論」


 共に迷宮探索できる日が来ることを夢見て、その日の報告会は終了した。


 いつかテンカに魔物錬金術師こと迷宮宝箱さんを鑑定してほいなぁ……。




 翌日、迷宮門へ入るとなかなかに活気が溢れていた。


「何か昨日と違いますね」

「魔物討伐局の人達が多いね。きっと三階層に現れたっていうボスを倒しに行くつもりなんだよ」

「ボスですか?」


 ユカリさんにボスの説明をする。


「ボスで敵意のないパターンってあるのでしょうか?」

「それは……聞いた事ないなぁ」


 危険度の高いはずのボスに敵意がない。どういう状態なんだろうか。


「もし居たら地上に連れて行くのでしょうか」

「種類にもよるけど、そうなる可能性は高い、かな?」


 地上の活性化に繋がるなら。少なくとも迷宮ギルドはそれを推奨するはずだ。


「そのようなボスなら一度見てみたいです」

「俺も見てみたいよ」


 迷宮へ入り昨日進んだ辺りまで歩く。別方向へ地図を伸ばしても良かったが、ユカリさんは少しでも奥へ伸ばしたかったようでそうした。



「そう言えばロウさんと初めて出会った時に居た魔物ですが、あれは本来ならどの辺りの階層の魔物なのでしょうか?」

「スライムか。この迷宮だと六階層から出てくるみたいだね」


 購入した地図にはそう書いてあった。となるとやはりあの場所の危険度は一階層のものではないのだろう。ユカリさんがやって来たという崖の上の奥へ繋がる道。あの先が気になるが、準備をしっかりしてからでないとすぐには行けないな。


「この迷宮は何十層もあると本で見ました。六層であのような危険な魔物が出るとなると、奥に行くのは相当困難なのですね」

「うん。力のある者が何人も集まって、しっかり計画を立てて少しずつ進んでいくしかないだろうね」


 それでも俺は、夢を叶えるためには進み続けるんだろう。どこまでも、いつまでも。

 叶ったら実家に帰るけど。


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